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風銘係あやかし奇譚

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第一章 呼び出された男 (1)

第一章 呼び出された男


 東京府芝区にある、とある洋館にて、それは起こった。

「うがあああっ!!」 

 月もない夜に、館内に響き渡る叫び声。

「ひがあああっ!」

「うげぇええっ!!

 それは一つではない。

 二つ、三つ、四つと、次々に増えていく。

 叫び声は、ただの悲鳴ではない。

 命を奪われた者が最後に叫ぶ、断末魔の声。

 悲鳴の数だけ、命が刈り取られていた。

「な、何事だ……一体なにが起こったというのだ!!

 館の主がガタガタと震えている。

 彼は陸軍の高官、長州出身の、いわゆる「維新志士」と呼ばれた者の一人。

 戊辰の戦をくぐり抜け、現在の栄職に就いた。

 その男が、子犬のように震えている。

 日頃彼が威張りくさって接している部下たちが見たら、さぞかし驚いただろう。

 あまりのその怯えっぷりに、笑うよりも先に心配したかもしれない。

 真っ青な顔で、書斎の鍵を固く閉め、机の下に潜り込むさまは、滑稽を超え、ただ憐れであった。

「た、助け……!!

「やめてくれ……!」

 叫びは、どんどん近づいてくる。

 話には聞いていた、「月のない夜はからすが現れる」と。

 この数ヶ月、何人もの、彼と同じく、軍や警察の高官が襲われている。

 突如夜闇にまぎれ現れ、邸内に押し込み、使用人も女子供も関係なく皆殺し。

 自分のところには来るわけがないと、最初はタカをくくっていたが、先月身近な、同じく高官の男が死んだ。殺された。

 それ以来怯え、軍内の腕の立つ者数人を、身辺警護として泊まり込みで常駐させ、拳銃や帯刀の許可も取り付けていた。

 これだけいれば大丈夫だと思った。

 どんな凶賊でも、拳銃相手には勝てないだろうと思った。

 だがダメだった──

 一人また一人と死んでいく部下たちの叫び声。

 その間には、何度か、銃声もした。

 外れたのか、外されたのか、もしくは……当たったのに、効かなかったか。

 館には、自分の家族も住んでいる。

 下の子は、まだ十歳だ。

 父親ならば守らねばならない。

 自分の命を犠牲にしても守らねばならない。

 だができなかった。

 ただただ、怖かったから。

「お父さ───……」

 屋敷の子どもの悲鳴が聞こえたような気がした。

 しかし彼は聞かなかったことにした。

 ひたすらここに隠れ続けよう。

 朝になれば全てが終わっているはず。

 警官たちがやって来たならば、犯人が襲撃して最初に迎え撃とうとしたが、返り討ちに遭い、気を失っていたということにすればいい。

 体のどこかに自分で傷をつけて、偽装をするか……いや、警官たちに金を掴ませて、黙らせればいい。

 それができる程度の財力と権力は有している。

 ここで隠れ続ければ。

 ここで隠れ続ければ。

「……………………?」

 悲鳴が、聞こえなくなった。

 凶賊が帰ったのか、それとも、自分以外の全員を、殺し尽くしたのか。

 どちらでもいい。

 ここで息を潜ませ続ければいい。

「んっ…………!」

 そう自分に言い聞かせていた時、音が聞こえた。

 足音、人の足音。

 それが、ゆっくりと近づいている。

 恐怖から、叫び声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

 息を止める、可能なら、心臓も止めてしまいたいくらい、恐ろしかった。

 足音が近づく。

 足音が近づく。

 足音が近づく。

 足音が止まった。

 いる、すぐそばに、書斎の扉の向こうに。

 扉には鍵をかけている。

 頑丈な扉だ、簡単には破れない。

 だが相手は、兵隊数人を返り討ちにした凶賊だ。

 どんな手段を使うかわからない。

 手の中の拳銃を握りしめる。

 もし扉が破られても、入ってきた瞬間に全弾ぶち込めば、倒せるかもしれない。

 だが、そんなにうまくいくだろうか。

 扉を開けても、この夜の闇だ。

 部屋の中を軽く見回して、机の下に自分がいることにも気づかず帰るかもしれない。

 そうだそれがいい、なにもせず、ここに隠れ続ければ──

(………?)

 そんな結論が出たところで、ふと、彼は気づいた。

 足音は止まったのに、扉の向こうにいるはずなのに。

 音が聞こえない。

 ドアノブを回し、鍵がかかっているかも確認しようとしない。

 もう通り過ぎたのだろうか?

 いやだがしかし、通り過ぎた足音は聞こえなかった。 

 いやもしかして、その足音を聞き逃しただけかもしれない。

 それなら──

「はぁ………」

 一瞬、気が緩んだ。わずかな安堵の可能性にすがりついた。

 その瞬間を、相手が待っていたとも知らず。

「ひどい人だねェ、アンタ……」

 声は、すぐそばから聞こえてきた。

「…………………!!

 声が出せなかった。

 あまりの恐怖に、声すら出なかった。

 まさに、「絶句」であった。

「アンタがここにいるの、わかってたよ? 部下が殺されても、使用人が殺されても、妻が殺されても、子どもが殺されても、アンタ、出てこなかったね」

「あ……あ………ああ………!」

 ようやく声が出る。だが言葉が紡げない。

 手の中の拳銃を構えねばならないのだが、震えて、上手く持つことができない。

「いいねぇ、すごくいいよ。そうでなきゃ。死にたくないって思うのは、動物の本能だよ。人間の本能さ。アンタのひどさ、すごくいいよ」

 声の主がいたのは、高官の男が隠れていた、机のすぐ上だった。

 そこに、声の主は立っていたのだ。

(何処から……いつの間に……!?

 扉は開いていない。

 他に出入りできるのは窓くらいだが、ここは三階だ。

 ここまで登ってこられる足がかりのようなものはない。

 羽でも生えていない限り、入り込むのは不可能だ。

「そんで、どうする? 親しき者たち全てを見捨てて時間を稼いだんだ。なにか手段があるんだろう? 軍人ならさぁ、根性見せようよ、ねェ?」

 机の上の声の主は、嘲り、笑っている。

 命惜しさに家族すら見捨てた男を、なぶり、楽しんでいる。

「ひっ……はっ………ひっ……はっ……!」 

 最後に残った意地を振り絞って、高官は机の下から這い出ると、拳銃を凶賊に向け──ようとしたが、できなかった。

 彼の意地も底を尽きた。

 恐怖で銃を構えることも、引き金に指をかけることもできない。

 それどころか、撃鉄を起こし、銃弾を装填することすら忘れていた。

 軍人として、あまりにも不甲斐ない姿であった。

「あ~あ、なっちゃいないねェ」

 凶賊が、やれやれと肩をすくめながら、机から降り近づくと、震える手から、拳銃を奪い取る。

「銃を撃つなんて簡単だろ? 撃鉄を起こし、弾を装填して、あとは狙いを定めて引き金を引く」

 パンパンと、軽い破裂音が響く。

「~~~~~~!!!」 

 両足を撃ち抜かれ、高官は痛みと恐怖でのたうち回る。

「ね、簡単でしょ?」

 むしろ朗らかとも言える声音で言うと、凶賊は、高官に銃を返した。

「さぁ」

 撃てるものなら撃ってみろ、という態度。

 激痛によってわずかに戻った理性が、高官に、激しい怒りをもたらした。

「くそっ……なめや……がって……! うがあああっ!!!」

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