どうやら私の身体は完全無敵のようですね

ちゃつふさ

第一章 幼少編 (3)

さらに、木箱の中に入っていた内容物が外に出され、私に降りかかってくるがそれも、私の体に当たると柔らかい物は粉々になり、硬い金属製のものはベコッとひしゃげて跳ね返っていく。

(何? どうなってるの?)

 私はその光景を信じられないといった顔で、ただただ眺めることしかできなかった。だって、痛くないから……。

 あれだけの物が私にぶつかって粉砕されていくのに、私にはじんも痛みが伝わってこない。

まるで、綿毛が私に触れてくるようなそんな感覚だった。

 気づけば、私の目の前には粉々になった木箱や中に入っていた物が散乱しており、私の後ろには何一つ落ちていないという、まさに私が壁になりましたと言わんがごとくの状況が出来上がってしまっていた。

 そして、勢いを失い惰性で緩やかに落ちてきた最後の木箱が見事綺麗に私の差し出していた手にポトッと着地し、私は無意識にそれをそのまましっかり持ち上げてしまった。片手で……。



03 ガン泣きです


 その光景はどう見ても異常だった。

 落ちてくる木箱と中身を跳ね返し、自分を包み込むような大きさの木箱を片手で軽々と持ち上げて突っ立っている少女。

(どういうことなの? 誰か説明して?)

「お、お嬢様……」

 何が起こったのか頭が処理できず、木箱を持ったまま思考停止していた私はテュッテの声で我に返った。

「あっ、これは、えっと」

 私は慌てて持っていた木箱を向こうにぶん投げて、焦りながらもテュッテのほうを振り返り、そして、絶句した。

 私が振り返った瞬間、彼女は一歩下がったのだ。そこに恐怖の表情を刻んで……。


 恐怖。

 これが、他人の拒絶。


 前世では私の境遇に同情し、哀れみや悲しみの表情を向けられたことは何度もあった。だが、決して私と接した人間が私を拒絶したことはなかった。そもそもそんな人間がわざわざ私の病室にまで来ないだろう。今世でもそうだ、今まで私が接してきたのは皆、私を大事にしてくれる家族と使用人達だけだ。

 だから、テュッテが私に向けた今まで見たことのないこの引きつった顔が、私の心臓を握りつぶすように締め付けてくる。

「あの、えっと……」

(何か言わなくちゃ、言い訳しなくちゃ。でも、私だってまさか、あんな重い物を持ち上げられるなんて思いもしなかったもの)

 思考がグチャグチャでうまくまとまらない。

 そうこうしているうちに音を聞きつけた使用人達が納屋へと押し掛けてきて、状況を把握したのか、私に怪我がないか確認し、部屋まで連れて行こうとする。

 私は、大人達に囲まれ、無抵抗のまま部屋へと連れられて行ってしまった。考えることを放棄してしまったのだ。


 あれから数時間が経ち、皆が寝静まった深夜。

 私は部屋の中で一人、ベッドに座ってほうけていた。あれから一歩も外に出ず、引き籠もっている。

 今は誰にも会いたくなかった。特にテュッテには……。

 またあの表情を見せられるかもしれないという恐怖が、私を臆病にさせている。

(私のこと化け物だと思ったよね、絶対嫌われたよ……拒絶されるのがこんなに怖いなんて思いもしなかった)

 天井を眺めながら自虐的に笑ってみせる。

 と、その時、ドアをノックする音がした。

「あの……お嬢様……」

 ドアの向こうからテュッテの声が聞こえてきて、私の心はギュウッと握りつぶされたかのように苦しくなる。

「は、入ってこないで! 一人にしてちょうだいッ!」

 私は慌ててベッドから離れると、ドアの鍵を掛けてしまう。

 自分が何をしているのか理解できる。でも止められない。それ以外に何も考えられない幼い自分がそこにいたのだ。

「……お嬢様の……お怒りは、ごもっともです……」

(え? 怒り?)

 思いもしなかったテュッテの言葉に、私はドアの前で耳を澄ましてしまう。

「私が、あの場合、お嬢様を危険からその身をもってお守りしなくてはいけなかったのに……私は、怖くて、一歩も動けませんでした」

(何を言ってるの? あそこで私をかばったらテュッテが大怪我してしまうでしょ?)

 未だ一般人の思考が拭えない私は、自分が貴族であり、彼女は平民、しかも雇われている身だという絶対的差に気づいていなかった。

「私はッ!」

 声が一度大きくなるテュッテ。

「……私は、お嬢様がお生まれになって、そして、旦那様からこの子の面倒をみるのがお前の役目だと言われたとき、初めて、自分の生きる意味が見えた気がしました。以来、三年……私はお嬢様の役に立つため、いろいろと勉強してきたつもりです……」

 声がどんどん小さくなっていく。

「なのに……肝心なときに足がすくんで……いえッ、自分が可愛くて一歩を踏み出せなかったんです……」

 一時の静寂が二人を支配した。

「お嬢様……このような事を言うのはおこがましいかもしれませんが、どうか、どうか、今一度のチャンスを。私を……お嬢様のお側にいさせてください……お願いいたしま……す」

 最後の方がくぐもっていた。涙をこらえていたのかもしれない。

(私はバカだ。自分のことしか考えていなかった。前世もそうだったが自分が生きることに精一杯で、他人のことを考えていなかった)

 彼女も不安だったのだ。


 あれは、何もできなかった自分に対しての悔いと、私に幻滅されその役目を奪われるのではないかという恐怖からのものだったのだろう。

「お嬢様……どうか……おそばに……」

 今までの恐怖と想いがごちゃまぜになって決壊したのか、テュッテの声が涙でくぐもる。

 三年だ。

 三年もの間、彼女は「私のためだけに」その身を高めてきたのだ。

(今思えば、彼女は私を怖がった? じゃあ、なんで彼女は部屋に来たの? 今、こうして拒絶したのは自分じゃない! 拒絶を怖がって自分が拒絶したんじゃない)

 そう思うと自分の今までの行動が悔しくなってくる。自分の心の何と小さいことか。知らず知らずに涙がこみ上げてきた。

「ごめんね、テュッテ……ごめんね……怖がらせて、ごめんねぇ……」

 気がつくと私は、ドアを開け、目の前にたたずむ少女に対して涙ぐみながら謝っていた。

 下を向き必死に耐えていた彼女は私のどうしようもなく情けない姿を見て、困惑してしまう。


 その夜、自分の部屋の前で「ごめんね」を繰り返し、ビービーと泣く私の声が屋敷中にだまして、大人達を困惑させていった。


 余談ではあるが、私がやらかした木箱粉砕持ち上げ事件はというと……。

「ああ、あれですか。旦那様は五歳で自分より大きな岩を持ち上げたという逸話を聞かされていましたので、さすがその娘ですねと驚きはしましたけど、それが何か?」

 と、笑顔でテュッテに言われました。どうやら、テュッテは一部始終は見ていなかったらしく、最後の木箱を持っていた私だけしか印象にないようだ。あの粉砕されたその他の惨状は私の前に落ちて勝手に壊れたと思っているらしい。まぁ、確かに、綺麗に私の前にだけ散乱していたからね。それにしても、五歳でって……すごいぞ、マイファザー。

(うん、これは遺伝なのだろうか? いや、どうなんだろう? ……だって私、全然鍛えてないよ?)

 私のこの力が何なのか、それが判明するのはもうちょっと後の事になりそうです。


04 困りました


 あの出来事を経て、私はテュッテとの絆を深めていった。

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