使徒戦記 ことなかれ貴族と薔薇姫の英雄伝(文庫版)
プロローグ / 第一話 運命的な出会い (1)






プロローグ
少女が先頭を切って、馬を走らせる。
俺はそのすぐ後ろを追っていた。
この平原には無数の死体が転がっている。
折れた剣や槍が戦いの激しさを物語り、風に乗って漂う強い血と臓腑の匂いが、いまだにここが戦場であることを俺に認識させる。
しかし。
「あんまりのんびり馬を走らせていると、置いていくぞ?」
俺の少し先を走る薔薇色の髪の少女は、平時と変わらず凛とした美貌に明るい笑みを浮かべている。
その声は、血と臓腑の匂いを吹き飛ばすような清冽さを含んでいて、俺は少々困惑する。
彼女を見ていると、ここが戦場であることを忘れそうだからだ。
しかし、ここが戦場なのは変わらない。
現に周囲は敵兵ばかり。
敵の陣形に突撃しているのだから、当然だ。
しかし、周囲の敵の剣も槍も少女には届かない。そして俺にも。
見えない壁のようなモノに阻まれてしまうのだ。
しかし、こちらの攻撃は届く。
少女が振るう剣は、一人、二人と、いとも簡単に敵兵を死体へと変えている。
後ろにいる俺が剣を振るわなくていいくらいだから、進路上の敵はほぼ一人で片づけているということだろう。
そんな少女を止めようと、狙いすました矢が飛んでくるが、それも俺や少女の手前で見えない光の壁に阻まれる。
この現象は、俺と少女だけに起きているわけじゃない。
俺と少女の後ろ。
少女が率いる騎士たちにも同様の現象が起きている。
だから彼らは防御を捨て、攻撃に専念できる。ゆえに強い。
この現象を起こしているのは、先頭を行く少女だ。
少女の名前は、エルトリーシャ・ロードハイム。
白光の薔薇姫と呼ばれる、レグルス王国の常勝不敗の名将。
同時に、使徒と呼ばれる特異な力を持つ存在でもある。
片や、俺はしがない辺境の貧乏貴族の息子。しかも彼女とは別の国だ。
なぜ、そんな俺が彼女のすぐ後ろを馬で駆けているかというと……。
そこで思考は中断される。
「ユウヤ! 敵将は目の前だ! どちらが先に首を取るか勝負だ!」
「勘弁してくれ……エルト。俺は敵の将軍なんかとやりあう気はない」
「意気地なしだな」
「なんとでも」
馬を走らせながら、俺は肩を竦める。
面白くなさそうにエルトは俺から顔を背けた。
だが。
「ふん、ならいい。とりあえずついてこい。特等席で私の勝利を見せてやる!」
「いや、だから、人の話聞いてる? あ、ちょっと!!」
エルトが速度を上げる。
同時に、エルトに付き従う騎士たちも速度を上げる。
そうなると俺も上げざるを得ない。エルトの力の範囲外に出るのはまずい。なにせ、ここは敵軍の真っ只中なのだから。
「あ~……ついてきたの失敗だったかなぁ」
呟き、ため息を吐く。
どうせ、将軍の首を刎ねた時に、傍にいなければ不貞腐れるか、怒るかのどちらかだ。
敵の将軍よりもエルトの機嫌を損ねるほうがよほど恐ろしい。
だから俺は、もうかなり離れたところにいるエルトの背中を見据えて、馬の腹を蹴った。
第一話 運命的な出会い
俺、ユウヤ・クロスフォードは転生者、前世持ちと呼ばれる者だ。
地球で十六のに橋から落ちて死亡してから、この世界、アルタリアに転生した。
今は十二歳。
子爵家の息子として、可もなく不可もない暮らしをしている。
そんな俺だけど、現在進行形で問題に直面している。
「まいったなぁ……」
エリアール暦445年4月。
空から見るとCのような形をしているエリアール大陸の中央部。アルシオン王国の王都アレスト。
その脇道で、そう呟き、俺は一つため息を吐く。
「この広い王都で、王女が好みそうなお菓子を探すなんて無理だぞ……」
嘆くように言葉を吐き、大通りの露店を見つめる。
大通りには人が溢れ、そして露店と物がさらに溢れている。
