神籤世界の冒険記。~ギルドリーダーはじめました~
第2章 門出は突然にーー心の準備は来世に期待ーー(3)
「嘘やん……そんな……」
そう呟きながら、立太は塔の中をとぼとぼと歩いていた。
本来ならば武器を手に入れ、そのまま初めての冒険に出るというのが通例のようだが、立太は武器を手に入れることができなかった。
そのため、神官たちは彼だけを出発の列から外し、そのまま外に通じる通路へと放り出したのだ。
冒険者が冒険の最中に命を落とすことは仕方がない。しかし武器も持たない者を送り出し、まだ経験の浅い冒険者たちが周囲にいる間に命を落とすようなことになったらどうなるだろうか。
他の冒険者が冒険者という仕事に疑問と恐怖を抱き、逃げ出すという選択をするかもしれない。それを未然に防ぐため、彼はこうして放り出されたのだ。まかり間違っても、人道的な理由ではない。
(あー、分かる分かる。最初の印象って大事だよね)
突然の扱いに、立太はこの世界の人々の持つ余裕の少なさをいやと言うほど感じ取った。
(保証とかそういうのないんやな、分かる分かる)
立太は、かつての世界で自分が暮らしていたころにはあった生きるための保証が、この世界には存在しないことを理解した。
そして、ゲームとよく似ていながら、根本的にゲームとは異なる部分にも気付いた。
(ハズレを引いた瞬間思ったけど、普通に考えたらリセマラとかはありえないんだよな)
リセマラ——リセットマラソン。
アプリをダウンロードし直すことで、最初のガチャで目的のキャラクターやアイテムを入手できるまでリセットを繰り返す手段だ。
これには多くの時間が必要になるが、ゲームを開始したあと、他のプレイヤーとの競争で有利になったり、プレイのモチベーションが高まる効果がある。
だが、現実の世界にリセットなどない。当然、それを前提とした選び直しなどない。
(まあ、当然のことだよね)
ゲームはゲーム、現実は現実だ。それがたとえ今までの自分の常識が通じないような世界であっても、やはり現実なのだ。
「そして、先がまったく見えないというのも現実な訳で……」
人が誰かに対して優しさを見せる事ができるのは、その弱者に対する相対的な余裕を持っている者だけである。
よくよく観察してみれば、この塔の中にも格差があるのが分かる。
重厚な金属の装備を身に着け、人々の歓声と羨望の眼差しを浴びながら闊歩する冒険者がいる。それに対し、みすぼらしい傷だらけの布や革の装備を手直ししながら長く使っているらしい、疲れた身体に鞭打って歩く虚無の如き表情の冒険者の姿も確かにあった。
比率としてはどちらも同じくらいだが、それが圧倒的多数を占めるであろう中間層を中心にした両端の冒険者の真実なのだ。
おそらく彼らの差はこれからさらに拡大するだろう。
上へと昇る足がかりを獲得した者は、さらに優れた装備を手に入れ、高みへと昇っていく。他方、今の立場さえ守れない冒険者は、さらに下へ下へと落ちていくに違いない。
「人の社会ってのは、どこも同じだなぁ」
あるいは、生まれの差というのもあるかもしれない。
先ほどから耳に入る人々の台詞から推測するに、この世界では貴族や王族がまだまだ隆盛を極めているらしく、彼らの持つ権威や財力に対抗できる庶民は一部の大商人だけらしい。
一応、万民の平等を謳う国から来た立太にしてみれば、そもそもスタート地点が悪すぎたと感じてしまう。
「なんの指輪なんだろ、これ」
最初はどこかの指に嵌めようとも思った。だが、神々の中には人を陥れて楽しむ性格の悪い者もいるらしいと聞いてしまえば、この指輪が呪いの指輪である可能性を否定することは立太には不可能だ。
嵌めたらその瞬間に命を落とす可能性も当然ながらあり、立太としてはその危険性を十分に考慮しなければならなかった。
「でもなぁ、俺が持ってるのってこれだけなんだよなぁ」
鞄の中に入っていた身分証明書や財布はどこにもなく、当然ながらスマートフォンも持っていない。ポケットの中にあったのはくしゃくしゃになったハンカチだけで、持ち物と言えるのはおそらくこの指輪だけだ。
「日雇いの仕事でもして、なんとか生き延びるか?」
幸か不幸か、立太の目にはこの『門の塔』がある場所はかなり栄えているように見える。探せば仕事のひとつやふたつは見つかるかもしれない。
これまでの自分の経験が生かせるかどうかは分からないが、少なくとも飢えて死ぬのだけはごめんだった。
「蓄えを作って、武器を買って……ああいや、そもそも冒険者なんてヤバそうな仕事に就く必要なんてどこにもないだろって、この指輪だってお前に冒険者は無理だっていう神様の思し召しかもしれないし……」
そう考えると、先ほどまで恨みの対象だった神様さえ、命の恩人のように感じてしまうのだから人間とは面白い生き物だ。
困難を自分に都合良く解釈することで自分が不幸ではないと錯覚させる。それも生き物としての生存本能が成せる技なのだろう。
「そうそう、そうなんだよきっと、だから無理とか無茶はせずにだな……」
そんな本能があるためなのか、自分に言い聞かせるように何度も頷くと、やがてそれが正しい判断のように思えてくる。
命はひとつしかない。こんなどことも分からぬ場所で死ぬのはごめんだ。そう考えることで心身の均衡を保つ。
「よし、だいぶ落ち着いてきたぞぉ」
フィクションの世界には、朝起きたら変な生き物になっていたとか、目覚めた瞬間に死ぬような作品がいくつも存在しているのだ。そんな状況に追い込まれた登場人物たちに較べたら、自分はなんと恵まれているのだろう。
フィクションとしか比較できない時点でかなり特殊な状況にあるということは考えないことにして、立太は前方に向き直った。
「いよっし! じゃあ気を取り直して————ごふぅっ!?」
前方から歩いてきた全身鎧の冒険者に跳ね飛ばされ、立太は石畳の床に倒れる。
「何してんだバカヤロウ! 素人がこんな場所うろついてんじゃねえ!!」
ぶつかった冒険者は立太を助け起こすようなこともせず、肩を怒らせて歩き去った。まさかこんな交通事故のような目に遭うとは思っていなかったため、立太も痛みより驚きのほうが勝っていた。
彼は床に座り込むと、身体中を触って怪我の有無を確認していった。
「よかった。大したことないみたいだな……」
跳ね飛ばされたといっても、出会い頭にぶつかり、重量差で立太が吹き飛んだに過ぎない。擦り傷や軽い打撲はあったが、それ以上の負傷はなかった。
「うんうん、ぶつかったのは運が悪かったけど、怪我が軽かったのはやっぱり運がよかったってことだな!」
人間、前向きに考えれば幾らでも前向きになれるのである。
立太はすっくと立ち上がると、周囲の人々にせかせかと頭を下げてその場を立ち去ろうとした。
そして、気付く。
「——指輪がない」
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