話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

風銘係あやかし奇譚

SOW

前がたり / 序章 (1)

前がたり


 わたしは、ずっとそこにいた──

 人の世のことわりなどどうでもいい。

 誰が誰を支配しようが、誰が誰に差配されようがわたしには関係のない話。

 いつの頃からここにいたのかも覚えていないが、わたしは昨日のように今日を生き、今日のように明日を生きる。

 それだけでよかった。

 それだけでよかったのだ。

 だが、ある日のことだった。


 なにを愚かな、と思った。

 お前たちがどのような〝しくみ〟の中で生きて死のうが、わたしには関係ない。

 好きにすればいい。

 なのに、そのお前たちの〝しくみ〟の道理を、なぜわたしに押し付けるのだ。

 何百年もへりくだり、何百年もすがってきたくせに、そっちの都合で使い捨てるか?

 ああ、そうか、いいだろう。

 ならばいっそ、お前たちが言うとおり、邪教の神と化して暴れてやろうか?

 貴様らの肉と骨とはらわたをばらまき、我がえんの念を土に染み込ませ。

 千代に八千代に──とまではいかなかろうが、百年は毒で呪ってやろうか。

 それがお前らの望みなのだろう?

「やめい! そんなの、間違っとる!」

 誰かの叫びが聞こえた。

 おのなたをもって現れた大人たちから、わたしを守るように、その子は現れた。

 子──そう、子どもだ、七つか八つか、十にも満たぬ子どもだ。

 知っている顔だ。

 いつもわたしのところに現れて、わたしのすみの軒下に潜んでいた子どもだ。

 たまにわたしへの供え物を盗み食いしていた子どもだ。

 たまに寝小便をたれて、わたしの住処を汚した悪ガキだ。

「間違ってる! そんなのおかしい! なんで──が、壊されにゃならんのだ! なんでじゃ!」

 その子どもは、小さな両手を広げ、大人たちを睨みつけ、一歩もわたしの下へ行かせまいとしていた。

 大人たちはあれこれと子どもを退かそうと、ある者は理屈で、ある者は上からの命令だと説得し、ある者は「退かんと殴り飛ばすぞ」と脅かした。

 それでもその子は退かない。

 まっすぐに大人たちを睨みつけ、両手を広げ続ける。

 ついには、ああついには、業を煮やした大人たちは、その子を殴り飛ばした。

 それでも、その子はあきらめない。

 大人たちにしがみつき、噛みつき、何度も何度も「間違ってる!」と叫び、止めようとした。

 わたしを、守ろうとしてくれた。

 だがその度に彼は殴られる。蹴っ飛ばされる。雑言を浴びせられる。

 ああ……

 わたしの中で、怨嗟とは違う感情が生まれた。

 それは、なんと名付ければいい感情かわからない。

 だが、血を流し、泥まみれになる彼を見て、わたしは思った。

「もういいから、もうやめなさい」

「わかったから、もういいから」

「このままじゃアンタまでぶっ殺されちまうよ」

「通じたから、アンタの気持ちはよくわかったから」

「もう、それで十分だから」──

 しばし時は流れ、夕刻には、わたしの住処は壊された。

 大人たちが帰ったあと、ボロ雑巾のようになった彼は、わたしの前で泣いていた。

「すまん……」

 悔しげに土を握る、少年。

 己の不甲斐なさを恥じるように、親しき者を守れなかった悲しさと悔しさで、ぼたぼたとみっともない顔で泣きじゃくっていた。

 不思議と、わたしは笑っていた。

 居場所を失った辛さより、父母や祖父母や、そのさらにずっとずっと前から知っていた者たちに裏切られたことよりも、自分の不幸を、自分のことのように泣いてくれるこの少年が、ただ、ただ愛しかった。