大陸中央部にして、陸上交通の要所であるアルシオンの王都アレストは、大陸中から物資が集まる。
その中には珍しい貴金属から異邦の武器など、様々な物がある。
当然、それを求めて人が集まり、その人を目当てに商人たちは物資をさらに運び込む。
そうやってこの国は発展してきたんだ。
近くの露店には珍しい鏡が並んでいる。
そこに映る自分の顔を見て、さらに俺は憂鬱になる。
亜麻色の髪に、濃いブラウンの瞳。
背は同世代じゃ低くもなく高くもない。
顔立ちはやや幼いものの、前世よりはイケメンだろう。あくまで前世よりは、だが。
前世よりはマシだけど、それでも転生するなら金髪碧眼の長身イケメンのほうがよかった。鏡を見るたびにそう思うのは贅沢だろうか。
そこで俺の思考は途切れる。
今はそんなことを考えている場合ではないからだ。
すでに時刻は昼近い。
とにかく休憩は終了。
俺は大通りに出て歩き始めた。
そもそも、なぜ俺が王都にいるかというと、明後日が王の五十歳の誕生日だからだ。
そのお祝いに貴族たちはこぞって王都に駆けつけ、俺も子爵である父親に連れて来られたのだ。
といっても、所詮は大勢いる貴族の一人。しかもクロスフォード子爵家は領地も狭く、税収も少ないので裕福とは言いがたい。
陛下に拝謁する機会なんてないし、形ばかりのお祝いの品を持参し、知り合いの貴族たちと話をするだけだ。
当然、それについて回り、息子だと挨拶するのが俺の仕事のはずだった。
だけど、今日の朝に運命が変わった。
我がアルシオン王国の第一王女殿下が、お忍び中に露店で食べたお菓子を大層気に入ったらしく、もう一度そのお菓子を食べたいと言い出した。
けれど、王宮の者たちは明後日の王の生誕祭で忙しい。
そこで仲の良い貴族の子供たちに白羽の矢が立った。
美味しい露店のお菓子を食べたい。そう第一王女に言われれば、貴族の子供たちに断る術はない。それに、これはまたとない王族へのアピールチャンスだ。
王女の言葉を聞いたのは王女と仲の良い有力貴族の子供たちだが、その有力貴族の子供たちはさらに、自分たちと知り合いの子供たちへと伝えた。
俺も親戚の侯爵の娘から聞いたわけだけど、あれはお願いというより脅迫だ。ベストとは行かずとも、ベターなお菓子くらいは持っていかなければ、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。
というわけで、現在、王都に来ている貴族の子供たちのほとんどが、使用人やら私兵やらまで動員して、美味しい露店のお菓子を探している。
さすがにその状況で俺だけ探さないというわけにもいかないので、俺も王宮の外に繰り出したわけだけど。
「女の子が好みそうなお菓子ねぇ……」
大通りの露店を見ながら、俺はお菓子を探す。
甘い香りのする食べ物はいたるところにあるし、どれが当たりなのか外れなのかも見当がつかない。
こういう時に前世の記憶を生かしたいところだけど、前世でも女の子との関わりはないに等しかった。
当然、プレゼントを贈ったことはないし、女の子がどんなお菓子が好きなのかもわからない。
「役に立たない前世だなぁ……まぁいい。数打てば当たるか」
軍資金はたっぷりと貰っている。
数を打っても問題はないだろう。
あとは俺の胃と味覚が甘いお菓子に耐えきれるかどうか次第だ。
「これも貴族社会で生き抜くためだ。頑張れ、俺!」
そう自分に気合を入れて、俺はさっそく露店に向かった。
◆ ◆ ◆
露店を回ること、十三軒。
頑張ったほうだと思う。
口の中に広がり、消えることのないねっとりとした甘さに顔をしかめて、俺は大通りの外れへと向かう。
手にはまだ食べていないお菓子がいくつかと、お菓子ばかりで気が狂いそうだったので、肉を焼いて串に刺した串焼きが二本。
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