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風銘係あやかし奇譚

SOW

序章 (2)

 悲鳴のような兵士たちの声。

 とっさの事態に、頭が付いてきていない。

 混乱し、困惑し、なにをすべきか、答えが出ない。

(ああ……こんなのが敵か)

 情けなさが、虎徹の骨身に染みた。

 敵は新政府軍の兵士。

 だが、これのどこが兵〝士〟だ。

 彼らは生まれついて、〝士〟であったわけではない。

〝士〟として育ったわけではない。

 元は百姓、元は商人、元は漁師……そんな家の者たちだ。

 戦う必要などなく、戦う意思などなく、「徴兵制」という「新しい制度」に基づいて集められ、西洋の借り物の訓練を施されただけの、素人だ。

 本来なら、自分たち武士が、守ってやっていた者たちだ。

(こんな連中を、敵にしなきゃならんというのか、明治とかいう世の中は!)

 心の中で毒づく。

 混乱の中にある兵士たちは、たった一人の虎徹を抑えることもできない。

 抵抗も反撃も防御も、逃げることもままならず、一方的に斬り伏せられる。

「た、助け──」

 兵士たちの目が、一人に向く。

 彼らの指揮官、彼らに「逃げろ」と命じることができる者。

 そして、コイツを殺せば、さらに兵士たちは混乱し、うろたえるであろう者。

「チェアアアアアッ!!

 再び猿叫。それだけで、兵士たちは恐怖に居竦む。

 遮る兵士たちを、蹴り飛ばし、殴り飛ばし、押しのけ。それでも残る者は斬り払い、一直線に指揮官に向かう。

「誰か───」

 相手が口にした最後の言葉はそれであった。

 どこまで間抜けだと、虎徹は嫌気が差した。

 腰の刀を抜くなり、手近な部下から銃を奪って防戦するなり、手はいくらでもある。

 誰かに命じてどうなる場面ではない。

 こいつも、〝士〟ではなかった。

 それがわかったからこそ、虎徹の中に、失望にも似た感覚が湧き上がる。

(ならばもうよか、さぱっと死せい!)

 かける言葉すら無用と、一思いに一息に、一刀に頭からたたっ斬る。

(あともう少し……あともう少しじゃあ……)

 宇土櫓を突破すれば、本丸まではあともう一息。

 ここを破れば、数を倍する薩軍が負ける道理はない。

 百姓の兵など何百人いようが敵ではない。

 皆倒し、皆殺す。

 そして、見せつけてやる。

 西洋にかぶれた関東モンたちに、「〝士〟こそが、戦場に立つ資格を持つ者だ」と。

 知らしめてやる、我ら薩摩隼人が。

「あと……もう少しじゃああ!」

 体中を血にまみれさせながら、虎徹は叫ぶ。

 西南戦争、「武士の終焉」と呼ばれるこの戦い。

 それは極論すれば、八百年に渡って、この国を統治してきた者たちの、最後のあがきだった。

 新時代を迎え、御一新が成り、「侍はもういらない」と言われ、それを黙って受け入れることができなかった者たちが、「自分たちは弱くない」ということを誇示したいがための戦いだった。

「ん………」

 目の前の門が、ゆっくりと開く。

 最初、虎徹は別働隊が入り込み、門を開放したのかと思った。

 しかし、そうではなかった。

 そこには、一人の男が立っていた。

(この男……)

 その男の装いは、それまで虎徹が斬り殺してきた兵士たちとは異なった。

 兵隊の野戦服ではない、それは警官の制服であった。

 人手が足りず、警官まで駆り出された──ではない。

 男の放つ眼光、殺気、闘気、そこらの百姓上がりどもとは次元が違う。

「おんし!! 侍か!!

 歓喜にも近しい声で、虎徹は叫んだ。

「…………!!

 警官は答えない。

 答えないが、放つ闘気がなにより雄弁に語っていた。

 警視庁抜刀隊──この西南の役において、徴兵で集めた一般兵では、武士の集団である薩摩軍に、戦う前から気迫に圧され、訓練での動きの半分もできなかった。

 その一般兵たちに代わり、元武士が多くを占めた警察官たちが動員された。

 彼も、その一人であった。

 年の頃は、三十も終わりかけといった頃だろう。

 足の動き、構えから、九州の者ではなく、関東の武士だとわかる。

「嬉しいのう……ようやっとまともなのと戦える……!」

 ちらりと、己が斬り殺した兵たちを横目に見つつ、虎徹は言った。

「斬りも斬ったり……何人殺した?」

 男が、険しい顔で返す。

「さぁて、何人殺したか覚えとらんのう。なにせ、放たれるや斬れるものは全部斬ることにしている。十人か二十人か、それとももっとか……」

 まるで、友人に語りかけるような気安さで答えるが、男の顔は険しいままだった。

「そんなだから……お前たちの時代は終わったんだ」

「なん──!?

