異世界サバイバル~スキルがヘボいとクラスから追い出されたけど、実は有能だったテイムスキルで生き延びる~
STAGE1 第6話 残酷な現実
「ちょっと休憩しようか」
「そうだね……」
オレと小見川さんは、二人して息を切らせながら頷き合った。
校舎のある山の頂上までは、まだ半分ほどだろうか。
そこは、鬱蒼と茂る森が途切れて、ちょっと見晴らしのいい高台みたいになっている場所で、岩がいくつか転がっており、座って休むにはちょうど良さそうだった。
オレはみるくを地面に下ろす。
「あんまり遠くに行くなよ」
みるくはオレの言うことがわかってるのかどうなのか、近くで草をハミハミし出す。
こいつは異世界に来たというのに変わらないな。
オレが、白い毛玉が食事しているのを見て和んでいると、小見川さんがふと立ち上がって言ってくる。
「でも、本当によかった。仁飼くんと会えて」
「そうか? オレに合流したせいで、クラスのみんなとは別行動になっちゃっただろ」
単純に考えれば、人数が多いほうと一緒に行動したほうが生き残りやすいと思うけど。
「もう、そう言うことじゃなくて」
小見川さんは、オレの言葉に呆れるように唇を突き出す。
可愛らしい表情だが、その意味はよくわからない。
「え? じゃあ、オレと合流できて、なにか得した?」
「だから、この世界でってことじゃなくて、もっと前——」
——と、そこまで言ったところで、小見川さんは、不意に言葉を止めた。
みれば、彼女は遠く、山の下のほうに視線を奪われていた。
「どうしたの?」
「見て」
小見川さんが指差す先を見ると、少しだけこの土地の姿がわかった。
どこまでも続いているように思えたジャングルだったが、途中で平原に変わっているのが見えた。
その先がどうなっているのかは、樹々が邪魔で見えない。
ところどころに、人工物がある。
コンビニ、ショッピングモール、それにあれは市民プールか?
ほかにも色々ありそうだけど、やっぱり樹が遮ってて見えないな。
ただ、小見川さんが、そしてオレも視線を奪われたのは、ジャングルが途切れた先にある平原で起こっている出来事だった。
人がいる。
ここからだと、小さな人形くらいにしか見えないけど、色からして、ブレザーを着た、溝波高校の生徒だろう。
何人かいるそいつらが——
——モンスターに襲われていた。
牙の並んだ口を開けた、巨大なミミズみたいな生物——ワームってやつか。
そいつが迫り、遠慮容赦なく人を呑み込んでいた。
ワームが這いずった後には轍みたいな跡が残り、人の姿はすっかりなくなっていた。
そうやって、ワームは逃げ回る生徒たちを、まるで埃を吸い込む掃除機みたいに平原から消し去っていく。
風に乗って、悲鳴がここまで聞こえてきそうだった。
「っ……」
小見川さんが両手で顔を覆って、しゃがみ込む。
オレも、気分が悪くなって視線を逸らした。
助けに行けるものなら助けに行きたい。
しかし、ここからじゃ到底間に合わないし、『動物の言葉がわかる』オレと、〈治癒〉スキルの小見川さんじゃ、あんな怪物相手にどうしようもない。
オレは、改めて思い知らされた。
ここは、異世界だ。
覚悟も準備もなく、突然こんな場所に放り出されたオレたちの前には、選択の自由などない、残酷な現実だけがあった。
死にたくなければ。
生き残りたければ。
オレたちは、足掻くしかない。
☆
「バカやろう!」
思い切り殴られて、勇見は吹っ飛んだ。
とっさにガードのため構えた木の棒は真っ二つに折れた。
もしこれがなかったら、勇見自身の骨が折れていたかもしれない。
「獅子戸、お前、スキルで殴ることねえだろ」
鼻から垂れた血を手でぬぐいながら、勇見は獅子戸を睨みつける。
しかし、獅子戸は、彼以上の鋭い視線で睨み返して、言ってくる。
「翔平の言ってたこと、忘れたのかよ。スキルが役に立つかもしれないから、クラスメイトは全員連れてこいって」
「お前こそオレの言ったこと忘れたのか? 仁飼のスキルは『動物の言葉がわかること』だぜ。そんなしょぼいスキル、役に立つわけが——ぐほっ!?」
反論の途中で、獅子戸の蹴りが腹にめり込む。
今度はスキルは使われなかったようだが、不意打ちだったのでガードできなかった。
勇見は腹を押さえて、痛みにのたうつ。
周りで見ていた女子生徒たちから悲鳴があがった。
「てめえ……」
「それを決めるのはお前じゃないだろ。それに、そのせいで小見川にまで逃げられてんじゃねえか。〈治癒〉はサバイバルに必須だろうが、あ?」
二人の視線がぶつかり合う。
今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気。
二人を止めようとする者はいなく、二年五組の生徒たちは息を潜めて事態の推移を見守っていた。
そこへ——。
「二人とも、やめなよ」
コンビニの中から駆け出てきた、東堂が間に割って入る。
「勇見、俺はクラスメイトを見つけて、連れてきてくれって頼んだんだ。例外はないよ」
「……ちっ、悪かったよ」
気まずそうに怒りを収める勇見。
「拓、勇見の判断ミスはあるけど、やりすぎだ。仲間内で揉め事を起こすな」
「そうだな。すまねえ」
獅子戸も、東堂の言葉には素直に頷いた。
ちなみに、東堂と獅子戸は小学生のころからの付き合いなので、お互い名前呼びが定着している。
二人の喧嘩を収めた東堂は、頷くと、
「すぎたことはしょうがない。仁飼くんと小見川さんとは、もし会えたら、ちゃんと謝って、仲間に加わってもらおう。それと、二人とも」
と、勇見と獅子戸を軽く睨むようにして、
「スキルが役に立つかどうかで人を選別するな。俺たちは仲間を切り捨てず、全員で協力して生き残るんだから」
「……わかった」
「気をつけるよ」
勇見と獅子戸はそう答えた。
そこへ、コンビニの中から女子が顔をのぞかせる。
「しょーへー、ペットボトルはまとめ終わったよ」
「ありがとう、杏珠。じゃあ次は——」
と、東堂は、ほかの生徒の手の空き具合を見ながら次の指示を出す。
それらがひと段落すると、彼はちょっと声を大きくして言った。
「さあ、荷物をまとめ終わったら、出発しよう! まずは、ここより広くて、寝る場所を確保できそうな建物を見つけるぞ!」
おお! と、みんなが東堂に答える。
「絶対に、みんなで生き残るぞ!」
おおおお!!! とさらに大きな声があがる。
二年五組の生徒たちは、東堂をリーダーにしてまとまっていた。