クラスメイトが使い魔になりまして
プロローグ 仮初の主従関係からはじまる二人の話 (3)
俺は、反射的に魔導書に手を乗せ、「ゴーレム、行け!」と叫んでいた。
それまで壁際で棒立ちしていたゴーレムが、従順に、魔人へ殴りかかる。
が、光弾の一発で粉砕された。
馬鹿だ。動く石ごときが化け物に勝てるわけねぇ。
「女を置いて逃げるとは男の風上にも置けぬなぁ?」
全身から冷や汗が噴き出す。
「……いえ、逃げるんじゃないですよ。ぼくは、助けを呼びに行こうとしていたのです」
「なにが助けだ。身を挺して女を庇うことこそ、男の本懐というものであろうが。クズめ。万死に値する。ついでに貴様も死ね」
散々な言われようだが、言わんとすることはわかる。
今の自分が情けないクズであるのは百も承知だ。
でもね。
「あ、っと。お姉様のおっしゃることはごもっともですけど、仮に身を挺して彼女を庇ったところでぼくが無駄に死ぬだけで、結局藤原も殺されるのでは? だったら助けを呼びにいった方がまだ双方助かる可能性がぐっと上がる気がするんですけど」
「ふむ。理屈を求めればそうなるであろうな」
「じゃあ、えーっと、ぼくが藤原を庇う意味って……」
「意味などない。だが男であればそうせねばならぬ。たとえそれが無駄であったとしてもだ。わかったな? で、あれば覚悟もできたか?」
ダメだこいつ、全然話が通じねぇ。
きっとこれはもう、何を言ったところで殺されるな。
じゃあもういいや。
ただで殺されるのも癪だ。可能な限りこいつを不快な気分にさせてから死んでやる。
「それでは死ぬが──」
「お前、馬鹿なの?」
魔人の頬がピクピクッと震えた。
「……貴様、今、なんと言うたか?」
あーやばい、汗止まんねぇ。
「ん? その頭には脳みその代わりに生クリームが詰まってんのかって言ったんすよ?」
悪態も止まんねー……
魔人の顔面にめっちゃ青筋が浮かび上がってきた。
怖い。ほんと怖い。でもやめない。
「ほ、ほぅ? 生クリームとな? ちなみに、誰に対して、そのような無礼な口を利いたか、わかっておるのか? 身の程を知らぬとその死にざまも凄惨なものになるぞ?」
なおも偉そうにする魔人に、いよいよ俺の頭の中で何かが壊れる。
「うるせぇばぁぁあか!!」
気付けば叫んでいた。
「お前今から殺されるって人間がそんな脅しにいちいちビビるとでも思ってんのか!? それともあれですか!? へりくだって丹念に足の指を舐めれば助けていただけるのですか!?」
「そ、それは殺すが……」
「だろお!? じゃあ誰がテメェなんぞ敬うか! ばあぁぁか! 死を覚悟した俺は無敵だ!! 今際の際まで一生懸命死にもの狂いでお前を馬鹿にしてやるわ! 男女同権が広まったこのご時世に、性別でどうこうのたまうお前みたいなサビまみれのロートルに遠慮なんかするわけねぇだろ! つーかなんだよその承認欲求全開な地下アイドルみてぇな恰好は! 胸元開きすぎだろ痴女かよ!」
「な、なっ……!?」
魔人が顔を真っ赤にして唸った。酸欠の金魚みたいに口をパクパク開く。内面で荒れ狂う感情を表現するのに適切な言葉を見つけられないといったように見えた。よーしよし。
がんばれ俺!
「そもそも俺はそこで腰を抜かしてる藤原の十倍は弱ぇんだ! そんな俺が藤原を助けるぅ? ヘソで茶が沸くわ!! ものの道理もわからん馬鹿が! 俺はここでお前にぶっ殺されるだろうけど、心は負けてねぇからな!? もうほんと、お前を憤死させる勢いで馬鹿にしてやるわ! わかったか脳筋女が! 来世は建設的な議論ができる文明人に生まれてこいよな!!」
「きっ……貴様ッ……! 死ねぇい!」
魔人が俺に手のひらを向け、光弾を放つ。
岩でもぶつけられたかのような衝撃に俺の体が吹き飛び、床の上を勢いよく転がった。
視界がグワングワン回ってわけがわからない。
「げほっ……い、言い返せないからって暴力に訴える野蛮な女め! その口は飾りか!? 脳みそを使えよ、バーバリアンが! ほーらいいぞ殺せ、今殺せ! 知性の勝利だ! カモン!」
「まだ言うか! もうよい、その不快な頭を踏み潰してくれる!」
魔人が肩を怒らせながら大股で詰め寄ってきた。魔力を集中させているのか、その両腕が燃えるように輝いている。空気に漂う魔力もそれに感応して煌めいていた。
怖気を感じるほどに美しい光景。まさか大気の魔力が可視化されるなんて。
なんにせよ死んだな。はい終了。来世は山奥の大樹に生まれ変われますように。
目前まで迫った魔人が腕を振り上げた。
殺されるその瞬間まで目を見開いてやる。
視線がかち合い、魔人が歪な笑みを浮かべて──そのまま真横に吹き飛んだ。
俺じゃない。魔人が、真横に、吹き飛んだ。
魔人は試験室の端まで飛び、壁に激突。モルタルが砕けて、半身がめり込む。
「今のうちに逃げろ! 我々が時間を稼ぐ!」
呆然としていると、復活したらしい教師の一人が叫ぶ。残る二人も起き上がり、魔導書に魔力を叩き込みながら数多の攻性魔術を魔人へと繰り出していた。
しかし、魔人は特にダメージを受けたふうでもなく、苛立たしげに反撃を始めた。
頑丈すぎる。タングステンかよ。
「……ありがたいんですけど、逃げろって、どこに?」
めっちゃ強力な結界張られてるし。
せめて戦闘に巻き込まれないように、部屋の隅にでも向かうか。
腰を抜かした藤原の腕を掴み、せき込みながらも引きずって、壁際へ。
「なんてことしでかしてくれてんだよ。先生たちが負けたら、いよいよ殺されるぞ」
「わ、私なにもミスしてない!」藤原が声を裏返して叫んだ。「そもそもあそこまで強力な魔人を喚び出すつもりなんて……こんなの絶対におかしい!」
言い訳かとも思ったが、必死なその形相は嘘を吐いているようでもない。
「あっそ。ま、もはや責任の所在なんざどうでもいいけどな。死ぬし。ほらご覧、三対一にもかかわらず手も足も出ない先生たちを。あの女、強すぎるだろ。なあ、今あの魔人をヤジったら、先生たちの邪魔になるかな?」
藤原は俺を無視し、挙動不審気味に視線を泳がせて、俺が手にする魔導書に目を留めた。
緊迫した表情でぶつぶつと呟き、何か考えているようだが……
「倒せないのなら、そうよ、あの魔人を使い魔にしてしまえば」
「それが失敗したからこうなってんだけど。つーかお前の魔導書、燃え尽きたろ」
藤原は再び俺を無視し、魔導書をひったくった。そしてすごい勢いでページをめくりだし……あるページでピタッと指を止める。