神籤世界の冒険記。~ギルドリーダーはじめました~
第2章 門出は突然にーー心の準備は来世に期待ーー(4)
先ほどまで手のなかにあった指輪が見当たらないのだ。
ポケットの中や周囲の床を見回してもそれらしいものはない。
「誰かに蹴飛ばされて、遠くに転がってったとか?」
立太はもはや唯一の財産といってもいい指輪を探し、周囲を見回す。
立太が今いる場所は、ロビーと呼ばれている塔の玄関だ。
創世の神と言われる顔のない女神像を中心に、常に人が行き交っており、探し物をするのにこれほど向いていない場所もないだろう。
立太は先ほどのように吹き飛ばされるのを避けるべく、女神像の前まで移動する。
「でかいなぁ」
女神像の大きさは立太の身長の十倍ほどだ。理由は分からないが髪と手のひらで顔が隠されているため、表情を窺うことはできない。
「いい体つきしてんのに勿体ないなぁ」
立太は上から下まで女神像を眺めると、そんな結論を下した。
どんな偏執的な彫刻家が作ったのか分からないが、まるで本物の布を石化させたのではないかと思えるほどに、女神が纏う一枚布の衣裳は躍動感に溢れ、女神の恵まれた身体を引き立てている。
「はぁ、いいものを見せて頂きました。ありがたや。ありがたや」
職人魂を感じた立太は女神像を拝み、ついでにと指輪が見つかりますようにと願った。
「よろしくお願いします。良い体の女神様……」
女神本人が目の前にいたら果たしてどんな態度を取っただろうか。立太のセクハラじみた参拝の結末は、彼の頭上に硬貨が激突するというものだった。
「いっ〜〜!!」
立太は知らないことだが、この女神像に硬貨を投げてどこかに引っ掛かると、その日の冒険で命を落とすことがないという験担ぎが過去に存在した。
しかしそれも、冒険者たちの間で何年かごとに巻き起こる一過性の流行でしかなく、すぐに別の験担ぎをするようになる。
女神像に引っ掛かっていた硬貨は神官たちの手によって寄付金として集められ、もうその名残も残っていないはずだった。
そう、そのはずだった。
天へと伸びる女神の手のひら、その指と指の間に残されたたった一枚の銅貨を除いて。
「いってぇ……」
立太は頭を抱え、近くの床に落ちていた銅貨を手に取る。
それが頭にぶつかったのだと気付くと、がっくりと肩を落とした。
「マジかよ……そりゃないって……」
どれほど運が悪いのか、立太は大きく溜息を吐いた。だが、落ち込んでばかりもいられない。立太は立ち上がり————少し離れた場所にいる冒険者の一団で目を止めた。
「あっ!?」
その中のひとり、茶色の髪を無造作に伸ばした少女が、足下から何かを拾い上げている。
不思議そうに首を傾げ、拾い物を見詰めていた。
それは、立太の指輪だった。
「ありがとう女神様!!」
現金な男だと思われようが、それは立太の本心だった。
その声が聞こえたのか、少女は不思議そうに周囲を見回し、立太と視線が交錯すると、指輪を示してみせた。
「そうそれ! 俺の!」
立太は力強く何度も頷き、少女は穏やかに微笑んだ。
出会いとしてはあまりにも情けないものだったが、これこそがひとつの世界と数多の命の未来を賭けた、たったひとつの運命の出会いだった。
◇ ◇ ◇
「ごめん! ありがとう!」
立太は愛想良く笑いながら、少女へと駆け寄る。怪しい人物だと思われたら困るため、可能な限り明るい態度を心がけた。
「おっとっと!」
転びそうになりながら少女のもとへ走り寄ると、彼女はおかしそうに笑いながら指輪を差し出した。
「どうぞ、綺麗な指輪ですね。贈り物ですか?」
「そんなまさか! 俺にそんな人がいるように見えます?」
立太はホッとした様子で指輪を受け取ると、茶化したように肩を竦めてみせた。
元来の性格もあるが、営業職として初対面の人々から情報と成果を得るため、口はそれなりによく回る。
「それ、答えたらわたしの方が失礼じゃないですか」
「それもそうか。いや、そんなつもりはなかったんだ」
頭を掻きながら弁解する立太。
その仕草にくすくすと笑った少女は、立太の目を真っ直ぐに見詰めてきた。そんな風に見詰められると思っていなかった立太は密かに緊張したものの、少女の髪の一房が銀色であることに気付き、驚いたような顔をした。
それに気付いた少女は、銀の一房を手に取り、不思議でしょう?と首を傾げた。
「生まれつき、この一房だけ銀髪なんです。いっそ全部そうだったら、髪を売るだけでも一財産だったのに……」
美しい髪はそれだけ高く売ることができる。
それは立太の生きていた時代でさえ、一部の地域に残されていた価値観だった。たしかに少女の一房は美しい色合いで、光の加減で虹色に輝いていた。
(いや、髪もそうだけど、このひとどこかで見たことあるような気がするんだけどなぁ)
そう訝しんだ立太だが、「どこかで会ったことがあるか」などというナンパの常套句を口に出すことはしなかった。
冗談だと思われるならまだしも、一気に不審者扱いされてしまう可能性も否定できないのだ。慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいい。
「おい、イーリス、そろそろいくぞ。ランデル村戦士団の初陣だ!」
少女の属する一団のリーダーらしい筋肉質の男が、立太に胡乱な目を向けつつ少女を呼ぶ。
少女はすぐに返事をすると、立太に一礼して微笑んだ。
「じゃあ、わたしはこれで! またお会いできたら、その指輪の話を聞かせてくださいね」
「うん、わかった。気を付けてねー」
立太は軽く手を振って少女とその一団を見送った。
一団は数名だけが革鎧を着け、少女だけが一部金属でできた防具を着けていた。
それ以外の者はほとんど着の身着のままといった有様で、周囲に似たような服装の冒険者がいなければ、不審者の集まりに見えたかもしれない。
「あの人たちも冒険者志望ってことなのか。あんな若い女の子まで冒険者になるんだなぁ」
そう口にしてみると、先ほどの自分の判断がひどく情けなく感じてしまう。
明らかに自分より年下の少女がああも前向きに冒険に出ようとしているのに、自分は我が身可愛さに冒険から逃げようとしている。
その判断は客観的には間違っていないだろう。
だが、自分自身が後悔することのない選択かどうか————
「まあ、決まってるよな」
立太は塔の外へ向かっていた足を、初心者冒険者支援を謳う窓口へと向けた。
もしかしたら、まだ何か方法があるかもしれない。
そんな期待を胸に、彼は一歩を踏み出した。
未来とは、努力した者にこそ開かれる。立太はあの少女を見習い、そう信じることにした。
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