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信長の弟 織田信行として生きて候

ツマビラカズジ



 かつかつと鳴る音。

 それに合わせて、俺の体が上下していた。

 口から吐く息は瞬く間に白く彩られ、気温の低さを察せられた。

 次に、俺が目にしたのは葦毛のたてがみ。白い毛に覆われた馬の首が上に下にと縦に揺れ、軽快なリズムを取っていた。

(……あれ?)

 いつの間にか、俺は馬に乗せられたらしい。それも競馬場などで見られるサラブレッド、それよりも小柄な馬に。

 体の大きさに比べ大きな耳。それがクルクルとせわしなく動いている。

 どうやらこの馬は不安を感じているようだ。

 ……いや、そもそもだ。これは現実ではない。俺は夢を見ているのだ。

 それも不思議な夢を、まるで現実のような夢を。手綱を持つ手が寒さの為だろう、かじかむのを感じる程リアルな夢を。

 加えて、木の葉や湿った土の香り、馬から漂う獣臭。現実の生活では決して嗅ぐ事の無い、強い匂いがしていた。

 俺はつい先ほどまでオフィスに一人残り、あるはずのない仕事をしていた。あさましくも残業代を稼ぐ為に。

 つまり、空残業をしていた訳なのだ。先週末の負けを取り戻す為に。

 広いオフィスに一人でいる所為か、うっかり居眠りでもしてしまったのだろう。都心に建つ高層オフィスビル、その広大なワンフロアを占有するオープンオフィスに一人で残り空残業……からの居眠り。

 光熱費に人件費、割増残業代……自分で言うのも何だが、酷い話だ。

 ……それにしても、重ね重ね不思議な夢だ。こんなにもリアルな夢を、俺は未だかつて見た事がなかった。

 俺はふと、周囲にも目を向けてみた。このリアルな夢の不思議な景色を、もう少し堪能したいと思えたからだ。

 まず目にしたのは、俺の乗る馬が歩む道。六メートルはありそうな、幅の広い道だった。

 しかも、行けども行けども幅を一定に保っていた。

 道端には、松や柳の木々が等しい間隔なのだろう、整然と植えられている。所謂、街路樹だな。つまり、この道は明らかに人の手が入った道だという事だ。

 街路樹の先に目を向けると、そこには乾いた田んぼが広がっていた。稲刈りをしてから随分と経つのだろう、刈り取った場所から青い穂がツンツンと伸びている。

(……ん?)

 刹那、俺は意外な光景を目にした。

 白く大きな鳥が一羽、田んぼの土を長いくちばしで突いていたのだ。

 首と尾は黒く、頭頂部は赤い、一見すると忘れられないであろう特徴を持った鳥。

 それは日本を象徴する鳥と知られる、

「つ、鶴!?

 であった。

 ゆえに俺は、

(いや、まさか、そんな!? 俺の住む本州で見られる訳が……)

 一瞬戸惑った。

 それを敏感に感じ取ったのだろう、俺を乗せている馬がその場で足を止める。

 すると、馬が駆ける音と共に、男の声が俺の背に当たった。

「……様、如何なされましたか?」

 それも、優しくも気遣わしげな声が。

 俺は声のした方に目を向けた。

 直後、男の姿を目にした俺は驚愕した。

(ちょっ、ちょんまげ!? それにかたぎぬはかま!? しかも、帯刀してる!)

 俗に言う、侍姿であったからだ。

(まっ、まさか!)

 俺は慌てて自身の体を検めた。

 刹那、俺は知った。俺も男と大差無い、姿格好をしている事を。

(う、嘘だろ……。……ま、まて。まてまてまてー! これは夢だ! そう! 間違いなく夢だ! ゆ、ゆ、夢だとして、これが百歩譲って凄くリアルな夢だとして! 何、このちょんまげのリアルな触り心地!? 何、この腰にいた刀の重量感!? 何、この寒くて重い衣服!? そもそも俺、こんな侍装束、テレビでしか見た事無いぞ!? 手に触れた事も無い服やら刀を、夢の中で精巧に再現出来るってどういう事!?

 俺は混乱し始めていた。

のぶゆき様?」

「信行様!?

