NGな彼女。は推せますか?
TRACK.1 初恋サイダー (3)
黒髪ロング美人がキリッとした瞳を俺に向け、眉根を寄せた。
はい、力強い決意の表れ、確かに受け取りました。
しゃあ、まだまだ行くぞ。
続いて、少し離れた場所で合格に感涙している茶髪セミロングの女の子。
「涙はアイドルの神からの贈り物。って、おい、涙を拭くんじゃない。エモさが消える。涙はオタクに見せてこそ意味が出るんだ!」
茶髪女子の動きが止まり、顔が引きつった。
俺の指示を早速に実践するとは、その健気な頑張りに拍手。
そのとき、俺を取り囲む人垣の中から冷たい声が上がった。
「キモっ」
なんだと?
誰だ!? 女の子が持つアイドルの可能性や素晴らしさを否定し、侮辱する奴は?
アイドルほど尊い存在はないんだぞ!
この機会に、その尊さをしっかりと説いておく必要があるな。
「いいか、よく聞いてくれ」
俺は決意を込めて拳を握り、周囲のみんなに聞こえるように大きな声を出した。
「アイドルは世界を変えられる」
そう、絶対に変えられる。
「今がどんなにくだらない世界だとしても、絶対に変えられる。女の子が青春を懸けて笑顔で歌って踊って、それで変わらない世界なんて、世界の方がおかしいんだ」
俺はエイドスでそれを証明してみせる。
「さあ、俺のもとでトップアイドルになって、一緒に世界を変えよう」
できるだけ優しくほほ笑み、女の子たちに両手を差し出した。
サッと人垣が引いた。
あれ、みんな、まだ恥ずかしがっているのか?
「もう一度言おう。俺のもとでトップアイドルになるのは誰だ」
そのとき、1人の女の子が声を上げた。
「きゃああああああ」
いや、悲鳴で立候補っておかしくないか。
というか、頭上から声が聞こえてくるんだが。
「なんだ?」
見上げた空に、お下げ髪でメガネをかけた女の子がいると分かったときには、遅かった。
ドッカーンという漫画みたいな音とともに、女の子がぶつかってきて、その衝撃で俺の体は地面に叩きつけられた。
背中が痛い。体が重い。しかも、目の前が暗い。でも、柔らかい。
優しさの塊のような物が、俺の顔を覆っている。
甘くて、いい匂い……。
「ご、ごめんなさい!」
かわいらしい声とともに、体に感じていた重さが消え、視界が明るくなった。仰向けになった俺の真上では、アメフトのプロテクターを身に着けた先輩たちが女の子を取り囲んでいた。
「おい、大丈夫か君?」
「あんなにすっ飛んでいくとは思わなかったよ」
先輩たちは、お下げ髪でメガネの女の子をしきりに気遣っていた。どうやら、合格したこの子を胴上げしていて、そのまま空高く舞い上がらせてしまったようだ。
「だ、大丈夫です。けがはありません」
女の子は自分が悪くないはずなのに、何度も「すみません」と頭を下げて必死に謝っている。
まったく、俺がクッションになってなきゃ大惨事……って、おい、先輩方、俺の心配もしてくれ! かわいい後輩男子1名が横たわったままだぞ!
「いやー、けががないなら問題ないよな」
「ホント、問題なくて良かったわー」
しかし、先輩たちは俺に気付くこともなく、「なんの問題も起きていない」と女の子に念を押した上で、無駄に白い歯を見せて立ち去った。
これが、エイドスの現実か!
いや、さっきまでの俺も野郎には目もくれなかったけどさ。
「大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
メガネの女の子が俺に手を差し伸べ、起き上がらせてくれた。
女の子はぶかぶかのニットを着て、中途半端な丈のデニムスカートを穿いていた。足元は真っ白なハイカットの靴下、サンダルには妙にリアルな半魚人がデザインされている。
ファッションにはあまり興味ないのかな……。
いや、他人のセンスを分析している場合ではない。今は俺の体のけがの具合を確認する方が先だ。えーと、背中の痛みはすでにないし、他に痛い場所もないな。
「大丈夫そうだ」
「本当にごめんなさい!」
「いや、そんなに謝らなくても……」
目の前でペコペコと頭を下げるお下げ髪の女の子を見ていて、俺は気付いた。
女の子は不思議な幾何学模様のニットを着ている。
いや、このダサい柄が問題なのではない。
柄のお陰で妙な立体感を持ち、悩ましげに揺れている物が問題なのだ。さっき、俺の顔を覆っていたのって、もしかして……。
顔を上げた女の子の頬がサクランボ色に染まっていった。
彼女の形の良い唇がゆっくりと開いていく。
「あ、あのっ、さっきのおっ、おは……」
「おっぱい?」
バッシーン!
漫才みたいな音がした。
女の子が俺の頬をビンタした。
「そ、そんなのはNGですぅ!」
顔を真っ赤にさせた女の子はクルリときびすを返すと、逃げるようにその場から走り去った。
そのとき、俺は胸に湧き上がる衝動を抑えきれず、その場に立ち尽くすしかなかった。
決して、初めてのビンタ、初めてのおっぱいに衝撃を受けたからではない。
ビンタの瞬間、メガネの奥でキリリと光った瞳の輝き。
懸命に話そうとしたときの、決意に満ちた凜とした声の響き。
──アイドルは探すものじゃない。向こうからやってくるものだ。
頭の中では、俺が尊敬するTOの名言が何度も鳴り響いていた。
空から降ってきた女の子は、メガネに黒髪のお下げ、ダサいニットに中途半端な丈のデニムスカート。決して美人でもオシャレでもない。
だが、それがいい。
俺はあの子をプロデュースする。
今は誰も気付いていない、あの子の隠れた魅力を俺が引き出し、その素晴らしさを世界中に広めるんだ。
地味っ子を磨いてトップアイドルとして育成する。
ああっ、これぞプロデューサーの王道。
甘くて刺激的な、まるでサイダーが弾けたような出会い。
「俺の理想のアイドルはあの子だ……」
俺はこの日、運命の出会いを果たしたんだ。