ゼノスフィード・オンライン

光喜

プロローグ (2)

 笑うと物凄く可愛いし、頭だって俺よりも上等だ。

 卑屈なのが玉にきずだったが、わずか一ヶ月で「兄さんは私がいないと何もできないんだね」と言えるまでに自尊心を回復した。ダメ人間を演じた甲斐があったものである。

 妹は口うるさいが、俺の世話をするのが嬉しくて仕方がない様子。

 そういう時は褒める。

 褒め殺す。

 尖った耳が赤くなるのが可愛い。

 妹はエルフ──NPCだった。

 だから、彼女を守るということは。

 世界の敵になるということだった。


    ▼


 またかよ。

 残った拳闘士を見て胸中で独りごちる。

 なぜか毎回最後まで残るのは拳闘士なのだ。

 拳闘士は自前で強化バフも回復もこなすバランスのいいクラスだけどな。死ににくさで言えば守りに特化した騎士クラスの方が上だ。こうも拳闘士ばかり残るというのは、クラスの特性以外の何かが関係している気がする。

《XFO》では職業であるクラスが勝手に決まる。

 適性を見ているという話だが、それは本当のことなのかも知れない。

 最後まで諦めない心を持つ者が、拳闘士になるのではないだろうか。

 そんなことを考えつつ、拳闘士の横手に踏み込む。視界の端に拳闘士の光る拳が映る。

 やはりショットガン──《さんしょう》か。

 拳を雨あられと降らせるアーツだ。要は高速のジャブの連打である。

 アーツとは得意武器を使用したスキルのことだ。アーツを使用しなくても似た芸当はできる。だが、アーツの真価は攻撃に補正がかかることにある。

 例えば同じく拳闘士のアーツ、《ほうけん》は単なる中段突きである。

 しかし、モーションは同じでも、《崩拳》と中段突きとではダメージに雲泥の差が出る。《崩拳》は攻撃力に補正がかかるためだ。《散打掌》の場合は速度に補正がかかる。結果、《散打掌》は弾幕のような連撃と化す。ショットガンの異名はここからきている。

 人がショットガンの攻撃を避けるのは難しい。

 しかし、アーツには発動の際に光るエフェクトがあった。予兆があるのだ。勿論、発動するアーツを特定することはできない。だが、俺は拳闘士の攻撃をことごとく回避していた。当てにくると思っていた。だから、《散打掌》だと読めた。

《散打掌》の弱点はショットガンと同じ。

 発射口は一つなのだ。

 懐に潜り込めば面は点として処理できる。

 恐怖で引きった拳闘士の顔が間近にあった。

 そう怯えるなよ。

 すぐ終わらせてやるさ。

 最後の一人だ。全力でいける。

 俺は右手で柄を握り、左手で鞘を押さえる。抜刀術の構え。

「《ぜつ》」

 明後日の方向へ刀を抜く。振り切るには拳闘士に接近しすぎていた。

 鞘走り、刀身が露わになる。艶のある漆黒の刀身だ。人を魅了する妖しい艶である。だが、刀身が顔を出したのは僅かな間だけ。引き抜かれた端から淡い光を残して消えていく。

 虚空を渡った刀身が拳闘士の前に現出。拳闘士の胸を深々と斬り裂く。俺はすかさず前方に身を投げる。飛び散る血潮を背中で受けるようにして。無茶な踏み切りだったが、アーツの補正は姿勢制御にも及ぶ。問題なく一回転できた。今度は遠心力の乗った斬撃を拳闘士に叩き込む。隙は大きいが威力の高いアーツ、《バニッシュメント》。

「…………ぐゥッ」

 拳闘士は腕をクロスさせ、斬撃を受け止める。ここが地球なら腕は落ちていただろう。だが、この世界ではステータスが物を言う。肉を抉っただけで、骨を断つには至らない。

 上体が泳いだ拳闘士を蹴り飛ばす。拳闘士がゴロゴロと転がっていく。

 俺は蹴りの反動で地面に着地。高速移動のスキル、《しゅんどう》を発動。拳闘士の背後に回り込むと、その背中に掌底──《おうしょう》を放つ。俺の腕がつっかえ棒となり、拳闘士が屹立する。かは、と拳闘士が吐血した。血は舞い散る桜のようだった。

