初恋の美少女が俺を振って、妹になったんだが

瀬尾順

第3話 初恋の美少女が俺を振ったのに優しいんだが

「カナやん、どうした? 今日は元気なくね?」

「沢渡くん、具合悪いの?」

 次の日の朝、教室で夏バテしたトドのごとく、ぐでっと机に突っ伏していた俺に、シノーと南野の親友でクラスメイトでもある宝生陽菜ほうしょうはるなが、声をかけてきた。

「あ、いや、心配かけて悪い。とりあえず身体は大丈夫だから」

 心は失恋やら、突然の父親の再婚話でズタボロだけど。

「で、でも、顔色あんまり良くないよ? 何かあったの? 熱ない?」

 宝生は随分と心配そうな表情をしていた。俺の額に自分の手の平をくっつける。普段大人しい宝生が自分から男子に触るなんてめずらしい。無意識なんだろうけど。こいつは小学校の時、俺が例の事件を起こした際、シノーと一緒に俺を庇ってくれた女の子だ。誰にでも優しいし、器量も良い。今、顔が近くにあるから、まつげが長く、澄んだ瞳がキレイなのがよく分かる。我がクラスの男子限定で行われた彼女にしたい女子ランキングで南野と同率首位になったのは伊達じゃない。

 なので、こうしていると、周囲の男子からやっかみの視線がちくちくと刺さる。

 俺はともかく、宝生に悪いな。

 てか、宝生の髪の匂いと手の感触のせいで、ちょっとどきどきしてきたぞ。

「宝生、熱はないよ。マジで大丈夫」

 俺は無理に笑って、そっと額を動かして、宝生の手から逃れた。

「そう? 少し熱かったよ?」

「俺は元々体温は高めなんだよ」

 と、言ってごまかした。

「はぁ~~、間に合った~~。おはよー、ん? 何々? 三人そろってどうかしたの?」

 始業ギリギリになって、南野が教室に駆け込んできた。

 いつもと同じの明るい笑顔だ。

「うーっす、南野!」と、シノーもいつもと同じスポーツ少年の爽やか笑顔。

「おはよう、遙花」と、やはり宝生もいつもと同じ、美少女スマイル。

「お、おう」と、俺だけ普段と違うぎこちない半笑いだ。

「? カナやん、やっぱおかしくね? 顔引きつってるぞ。汗かいてるし」

 うっ。

 親友のシノーに早速、俺の内心の動揺を見透かされてしまった。

 くそっ、フラれてもこれまで通りに振る舞おうって思ってたのに。

 やっぱり当人の顔を見ると、どうしても意識しちまう。

「あー、篠塚、あたし、昨日、沢渡をゲームでぼっこぼっこにしちゃったから、きっとそのせいだよ。ちょっと本気出しすぎてさ~~」

 南野が助け船を出してくれた。

「何だよ、そんな程度のことかよ~~。カナやん、友達心配させんなよ~~」

 人の良いシノーは、あっさり南野の言葉を信じて、俺の肩を抱き揺さぶった。

「うーん……、沢渡くん、本当にそれだけ?」

 一方、聡い宝生はちょっと納得いかないという顔で、俺の顔をじっと見つめてくる。

「ま、まあな」

 まさか目の前の南野に告ってフラれたのが一因だと言えるはずもなく、俺はウソをつく。

 すまん、シノーと宝生。

「出席番号十七番と二十七番の篠塚と陽菜、今日七の日だから、次のリーダー当てられるよ。予習しといた方が良くない?」

 南野がちらっと教卓の方を見る。黒板の真上にある掛け時計が、始業三分前だと告げている。

「うわっ、マジかよ、ヤベぇ! じゃあ、また後でな!」

「そうだね、私も一応、教科書読んどくよ。沢渡くん、本当に熱があったら保健委員の私にすぐ言ってね」

 シノーは慌てて、宝生はゆっくりと自席へと戻っていく。

 俺はとりあえず、会話を打ち切ることが出来てホッとする。シノーはともかく、宝生には勘づかれそうで危なかった。アイツも小学校からの付き合いだから、俺の顔色から鋭く心を読まれちまうことあるんだよな。

「ヤバかったね、沢渡」

 俺の隣で、南野がにんまりと笑いながら俺に言う。

「ああ、助かったよ。あの二人には知られたくないしな」

「だね。あたし達四人小学校からの腐れ縁の親友だし、変な空気にはしたくないよね」

「……ああ」

 ――親友、か。

 大好きな女の子にそう呼ばれるのは、嬉しい。

 でも、あらためて、異性としては見られないと言われているようで、切なくもある。

 いや、いかんいかん。未練だぞ、沢渡彼方。

「次の人生では、もっと超絶イケメンに生まれてくるさ」

「違うよ、沢渡」

「え?」

「あたし一生恋とかしないって決めてるんだ。顔とか関係ないよ。だけどあんたの気持ちはすごく嬉しかった。これは本当。きっと、ずっと忘れない。宝物にする」

 まだ俺の横に立っていた南野が、小声で俺に耳打ちした。

 南野の声が、耳にくすぐったくて、髪の匂いが甘くて。

 一瞬で、顔が熱くなってくる。

「そんなわけで、これからも南野遙花をよろしくね、親友」

 南野は俺にそう言い残すと、小走りで自分の席へと急いだ。チラリと見えた彼女の顔は少し赤くなっている。

 何だよ、南野。

 フッた男に、そんな優しいこと言うんじゃねーよ。

 余計、諦めにくくなるだろうが。

 俺は右斜め前に座る南野の背中を見ながら、彼女の言葉を思い返す。

 

 ――あたし一生恋とかしないって決めてるんだ。

「何でだよ、南野……」

 授業が始まっても、ずっと彼女の言葉が耳から離れない俺は、そっとそうつぶやいた。

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