クラスメイトが使い魔になりまして

鶴城東

プロローグ 仮初の主従関係からはじまる二人の話 (2)

「きみは小まめに俺を馬鹿にしないと、息でもできなくなる人なわけ?」

 藤原は俺を無視して、床に置いていた魔導書を拾い上げた。

 表紙に手のひらを乗せると、一拍置いて魔法陣に青い光が走りだす。

 魔導書を介して召喚陣を起動させたのだ。

 この魔導書は、魔術師から放たれた魔力を一定の形に整えるための補助器具だ。

 俺ら魔術師は体内で魔力を生み出せても、それを直接魔術へ変換するすべを持たない。そのため魔術を使いたい時は、一度補助器具を介して魔力を加工する必要があった。あるいは馬鹿みたいに長い呪文を何分も唱え続けるとか。

 まあ、現代魔術では補助器具を扱うことが主流だな。

 どんな技術であれ、歴史を重ねるうちに洗練されて最適化していくものなのだ。

 とはいえ魔導書は自作する必要があり、魔術を発動させるための術式は自分で考えなければならない。魔術師、とりわけ召喚士としての実力の差はそこで生まれる。

 つまり、膨大な魔力を持ちポコスカ魔術の構成式を編み出せる藤原は、じつひとからげにされるようなプロより、ずっと優れていることになるわけですな。

 才能のごんてんになる気持ちもわからないではなかった。

「いきます」

 ふじわらつぶやきと同時に魔法陣がひと際強く輝く。

 すぐさま魔法陣の上に現れたのは、燃え盛る炎を擬人化したような女だった。

 ベールのように腰まで垂れた髪や、強い意志を示すような大きな瞳、けんらんごうなドレス。

 そういった彼女を構成する要素の多くがしんに染め上げられている。透き通るように白い肌とのコントラストで、すべての紅色が際立っていた。顔立ちは、これまで俺が見てきたどんな女よりも整っている。

 女は部屋の中をへいげいし、それから藤原に目を留めた。

「貴様か? わらわをこのような程度の低い世界にび寄せたのは」

「えぇ。私の使い魔になってもらいたくて」

 藤原のものじしない態度に魔人が片目を細める。

「ほう? それは妾が皇国の、エイラムの第三皇女であると知った上でのざれごとか?」

「どこよそれ。役に立ちそうな個体を使い魔にするだけなのに、知るわけがないでしょ」

「……ふふ、愉快な猿だの。面白い。ほうに死をくれてやろう。そぅら」

 魔人が藤原に人差し指を向けた。その指先が赤く輝いた瞬間、光弾が発射される。

 攻性魔術だろう。補助器具も詠唱もなしに放つなんて、さすがは魔人といったところか。

 だが、その光弾は召喚陣上に張られた結界に阻まれ、ふじわらに届くことなく霧散した。

 とはいえ、透明な障壁は大きく揺らいでいる。とんでもない威力だ。

 不愉快そうに目を細めた魔人に、藤原が小さく息を呑む。けれど慌てた様子もなく再度魔導書に魔力を送り込み始めた。途端に魔人が表情を険しくして片手で顔を覆う。

「うぎっ……き、貴様、調子にのりおって……! だが、これしきっ!」

 服従の魔術をかけられているのだろう。しかし魔人は抵抗し、ギッと目つきを鋭くする。

 よほど魔術耐性が強いのだろう。

 藤原が苦しげに「う」とか「く」とうめく。

 きっと両者の間では、高度な戦いが繰り広げられているのだと思う。

 でも、高度すぎると見ててもあんまり参考にはならないよね。うーん、暇。

 手持ち無沙汰な俺は、隣に立つストーンゴーレムをチラ見する。単純な思考しか持たない低級の魔物。けど今の俺には十分すぎる力。やっぱりこれ以上の力が必要だなんて思えない。

 身に余る力なんて毒と一緒だ。余計な力を持った人間は、余計なことをしてしまう。

 ……とかそんなことを思っていたら、藤原の抱えていた魔導書が突如として発火した。

「あっつ!?

 藤原が思わずといった調子で魔導書を放り投げた。それは瞬く間に炎に包まれ、床に落下することなく燃え尽き、灰さえ残さずこの世から消失してしまう。

 えーっと……なんで燃えたの?

 当の藤原も「ちょっ、はあぁ!?」ときようがくしていた。

 予期せぬトラブルのようだ。魔導書が藤原の魔力に耐えられなかったのか、はたまた魔導書そのものに不備があったのか、なんにせよ服従の魔術は失敗した、と。

 やっちまったな。これで進級は絶望的だ。

 来年度からは敬語を使わせなくちゃ。

 それはともかく、火急の問題は魔人である。魔導書が燃えて魔力供給を断たれた魔法陣は、結界としての機能を失っていた。解き放たれた魔人は間違いなく暴れだすだろう。

 現に魔人は不敵な笑みを浮かべて藤原を見下ろしてる。

「藤原、下がりなさい!」

 緊急事態に、先生たちが自分の魔導書に魔力を送り込み、各々の使い魔を召喚しながら叫んだ。

 人狼、鬼人、妖狐が現れる。どれも魔人ほどではないが、高位とされる魔物だ。

 それら三体の使い魔が、使役者の命令を受けて、魔人へ襲いかかる。

 が、

ぞうぞうちりあくたが!」

 魔人が右腕を横一文字にいだ。

 するとその軌道上に爆炎が発生し、三体の魔物にまとわりついて……?

 跡形もなく燃え尽きてしまった。うわ、すげぇ。あれ普通の炎じゃねぇだろ。

 てか、あれ? これって先生たちの使い魔、全部死んじゃったのか?

他愛たわいない……貴様らが術者か? 身の程を知れ」

 魔人がすぐ近くにいた教師らへ特大の光弾を放つ。それは彼らが展開した障壁をやすやすと突き破り、そのまま三人をまとめてふっ飛ばした。

 うめき声が聞こえるので死んではないが、先生たちは立ち上がる気配もない……

 嘘だろ。強すぎる。

「さあて、小娘よ。覚悟はよいか?」

「あ、あ……」

 ふじわらは腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。

「劣等種の分際でしつけにもろうぜきを働いたその罪……楽に死ねると思うでないぞ?」

 魔人の意識は完全に藤原へと向いていた。

 もしかして俺、ノーマーク?

 ……よし、助けでも呼びに行くか!

 いくらあの魔人が強かろうが、学園の教師たちがまとまってかかれば、さすがに負けはすまい。多分。

 もっとも、助けを呼びにいっている間に藤原が生き残れるかは正直微妙なところだが、さりとて俺にそれ以外、できることはない。罪悪感がないと言えば嘘になるが、無駄死にするのも御免だ。

 すまんな。

 出入り口に向かい駆け出す。

「待て、逃がさぬぞ!」

 魔人が指を鳴らした。連動したように部屋全体が得体のしれない魔力の膜で覆われる。

 遅れてつかんだ扉はびくともしなかった。かてぇ。これ結界か?

 振り返ると、魔人が薄ら笑いを浮かべて俺を見ていた。

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