NGな彼女。は推せますか?
Start/INTRODUCTION...IDOL / TRACK.1 初恋サイダー (1)











音楽が始まる。
スポットライトがステージにいる1人のアイドルを照らし出した。
「盛り上がって行きましょう!」
元気いっぱいにそう叫び、4つ打ちの軽快な音楽に合わせて踊り出す。
すると、地下の小さなライブハウスを埋める約300人のアイドルオタクから関連性不明の絶叫が巻き起こった。
《しゃー行くぞー! タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!》
リズムに乗って繰り出されるオタク定番の掛け声「MIX」だ。
MIXが終わると同時にアイドルが可憐に歌い出す。
オタクたちの歓喜、感動、興奮の渦が会場にうねり始めた。
「いいライブになりそうだ」
俺はできるだけクールにつぶやくと、したり顔で大きくうなずいてみせた。
ついでに腕を組んで、片足でリズムも取ってみる。
このいかにもプロデューサーっぽい感じが、最近のお気に入り。
俺はエイドス学院高等部1年の中嶋拓人。
プロデューサーとして舞台の袖でライブを見ている。
この日のステージを踏み台にして、さらに良いステージを演出することが俺の仕事だ。
アイドルにとっての良いステージ。それは、アイドル本人のパフォーマンスの出来とともに、オタクがいかに主体的にライブを楽しめるかが重要だ。
アイドル現場特有の掛け声や声援が、会場全体から沸き上がるかどうかによって、ライブの盛り上がりが左右される。
アイドルの現場は、アイドルとオタクが共に作り上げるもの。
今日のお客さんはイントロからノリがよくて、いい感じだ。
ステージに立つ彼女はAメロを楽しげに歌っていく。
そろそろ歌声が途切れるタイミング。
歌唱パートの隙間を狙い、オタクたちが天にも届けと声を揃える。
《おーれーの、○○○!》
曲の合間にアイドルの名前を叫ぶ「コール」と呼ばれる定番の掛け声だ。
コールを受けたアイドルが、はにかみながらも嬉しそうにウインクした。
このレスポンスにオタクの熱がさらに上がる。
分かる。ドルオタ(アイドルオタクの略)でもある俺には、お前らの気持ちがよく分かる。
コールにアイドルがレスしてくれると嬉しいよな。
客席とステージがつながった感、俺たちの気持ちが届いた感、なによりもこのライブを一緒に楽しもうね感が高まる。
ステージはBメロも終わり、サビ前にかき鳴らされるギターサウンドが曲を大いに盛り上げていく。
アイドルがサビを歌い出す直前で、オタクの魂の叫びが爆発する。
《イエッタイガー!》
会場を揺らすほどの大音量。
全オタクの掛け声を受け、アイドルが楽しそうにサビを歌い出す。
その額で汗がきらめいた。
はい、いただきました。
ライトに反射して光るアイドルの汗、最高。
お前ら、ちゃんと見てるか? このエモさを見逃してないだろうな。
会場を見渡すと、そこは熱狂するオタクたちで満ちていた。
みんないい顔をしている。
最前ゼロズレ(アイドルの正面)にいるメガネ君なんて満面の笑みだ。
ちくしょう、そんな顔をされたら俺も嬉しいじゃないか。
サビが終わり、2番までの間奏でオタクたちが日本語MIXを入れる。
《あー、虎、火、人造、繊維、海女、振動、かっせーん!》
ステージ上の主役は、凜とした眼差しで2番を歌い出す。ダンスの動きはまだまだ硬い。でも、全力を出していることが伝わってくる迫力がある。
アイドルの輝きが会場全体に降り注いでいた。
まさに「天使かよ」状態だ。
さすが、俺が見いだしたアイドル。
ステージは2番の落ちサビに突入し、曲は一転してスローテンポに。
オタクたちがステージのアイドルに向かって、リズムに乗って右手と上半身を懸命に伸ばす。
オタクが全身全霊をアイドルに捧げる「ケチャ」と呼ばれる行為。
その重なり合う手の先で、アイドルもオタクに届けとばかりに腕を伸ばした。
そして、その手を徐々に振り上げながら感情を込めて歌い上げていく。
──さあ行こう 君となら世界を塗り替えられる。
ギュッと魂をわしづかみにされた気がした。
気付けば、涙が頬を伝っていた。
ああ、やっぱり、俺の理想のアイドルは最高最強だ。
アイドルオタクの俺がアイドルのプロデューサーになる決意をしたのは、中3の5月第3土曜日だった。
そして、理想のアイドルを発掘するためには、エイドス学院の高等部へ進学することが最善と考えた。
全寮制のエイドス学院(中等部、高等部)を中核とする学院都市の人口は100万人。そのうち中学生と高校生だけで10万人を占めている。
学院都市は日本の中央部にあり、世界中からも才能あふれる生徒が集まっている。生徒たちは勉学、スポーツ、音楽、アート、料理に経営、将棋に囲碁、名探偵など、ありとあらゆる才能を競い合い、高め合う。
つまり、高校生のアイドルプロデューサーなど当たり前の存在なのだ。
当然、芸能分野に秀でた美少女たちも大勢いる。
理想のアイドルの原石が見つかる可能性が非常に高い。
なんといっても、高校生だけで7万人。
つまり、JKが3万5千人もいるんだ。
進学するしかない。男として。オタクとして。史上最強の未来のプロデューサーとして!
エイドスへの外部進学を決意後、寝る間も惜しんで──時々昼寝して──勉学に励んだ俺は、無事に入試を終え、3月上旬の合格発表の日を迎えた。
学院都市内に設けられた合格発表会場。そこに続く長い石段を上りながら、俺は確信していた。
絶対に合格しているに違いない、と。
俺の合格時のイメージは明確だ。
まずは、「やったああああああ」などと叫んで、大げさに歓喜を表してみる。