ゼノスフィード・オンライン

光喜

プロローグ (3)

《XFO》にはゼノス人の営みがある。親しい人が亡くなれば葬式でいたむ。良質な鉱石を持ち込めば鍛冶屋は泣いて喜ぶ。盗賊を討伐すれば騎士から褒め称えられる。スラムの子供は今を生き抜くために必死だし、王は国を栄えさせるために苦渋の決断を下す。

《XFO》がゲームの世界だというのは嘘で。

 異世界に《ログイン》しているのではないのか。

 そう語るプレイヤーだっている。

 だが、剣士は言いきった。

「…………当たり前だろう。NPCは人じゃない」

 ああ、お前はそう言うだろうな。だから、言いたくなかったんだ。

 言い訳を言い訳と理解した上で舌にのせるのは苦い。

 プレイヤーが《ログアウト》すれば、危険なプログラムだという理由で、《XFO》のデータは抹消されるだろう。デスゲームをクリアするということは、ゼノス人を絶滅させるということと同義だ。剣士がここを訪れた時点で理解し合えないことは分かっていたのだ。

 人が作ったモノなのだから、人が壊すのも勝手だろう。

 剣士が言っているのはそういうことだ。

 間違った意見だとは思わない。

 だが、それもNPCを作ったのが人だとしたら、だ。

 ここまでリアルな人工知能をゲーム会社が開発できたというのは不自然だ。研究機関も人工知能の開発を行っているが、ゼノス人に遥か劣る出来栄えである。サードアームズ社が人工知能の技術を開示したという話も聞かない。《XFO》を運営するより遥かに儲かるに違いないにもかかわらずだ。かくいう俺も妹と出会うまでは、頭のいいNPCだなと思考停止していた。思考を操作されているかのように不自然さに気付かなかった。

 何よりもスニヤが断言していた。

 NPCには魂が存在する、と。

 魂はプログラムできない。

 NPCがどのように生まれたのか。

 それを知るのはサードアームズ社のみ。

「……先などありはしな……というのに……」

 信じられないとばかりに首を振る剣士に、俺は「分かっているさ」と嘆息する。

《XFO》では五体満足に振る舞えていても、地球では本体が寝たきりになっている。

 家庭では生命維持もままならない。恐らく本体は病院に収容されている。

 入院費用もただではないだろう。サーバーの維持費だってある。

 デスゲームは莫大な金をつぎ込んで、ようやく維持されているのである。今は人命を優先させているようだが、金銭的な余裕がなくなってくれば、一か八かでサーバーの停止を試みるはずだ。サーバーが停止されれば、プレイヤーに待つのは死だろう。人質が逃げ出せる穴をスニヤが潰していないとは思えない。

 いずれデスゲームは終わり、俺は死ぬことになるだろう。

 先などありはしない。

 その通りだ。重々承知している。

 生きたいのであればデスゲームをクリアすればいい。俺にはそれを可能とするだけの力がある。

 だが、生にしがみ付いたとして何が残るというのか。何も残りはしない。

 死んだように生きるのは俺のきょうが許さない。

 終わりが定められているのだとしても、俺は最後の瞬間まで俺で在りたい。

「回復薬。飲まねぇのか」

 剣士は酷く《出血》している。徐々に《生命力》が減る状態異常だ。遠からず剣士は死ぬだろう。

 いや、回復薬を飲もうとしたらもちろん殺すのだが。剣士もレベル200のカンストプレイヤー。一度勝ったからといってまた勝てるとは限らない。俺の警戒に剣士も気付いているだろうが……試す素振りを微塵も見せないのが不気味だった。手をこまねいていたら待っているのは確実な死である。

