初恋の美少女が俺を振って、妹になったんだが

瀬尾順

第1話 俺の師匠はJSなんだが

第一章 初恋の美少女が豹変したんだが

「それくらいのことで落ち込んでいるのか、この未熟者がっ!」

 俺が自宅のマンションに帰り、対戦結果をソファーに寝転んでテレビを観ていたマスター師匠に報告すると、彼女は開口一番手厳しい言葉を俺にぶつけてきた。

「キツっ! 失恋して傷心な弟子に対して、師匠キツっ!」

 スカートのまま平気で両脚をバタつかせて怒る少女の辛辣さに、俺はさらに心をポキポキ折られた。

「失恋くらいでオーバーだ。それよりぱよぽよで負けたことを嘆けよ! それでも私の一番弟子かっ」

 今、俺の目の前で、偉そうに、ふんと鼻を鳴らす彼女は七夜凛子ななやりんこ

 つり目がちな大きな瞳と、くせのある長い栗毛が印象的な女の子だ。

 俺の隣に住む小学三年生で、かつ俺に色々な対戦ゲームのコツを教えてくれる師匠でもある。凛子は二年前に俺の隣に引っ越してきた。彼女の家は父親がいない。母親の帰宅も遅い。俺はいつもマンションのエントランスで一人ぼっちでゲームをしている凛子が気になっていた。

 そして、ある夜、マンションの扉に背中をもたれかけて半泣きでゲームをし続ける凛子の姿を見かねた俺が、「夕飯まだなら、俺ん家でなんか食うか?」と声をかけたのが、彼女との付き合いの始まりだ。

 以来、彼女は当たり前のように、俺の家に入り浸るようになった。

 俺の作ったメシを食べ、俺の沸かした風呂に入り、俺と一緒にゲームをする。

 凛子は超絶にゲームが上手かった。

 俺はぱよぽよで、彼女と軽く千回は対戦しているが、いつもコテンパンにやられる。

 前に「何でそんなに上手いんだ」と尋ねたら、

「私は孤独な戦士だ。学校が終わったらお母さんが帰ってくるまで、ずっと見知らぬ誰かと戦い続けてきたんだ。上手くなるに決まってるだろ」

 というハードボイルドな答えが返ってきた。

 その時から、俺は凛子に敬意と愛情を込めて『ぱよぽよマスター師匠』という可愛らしくもお茶目な称号を贈った。

 凛子には嫌そうな顔をされて「ダサっ」と一蹴されたが。

「だいたい、ゲームに勝ったら付き合ってくれという前提がおかしいぞ」

 

凛子は起き上がると、俺の方に向き直りあぐらを掻く。

「師匠、女の子がスカートでそんな格好はするな」

 俺は盛大なため息を吐きつつ、凛子の正面に座る。

「何を今さら。お前とは毎日一緒に風呂にだって入ってる仲ではないか」

「師匠が、勝手に乱入してくるんだけどな……」

 ホント、それだけは止めて欲しい。

 他人に知られたら、事案扱いにされそうだ。

「彼方、その子とはたまたま縁がなかっただけだ。女など星の数ほどいるではないか。さっさと忘れて、次に行け! 人生は短いんだ。悩んでるヒマがあったら、次の相手を探せ」

「次って、簡単に言うなよ……」

 てか、小学生の女の子に人生を説かれているこの状況が、却って俺をへこませるんだが。

「何なら、私のクラスメイトを紹介してやろうか?」

「小学生は勘弁してください」

 マジ事案じゃねーか、それっ。

「ただいま!」「お邪魔しま~~す♪」

 ん?

 俺の真横で、知ってる声と知らない声が同時にした。マスター師匠と俺が、視線を移すと玄関に父さんと、知らない女性が立っていた。二十代前半くらいだろうか。長く艶やかな黒髪の品が良さそうな美人だ。ブランド物っぽいだが、嫌みにならない上品な紺色のスーツと膝下十センチのスカートに白いブラウス。遠くから見たら、就活をしている女子大生に見える。

 要は一言で言えば感じの良いキレイな人だ。いつもよれよれのTシャツとジーンズで会社と自宅を往復している我が父親とは真逆の存在である。

 なんでこんな人が俺ん家に?

 新卒で親父の部下になった新人編集者さんとか?