 異変を感じたのか、幾人もの侍が集まってくる。

 それがますます、俺の混乱に拍車を掛けた。

(さ、侍の夢!? な、何で!? 何でよりによって侍の夢? しかも俺、侍集団の先頭を馬に乗って進み、他の侍からは〝様〟付けで名前を呼ばれてるよ!? つーか、誰が〝のぶゆき〟だよ!? 俺はやまろう、三十二歳! 未婚で万年平社員の、会社一の穀潰しと陰口叩かれてる男だよ! ちょっ、や、優男の侍が更に近くに来た!? ゆ、夢でも怖いよ! そ、それ以上近づかないでー!)

 俺は自分の顔から血の気が失われていくのを感じた。唇が乾ききり、歯の根が合わないのも感じた。喉の奥から苦い物が込み上げてきた。

 俺はそれを苦労して飲み込み、次に意を決して、一番近くにまで寄って来ているほっそりとした、加えて優しい眼差しを向けてくる若侍に、

「の、のぶゆき……だと?」

 一番気になる、俺の呼び名を尋ねてみた。

 すると、直前まで気遣わしげな顔をしていた男が、さっと顔色を変えた。

「も、申し訳ございませぬ! 弾正忠だんじょうのじょうたつなり様!」

(ん? 〝たつなり〟? さっきは〝のぶゆき〟って言ってなかった? って言うか、織田弾正忠ってのぶながの父親の名乗りじゃないか? ん? 織田……信長。織田……のぶゆき? 信行? 織田信行! …………あれれ?)

 直後、俺の脳裏にとあるゲームが蘇った。

 それは織田信長を操り、天下統一を目指す、日本の戦国時代をテーマとした歴史シミュレーションゲーム。尾張きよ城を拠点としてスタートするものであった。

 その最初の回避不可能イベントが「信長様! 信行様に謀反の企みあり!」。家臣しばかついえにより、実弟信行の反乱が告げられるのだ。

 続いて、二つの選択肢が提示される。それは〝謀略〟と〝討伐〟。

 謀略を選んだ場合、柴田勝家が織田信行に対して「信長様、重い病にて明日をも知れぬ命」と囁き、母であるぜんへも「後生だ。不憫な息子の最後の願い。信行を見舞いに出して欲しい」と手紙をしたため、清洲城に誘い出して暗殺する。

 討伐を選んだ場合、血みどろの、それも数年に及ぶ内戦に突入し、結果、尾張織田家はほぼ確実にいまがわよしもとによって滅ぼされるのであった。

(その織田信行が俺? 統率三四、武勇三二、知略六七、政治五九が俺? 信長は統率一〇〇、武勇八九、知略九四、政治九七なのに? 嘘だろ!? 俺、二十二歳で実の兄に暗殺される、あの信行なのか!? 何てこった! ゆ、夢なら早く醒めてくれ!! ……そ、そうだ! 俺が織田信行だと言うならば、兄である織田信長に媚びへつらい、従順に付き従えばいいじゃないか!? 信長は親族には優しかったらしいからな! そうと決まれば話は簡単! 夢から覚めるまでは織田信長の一族として、天下統一をほぼ成し遂げた覇王の弟として、戦国ライフを満喫するぜ!)

 しかし、現実は非情だった。

 いや、これは夢なのだから、この〝夢〟が非情なのか……

 優男の一言が、俺を奈落の底に突き落としたのだ。

「信行様、いえ織田弾正忠達成様。清洲に急ぎ参りましょうぞ。信長様がまかった後に着いてしまっては、外聞も悪くなりましょうから」

「はぁ? な、な、何? い、今、今何て言った? わ、悪い。も、も、も、もう一回言って! いや、事の経緯も含めて詳しく!」

「はっ! 信長様が家臣、かわじりひでたか殿が居城であるすえもり城に遣わされ、信長様が気の病の後、卒中にて倒れられたとの事。のぶゆ、いえ織田弾正……」

「信行でいいって!」

「はっ! 信行様は柴田勝家殿を清洲に遣わし、真偽の確認を命じられました!」

(こ、この流れはもしや……)

「そ、それで!?

「はっ、確かに信長様は卒中にて倒れられたとの事。柴田勝家殿より、信長様は口にする言葉にも困るご様子であった、と聞いておりまする!」

(あ、だ、駄目だ……)

「柴田勝家殿は清洲城に信長様を見舞いに行かれるようにと度々進言され、また、土田御前様も同じく。お二方様の言葉を入れ、信行様は清洲城に向かわれる事をお決めになりました。今は末森城と清洲城の間にある城を経て、信長様のもとに向かう途上にございまする」

(俺、殺されるんだ……。夢の中でも死ぬ時は痛いのかな?)

 そう考えた直後、俺の意識は途切れた。

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