「……ははは、構わない……僕は君とは違う……礎になれれば本望さ」

「……それはどういう──」

 俺が言いかけた瞬間、半透明の窓が開いた。

 メニューインターフェース、《ウィンドウ》だ。

 何かを読むように剣士の目が左右に泳ぐ。《ウィンドウ》の内容を確認しているのだろう。他人の《ウィンドウ》は見えないのだ。一体、何が書かれているというのか。

 剣士はにやりと笑う。

「……僕らの勝ちだ」

 剣士はひれ伏し、俺は見下ろしている。分かりやすい敗者と勝者の構図。

 だが、剣士の勝利宣言で立場が逆転したかのような錯覚に陥る。

 ぞわっ、と背筋に冷たいものが走る。俺は致命的な何かを見落としている。俺の意思を無視して《ウィンドウ》が出現。これが意味することは一つ。システムメッセージ。デスゲーム開始のアナウンス以降、沈黙していたシステムメッセージ。

 恐る恐る《ウィンドウ》に目を通す。


 堕神スニヤが討伐されました。チャプター5《世界の理》がクリアされました。


「…………おいおい……冗談キツいぜ……」

 まいがした。顔を手で覆う。動悸が激しい。指の隙間から覗く。文字が浮いている。だが、読めない。頭が理解を拒む。目を閉じて深呼吸。覚悟を決め、目を開く。

《ウィンドウ》は変わらず、スニヤの討伐を告げていた。それどころか、プレイヤーに《ログアウト》を促している。

「…………グレーアウトしてた《ログアウト》が押せるようになってる……」

 ……何があった? あり得ない。

 俺が今いるのはセイフティーエリアと呼ばれる場所だ。

 ボスの手前に存在する魔物の出ないエリアで、本来は休憩に用いられる安全な場所だ。

 だが、現在はダンジョンのどこよりも危険な場所となっている。

 俺が待ち受けているからだ。

 プレイヤーがスニヤに挑んだのなら、俺が把握していなければおかしいのだ。

 ……俺がいない隙にセイフティーエリアを抜けた?

 妹と一緒にいるのが俺の望みである。離れて暮らすのでは本末転倒だ。普段は妹と一緒に森の中で暮らしている。だから、プレイヤーがダンジョンを訪れると、スニヤから連絡が入るようになっている。急いで駆け付けたのだが……間に合わなかったのか?

 ……いや、それはないだろう。ダンジョンを攻略するのは一日がかり。ダンジョンを一階から踏破しなければならないプレイヤーと違い、スニヤの助力がある俺は直接セイフティーエリアに出入りできる。間に合わなかったというのは考えづらい。そもそもクリアされたのはたった今だ。確実に俺とすれ違っているはずなのだ。

 だが、どうやって?

 剣士のパーティーは俺が全滅させた。

 他にプレイヤーは……………………いた。いたな。

 一週間前、ダンジョンに入った狂戦士のレイドパーティーがいた。レイドパーティーとは二十四名からなるプレイヤーのパーティーのことである。ボスエリアに入れるのは二十四名までとなっているため、ボスに挑むのはレイドパーティーでというのが通例なのだ。

 いつまで経ってもやってこないのであのパーティーは全滅したのだと思っていた。このダンジョンはカンストプレイヤーのパーティーですら、気を抜けば一気に全滅する難易度なのである。

 ……あのパーティーが生きていたとしたら。

 剣士のパーティーは開幕から、派手な魔法を多用していた。あれは目くらまし。狂戦士のパーティーをボスエリアに送り込むことが目的だったのだ。

 ……してやられた。

「…………」

 呆然とすること暫し、我に返り剣士を睨む。しかし、剣士は何も言おうとしない。

「……馬鹿が。自分が死んだら意味ねぇだろ」

 剣士は俺を出し抜いた相手である。だが、不思議と憎しみは覚えなかった。剣士が笑みを浮かべ、事切れていたからだ。身体が残っているということは、《ログアウト》は間に合わなかったのだろう。しかし、剣士の笑顔には一片の曇りもなかった。

 紛れもなく勇者だった。剣士のまぶたを手で閉ざす。

「……スニヤ。悪いな」

 踵を返す。

 デスゲームと化し二年。一緒に戦ってきた戦友だ。

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