賢者の弟子を名乗る賢者
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ああそうだった。ログアウト前に寝てしまったんだと、完徹して朝食コールのあとに眠ってしまった事を思い出し、鑑は眉間を指で抓みながら天を仰ぐ。
何時間寝ていたのかは把握出来なかった。しかし妹に叩き起こされていないという様子から長い時間でもなさそうだと判断する。
眠気を払拭するように強く目を瞑ってから見開くと、そこは深緑に囲まれた森の真っただ中だった。所々に名も知らぬ花が点在し、揺れる梢の隙間から雄大な山脈が覗く。そしてその山間に、鈍く輝く銀色の塔が垣間見えた。
既に見慣れたゲーム内の光景を前に立ち尽くしたまま、頭に浮かぶ疑問を整理するべく顎に手を当てて物憂げに考え込む。
一つ、『寝落ち』というネットゲームでは有名な言葉がある。ゲーム中に眠ってしまい、アバターがなんの反応も見せなくなるという状態を示す言葉だ。だがVR関連は、寝落ちすると自動でシャットダウンとなり、装置の電源が切れるという設計であり、ゲームの中で目覚めるというのは基本的にはありえない。
だが目に映る山間の塔は、どう見ても『銀の連塔』である。九本ある塔を、それぞれ九賢者が拠点として使っているため見間違えるはずもない。
真っ先に疑ったのは不具合だった。だがこの時、珍しい事もあるのだなという程度で考えるのをやめてしまった。もう一つ、不可解な点があったからだ。どちらかというとこちらの方が重大である。
それは、匂いだった。風が吹く度に、青臭い匂いが鼻先をくすぐり違和感を覚えた。
進歩したVR技術は、触覚をそれなりに再現出来てはいたが、味覚と嗅覚はまだ実用レベルには至っていない。それなのに鼻から息を吸い込めば、脳はハッキリとその香りを認識するのだ。これは不可解であった。
ならば試しとばかりに足元の草を引きちぎり齧ってみれば、口全体に苦味と渋味が広がる。堪らず、多量に分泌された唾液と共に吐き出し、手の甲で口を拭う。味覚は忌々しいほどに舌を刺激し、ご丁寧に唾液まで再現されていた。
草食動物の気が知れないと、いつもより随分と近くに見える草むらに視線を下ろした、その時である。森の奥から唐突に雄叫びと地鳴り、そして金属を打ち合わせる甲高い響きが爆風のように轟いてきた。
それは聞き覚えのある音だ。
ああ、そうだったと、国境付近に現れた魔物の群れの討伐を遂行しにきた事を思い出す。誰かが運悪く遭遇したのか、それとも誰かが今回の係を代わってくれたのか。
二つ目はないなと苦笑しながら走り出した。そのまま森を抜けた先に広がる草原では、見覚えのある国章を誇らしげに掲げた騎士が、子供ほどの背丈で鼻と耳の尖った青い顔の生き物を切り裂いているところであった。だがその直後、鈍く輝くナイフを片手に持った青い顔の生き物が二体三体と集まり、その騎士に襲いかかっていく。そこは、正に戦場であった。
草原は、銀色と青色の二色で埋め尽くされている。鏡のように輝く鎧を身に着け喊声を上げて突撃していく騎士達は、九賢者の所属するアルカイト王国の精鋭、術装騎士団だ。その騎士団が相対する敵は、魔物の定番ゴブリンであった。
その光景を前にして、随分と寝てしまっていたのだなと悟る。自分が余りにも遅かったので、騎士団を派遣したのだなと。
【召喚術:ダークナイト】
術を発動すると、草むらを覆うように昏く光る穴が開き、せり上がってくるように大柄な騎士が現れる。寒気すら感じさせる漆黒のフルアーマーに、黒い炎を思わせるエフェクトが全身から吹き上がり禍々しく揺らいでいる。顔は無く、黒く塗り潰された空間に目のような赤い光が二つだけ浮かんでいるだけだ。
そんな明らかに異質な気配を放つ黒騎士が、騎士団とゴブリンがせめぎ合う戦場の真ん中に突如として現れた。
得体の知れない黒騎士に足を止め、威嚇するようにキーキーと声を上げるゴブリン達。ここでまた違和感が生まれる。
ゴブリンには、このような思考ルーチンなど無かったはずであると。
良く蹴散らしていたゴブリンは常に勇猛果敢に、悪く言えば身の程知らずに突っ込んできては散っていく魔物だったはずである。しかし今目の前にいるゴブリンはどう見ても「恐れ」を感じているかのように騒ぎ立てているのだ。
だが、今気にしても仕方がないと、ダークナイトに掃討命令を下す。
するとその場は一瞬で殺戮の地獄と化した。黒い大剣が風を切り、暴風を巻き起こす。ぞんざいに振り下ろされる度に五、六匹のゴブリンが断末魔と共に四方に飛び散り、肉塊と成り果てる。
次第に威嚇するゴブリンの声は、絶望に染まった悲鳴へと変わっていく。その地獄より逃れようと走り出すが、掃討を命じたダークナイトに慈悲は微塵も無かった。
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