「えっと、初めまして。俺――いや、僕は沢渡彼方です」

 とりあえず俺は立ち上がって、女性に挨拶を。

「はい、初めまして! 彼方くん」

 えっ、いきなり俺を名前で呼んじゃうの?

 この人、見た目に反してヤケに初対面の俺に距離感近くね?

「じろじろじ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ……」

 てか、なんかすっげー見られている気がするんだけど?!

 何でだよ。俺はただの高校生だぞ。

「彼方、お前、めちゃくちゃ観察されているな。客人が珍しがっているぞ。その新世界の神になりたがっているような悪党顔のせいだ。何とかしろ」

 ソファーに座ったままの凛子が、はぁと息を吐く。

「そんなこと言ったって、師匠、俺にどうしろと」

「某クリニックとかあるだろう。保険は効かないらしいが」

「整形なんてするかっ!」

 俺は小学生の心ない言葉に、胸を痛めながらつい顔を両手で覆ってしまう。

 くそっ、南野にも言われたし。もしかしてフラれたのもこの無駄に鋭い目つきのせいなのか。

「いえいえ! 彼方くんは、とってもカッコいいと私は思いますよ! お父さんにそっくりです! 道を極めちゃった感じなんか特に!」

「……ありがとうございます」

 それって極道さんじゃないですか。フォローになってないですよ、親父の部下の人。

「まあまあ、先生、とにかく座ってください。今、お茶でも淹れますから」

 と、父さんに即されて、女性は俺の斜め前――マスター師匠の横に、腰掛けた。

「へっ? 先生?」

 俺はつい父さんの言葉に反応してしまう。

「ああ、そうか。彼方は知らなかったな、この人は俺が担当してる小説家で、今度俺と再婚したハルカソラ先生だ! ほらお前も知ってるだろう? よく作品がアニメ化やドラマ化してるしな!」

「おおっ! ハルカソラ先生なら俺でも知ってるわ! 父さんそんなすごい人の担当してたんだ! しかも再こ――って、おおいっ! ちょっと待てってくれ!」

 この人さらっと、今とんでもないこと言ってね?!

 いやいやいや、聞き間違いに違いない。

 いくら家庭を顧みない編集者という、ちょっと世間様からズレてる仕事をしているからって、一人息子に黙って――

「彼方くん、ふつつか者ですが、よろしくお願いします。今日からお母さんって、呼んでくださいね」

 若き大物女流作家が、俺にぺこりと頭を下げた。

「ああっ! 聞き間違いだと思っていたのに! 思いたかったのに! マジで再婚すんのかよおおおっ! 一人息子、完全スルーかよ! あんた達!」

 俺は両手で、頭を抱えてぶんぶんと何度も真横に振った。

 この人もマトモそうに見えて、ちょっと、いや大分変わっている。

「違う! お前は思い違いをしてるぞ、彼方」

 父さんが荒ぶる俺に向かって、真剣な表情で言い放つ。

「何が違うんだよ?」

「再婚するんじゃなくて、もう再婚したんだ! すでに入籍済みだっ!」

「勝手に家族増やしてんじゃねえええええええええええええぇぇぇっ!」

 俺はソファーから勢いよく立ち上がりながら、クソ親父にラリアートをぶちかまして床に倒した後、追い打ちでエルボードロップを仕掛ける。

「二度もぶった! 親父にもぶたれた――って、ごふっ?! 彼方、三度目はせめて台詞を全部言ってから、痛い! 痛い! やめて! 酷いっ! これってDVじゃね?! 何でそんなに怒ってるの?! これが若さ故のあやまちなの?!」

「うっさいわ! このクズ編集があっ!」

 ハルカソラ先生と凛子がいる前で、俺達は盛大な親子ゲンカを繰り広げる。

「……止めなくて良いのか?」

 凛子が呆れたような声で、ソファーに座る大物作家に問いかける。

「ふふっ、ケンカするほど仲がいいっていうじゃないですか。それに私は民事不介入が基本ですから」

「……あんたは警察か。おーい、彼方、この作家先生ちょっとズレてるぞー」

 仕方なくという感じで、俺とアホ親父の間にマスター師匠が入ってくれて、ようやく俺達は一時休戦した。

 ったく、失恋したばっかなのに、感傷に浸るヒマもねーよ……。

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