 綺麗な名前とは裏腹なえげつないアーツだ。吐血させることまでがセットなのである。バックアタックでしか発動できないので、滅多に使えるアーツではないのだが。

「…………」

「…………」

 俺は掌底の体勢のまま佇む。

 拳を引けば拳闘士は倒れるだろう。

 拳闘士が何かを言いたそうにしていた。

「…………この……裏切り者が……」

「ああ、言われ慣れてるよ」

「……………………人殺し」

「残念だな。それもだ」

 拳闘士が俺の胸倉を掴む。振り払うまでもない。

 やがて力尽きた拳闘士は崩れ落ち、無数に転がる死体の仲間入りを果たす。

 二十人はいる。全員俺が殺した。プレイヤー。かつての同胞だ。

 拳闘士に返した言葉は嘘ではない。一体、何度ざん血河を築いたことか。裏切り者。人殺し。言われ慣れている。デスゲームが始まり、俺達の道は分かたれた。互いの道が交わった時、争いは避けられなかった。それだけだ。後悔はない。だが、思うことはある。

 だから、呪いの言葉だと知りつつ、俺は拳闘士に言わせるままに──

「…………なぜ……だ?」

「ん? ああ、驚いたな。生きてたのか」

 掠れる声を発したのは白銀の外套を羽織る剣士だった。地面に倒れ伏し、顔だけ上げている。中性的な顔立ちは美しく……なんていうか、主人公ヅラだな。

 なら、俺は悪の手先になるのかね。まー、実際、そういう立ち位置だが。

「…………君は……強い。たった一人で……レイドパーティーが……壊滅だ……なぜだ。なぜその力を……人のために使わない。デスゲームを終わらせるために」

「答えは出てるじゃねぇか。デスゲームを続けるためだろ」

 剣士がギリと歯噛みする。

「……みんなの言うように……血に飢えた獣だったか……」

「…………」

 俺は渋面になる。

 血に飢えた獣。PKプレイヤーキラーの蔑称だ。

 地球では平凡な学生も《XFO》では圧倒的な強者になれる。地球への帰還を拒むプレイヤーが出てくるのは当然の流れ。大勢はクリアに手を貸さないという消極的な敵対。しかし、一部の跳ね返りは力を失うことを恐れプレイヤーを狩り出した。

 それがPKだ。

 デスゲームなのだ。殺せば本当に死ぬ。PKは殺人犯である。

 地球に戻れば処罰されるのは間違いない。

 クリアを目指すプレイヤー。それを阻止せんとするPK。彼らの戦いは熾烈を極めた。

 血で血を洗う抗争が人を狂わせたのか。いつしかPKの手段と目的が入れ替わっていた。

 PKは血に飢えた獣になった。ゼノス人まで襲うようになったのだ。

 しかし俺が手にかけるのはクリアを目指すプレイヤーだけ。

 あいつらと一緒くたにされるのは業腹である。

「……不服そう……だね。言い訳が……あるなら……聞かせて……れ……」

 上から目線の問いかけに俺は肩を竦める。

 言い訳ね。

 そうだろう。

 全部、言い訳だ。

 剣士は確固たる信念を持っている。俺が何を語っても言い訳になる。

 気が進まない。

 だが、剣士は冥土の土産として言い訳をご所望らしい。

 溜息を吐く。口を開いた。

「俺は。家族と一緒にいるために、この世界を守りたいだけだ」

「……家族? 《ログアウト》すれば…………まさか、NPCなのか?」

「…………」

「……プレイヤーを……同胞を殺してまで……することかい?」

「善悪を語るのは無意味だろ。この世界をデスゲームにした張本人のスニヤな。話してみりゃいいやつだったぜ。お前らは自分の目的のためにスニヤを殺そうとしてる。俺は俺で自分の目的のためにプレイヤーを殺してる。そこに一体、どういう違いがあるって言うんだ」

「…………馬鹿な。NPCは……作られた……存在だ。プレイヤーと……同列には語れない」

「本当にそう思うのか?」

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