「ああ、まぁいいか」

 そう思った。

 こんだけ泣いてくれた人がいたのなら、こんだけ悲しんでくれた人がいたのなら。

 わたしがここに根ざした数百年の時は、さほど悪いものではなかったのだ。

 そう、納得できた。

 わたしはその少年の頭を、数度撫でる。

 伝わっているのか伝わっていないのかはわからない。

 でも、言葉をかける。

「ありがとう」

 憎しみも怨嗟も、わたしの中から消えていた。

 ここにいてはならぬというのなら、さあこれからどこに行こうか。

 行くあてはないが、どうとでもなる。

 もしその流れの果に、またどこかで、こんな出会いができたなら。

 できるかもしれないのなら。

 それはそれで、十分生きる希望にはなる。

序章


 西南戦争──明治十年、1877年に勃発した半年以上にも及ぶこの戦いは、日本最後にして、最大の内戦と呼ばれている。

 この戦いが、その後にどんな影響を与えたか、後世の歴史家は様々な見解を述べる。

「近代軍制度の変遷」

「旧時代からの変革」

 だが、誰もが共通して、この言葉を使う。

 いわく、「武士の終焉」──

 維新の大豪傑西さいごうたかもりと、彼の下に集った屈強なる薩摩隼人三万人。

 これほど勇壮にして強靭なる大軍勢は、日本史上果たして如何いかほどあったか。

 新政府軍は倍以上の七万の兵団を送り込み、親王を総司令とし、やまがたありともくろきよたからを配下に付け、総力を上げ、これを鎮圧せんとした。

 この戦いの中、もっとも激しい激戦の一つとして、ばるざかの戦いと並び称されるのが、くまもとじょう攻防戦。

 戦国の名将、とうきよまさが築きし熊本城。

 軍の重要拠点である鎮台が置かれたこの地に、薩摩軍は半数近い一万四千の兵力を送り込む。

 しかし、知勇兼備を備え、さらには築城の名手と呼ばれし清正が、その経験の全てを注いで造り上げた熊本城は、難攻不落という言葉でも表せぬ名城であった。

 南のしま──薩摩の侵攻を想定して築かれた熊本城は、わずか四千の兵であった官軍を守り抜き、ついに薩軍は撤退する。

 この二ヶ月の間、熊本城に入り込めた者は一兵もいなかった──と、史実ではそうなっている。



「キェエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 熊本城の「第三の天守」とさえ言われる最大のやぐら櫓」──その正面に立ち、薩軍の男が叫んだ。

 えんきょう……薩摩の剣術諸流派に伝わる、れっぱくの気合をもっての叫び。

 それはもはや、人ではなく、人でなき獣の咆哮にも近かった。

「薩軍三番隊!! てつ、参る!」

 虎徹と名乗ったその男は、堂々と名乗るや、単騎で駆け出す。

 土をもえぐる、凄まじい脚力。

 大型の肉食獣のような疾駆。

 名乗るとおり、まさに虎のごとき駆けようである。

「来る、来よるぞ!!

 門を守る兵士たち。

 一人二人ではない、十人二十人でもない。

 合わせて五十はいよう。

 全員が小銃を持ち、銃剣を構えている。

 しかし、彼らの顔には、あからさまな恐怖が浮かんでいた。

(ここもか……しょうもない!)

 虎徹は心中で毒づく。

 兵たちは皆、震え上がって動けなくなっている。

 先の虎徹の叫び、アレはただの、自己への気合を入れるためのものではない。

 アレは一種の威圧、気合をもって相手を制する初歩の技。

 獣の咆哮にも似たりとはよく言ったものだ。

 野生の獣の行動に、無駄はない。全てに意味がある。

 獣の咆哮は、相手に本能で理解させる。

「お前らはもう逃げられん」「お前らの抵抗は無意味だ」「お前らよりも俺のほうが遥かに強い」──それを相手に叩きつけ、小動物なら一瞬で、生きることをあきらめさせる、逃げることすら考えなくさせる。

 いわば今、虎徹の前にいる兵士たちは、小動物である。

 虎徹が虎とするならば、良くて子うさぎ、悪ければ子ネズミだ。

(せめて鹿ほどでも気組みがあればのう)

 ならばせめて、「尻をからげて逃げ出す」という選択もできたであろう。

「キェエエエエ!!

 虎徹が持つは大ぶりの刀。

 ひと目見て業物とわかるが、それでも、近接されねば斬られはしない。

 銃を持っている者なら、問答無用で撃てばいい。

 そんな子供でもわかるほどの道理も、目の前の兵士たちはもっていなかった。

「チェエエッ!!

 恐怖で動けぬ兵士たち、一気に距離を詰められ、容赦なく斬り殺される。

 一刀、一刀である。

 一刀のもとに、脳天から股ぐらまでを切り裂かれ、二つに分かれる。

「ひやあああっ!?

 斬られた兵士の隣にいた別の兵士が、女子供でもここまでではなかろうという、みっともない悲鳴を上げる。

 浴びせられた仲間の血にすらうろたえ、錯乱し、その場で腰を抜かす。

「阿呆が!」

 切ってくださいと言わんばかりの腰抜け兵士の素っ首をね飛ばす。

 さらに返す刀で、その後ろにいる兵士も。

 戻してその隣の兵士の胸を突き刺し、蹴り飛ばすと同時に刃を引き抜く。

「撃て、殺せ!」

「ばか、当たる!」

「風銘係あやかし奇譚」を読んでいる人はこの作品も読んでいます