 その言葉に、虎徹の顔が変わる。

 怒り、もある。

 だがそれ以上に、はいをえぐられたような、自らも自覚していないが、深いところで存在を感じていた、弱き場所を突かれたような、そんなえぐい気持ちになった。

「お前たち薩摩隼人は、しんの勝者だ。俺たち関東武士は、ことごとくお前たちに敗れた」

 戊辰の戦──明治新政府軍と、旧幕府軍の戦い。

 激戦は各地で勃発し、江戸……今は東京と呼ばれる地では、旗本たちが上野で反攻作戦を展開したものの、わずか一日で鎮圧される。

「俺たちは敗者として、次の時代に生きた。だがお前たちは、次の時代に拒絶された勝者だった」

 敗者となり、勝者の作ったしくみの下で官吏となった男と、勝者でありながら、結局今こうして、滅ぼされる側に回ってしまった薩摩武士。

「黙れ……」

「このいくさ、お前たちの行き着く場所はどこだ? 大西郷を担いで、独立国家でも作るか? 作れまい。かつてのような、武士が幕府を作って政を行う時代は終わった。お前たちがそれを証明した」

「黙れ!」

 虎徹は怒鳴るが、男の口は止まらない。

「この期に及んで、殺すことでしか己を誇示できぬ時点で、お前たちに未来はない」

「黙れと言うとるんじゃぁ!!

 駆け出す虎徹、全身と全霊をもって、男を斬り倒すことで、男の吐いた言葉そのものを否定しようとするがごとく。

「キェエエエエッ!!

 刀を振り上げ、そのまま渾身の力を込めて振り下ろす。

 避けることあたわず、受けること能わず、受ければ受けた刀ごと切り裂く、薩摩の剣。

「ふんっ!!

 だが、男は受けた。

 刀の刃ではなく、右腕で刃を受け、己の肉をもって、刃を止めた。

「おおおおっ!!

 そして、そのまま素手で虎徹の刃を握り止めると、空いた左手で、逆胴に刃を叩き込む。

「なんちゅう──」

 自身の渾身の一撃を止められ、隙を突かれた虎徹に、刃を防ぐ手立てはない。

 死んだ。間違いなく、そう思った。

 だが、虎徹の体はふっとばされるのみに終わる。

 むろん、無傷ではない。

 男の一撃は凄まじく、虎徹の肋骨のいくつかをへし折るほどであった。

 しかし、それは「打」の一撃、「斬」の一撃ではない。

 なにより、男の刀には、血がついていない。

 寸前で、刃を返し、刀の腹で打ち付けたのだ。

「なぜじゃ……」

 信じられぬように、虎徹は男を見る。

 男の右手は引き裂かれ、皮は破れ、肉はちぎれ、骨が見えている。

 傷の度合いだけ見れば、男のほうが重傷なのは間違いない。

 しかし、倒れた虎徹を見る男の目は、虎徹にはない強さを有していた。

「もう時代は変わったのだ。俺はそれを受け入れた側の人間なのだ」

 ボタボタと血を流しながら、男は言う。

「だからお前を殺さない。殺し、殺されることでしか己をあかせぬ者の願いを聞いてやる気はない。そういうことだ」

「ふざけんな……! 戦場じゃ殺すことは当たり前じゃろう! 戦場じゃ、殺されるのは当たり前じゃろう!」

「わからないなら、それまでだ……」

 男は背中を向け、門の向こうに去っていく。

「待てぇ! 行くなぁ! 行くなら、俺を殺してから行け!」

 男は答えない。

 ただ、その背中が小さくなっていく。

 あがくように手を伸ばすが届かない。

「今だ、動けぬうちに、あの男を殺せ!」

 そうしているうちに、男ではない他の兵士たちがわめく。

 百姓上がりと、虎徹が舐めてかかった兵たちが現れる。

 だが、銃剣をもって刺し殺そうとはしない。

 まだなお吠える彼を恐れ、近づくことができない。

 業を煮やし、新たに現れた指揮官が命じる。

「かまわん、ならば撃て!」

 それならばと、ガチャリガチャリと、銃を構える音が響く。

「待てぇ!」

 そんな音は、虎徹の耳には入らない。

 ただ、自分を否定した男が戻ることを乞い願う叫びを上げ続ける。

 そこにこだまする銃声。

 そこで、虎徹の意識は途絶える──

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