せっかくチートを貰って異世界に転移したんだから、好きなように生きてみたい

ムンムン

プロローグ (1)

プロローグ


 俺の名はトウロウ、地元の建設会社で働く三十歳だ。

 ようやっと現場監督として独り立ち出来るようになり、今は鉄骨三階建ての事務所を建設している。

(やっぱ、形が見えて来るといいよなあ)

 俺はプレハブから外を見やり、一人頷く。

 外壁の取り付け作業が終わり足場がバラされた建物は、一見、完成したようにも見えた。

(中は、まだまだこれからだけどな)

 内部は今、内壁下地や配線配管作業の真っ最中。これからが本番とも言える。

 そして昼休み。

 飯を食うため職人達がゾロゾロと出て来る。それと入れ違うように、俺は三階へと向かう。

 工事写真を撮影するためだ。

 人がいると、どうしても撮影の邪魔になる。それを避けるため、昼時を狙って撮影を行っていた。

(……よし)

 デジカメの画面で、ちゃんと撮れている事を確認する。そして工事黒板を片手に、次の撮影ポイントへと歩き出す。

 床に敷いてある一畳ほどのベニヤ板。何の疑問も感じず足を乗せた時、それは起きた。

「なっ!」

 思わず声が出る。

 ベニヤ板は俺の体重を支える気配をまったく見せず、紙のようにしなり、あっさりと割れた。

 そして俺の体は、ベニヤ板に隠されていた開口部を通り抜け、板の破片と共に階下へと落下して行く。

 ゾッとする浮遊感を感じながら、思い出す。ここには、ダクト用の開口部があった事を。

 ダクト用のため、二階にある開口部も同じ位置。つまり俺の体は、二階の床では止まらない。止まるとすれば一階だ。

 ちなみに二階の開口部は、周囲を柵で囲ってある。

(ベニヤはベニヤでも薄ベニヤかよ! 開口養生に薄ベニヤって、トラップじゃねえか!)

 心の中で叫ぶ。

 そして数瞬後、俺の体はくぐもった音を立てながら、一階床に激しく衝突した。


(……ん?)

 気がつくと、俺は暗い空間に浮かんでいた。

 遠くに大きな光の塊が見え、そちらへとフワフワと漂うように引き寄せられて行く。

(ああ、俺は死んだんだな)

 転落した事を思い出し、悟る。そして心の中に、日焼けした初老の男の顔が浮かんだ。

(社長、すみません。夏期安全推進月間の最終日に、事故起こしてしまって)

 しかも死亡事故だ。

 社長に盆休みはないだろう。いや、うちの会社規模だと、全員休みなしで事故処理をしなければならないかも知れない。

 皆に対する申し訳なさ、自分が死んだ事への悔しさ、自分の間抜けさに対する憤りが次々と湧き上がる。

(ちくしょう、アイツのせいだ)

 そして薄ベニヤを敷いたとおぼしき中年親父の顔を、激しい怒りとともに思い出す。

 中途半端な仕事で、評判の悪い設備屋だ。

 今日ダクト周りでは、あいつらが作業をしていた。

 おそらく昼休みになって場を離れる時、開口部をほったらかしにしたままではまずい、とさすがに思ったのだろう。

 しかし適当な材料を近くで見つけられず、その辺にあった薄ベニヤを敷いたに違いない。

 遠くまで取りに行くのは面倒だ。

 どうせ昼休みの間だけ。

 見た目さえ塞がっていればいい。

 その程度の考えだ。

(あんな薄ベニヤ敷くくらいなら、開けっ放しの方がまだマシだ)

 見た目でわかる。俺も開口部が開いたままだったなら、転落する事はなかったろう。

(まあ、開けっ放しを見つけたら、即激怒したがな)

 そんな事をつらつら考えていると、突然、後方から声が聞こえる。

 声と言っても音ではない。直接心に響く。

『依頼を受けないか?』

 慌てて振り返ると、少し離れたところに本が浮かんでいた。

 でかい。長辺が四メートルくらいある、辞書のような分厚い本だ。しかも本の表紙中央には、これまた大きな、石で出来た人間の顔がついている。

 そしてその目は、俺の方を真っ直ぐに見つめていた。

『……依頼を、受けないか?』

 驚きのあまり反応出来ないでいる俺を見て、石像はもう一度、ゆっくりと繰り返す。

「依頼……ですか?」

 何とか気を落ち着かせ、口を開く。

 おそらく死後の世界なのだ。こんな化け物みたいなのが存在していても、おかしくはない。

 俺の言葉遣いが丁寧なのも当然。こんなやばそうな相手に、初対面でタメ口かますような蛮勇は持ち合わせていない。

 石像は、そうだと頷き、言葉を続ける。

『私の指定した世界に赴き、そこで生きて貰う。これが依頼だ』

 その言葉に、俺は必死に頭を回転させる。

 だが、どうにも意味がわからない。

「すみません、ちょっと状況がよくわからなくて。よければ説明をお願いしたいのですが」

『勿論だ。落ち着いて話を聞いて貰えるのは、こちらとしても助かる』

 その言葉で気がつく。

 死後の世界のようなところで、化け物みたいな石像に声を掛けられたら、パニックに陥っても不思議ではない。

 だが俺は、そこまで混乱せずにいる。

(これは……、工事現場で年上の怖いおっさんとばかり仕事をしていたせいで、知らず肝が据わって来ていたのだろうか?)

 おそらくそうだろう。ちょっとだけ自分に感心した。

『まず、お前は死んだ。これはわかるな?』

 石像は説明を始める。

 俺は頷く。

『そして通常ならば、お前の魂は一ヶ所に集められ、新たな魂として還元される』

 あそこだ、とでも言うように石像の目が一点を指す。俺がさっき見た大きな光の塊だ。

『だがその前にある世界に赴いて、そこで残りの人生を送って貰いたいのだ』

「何のためにですか?」

『その理由を説明するつもりはない』

 それを聞いて俺は呆れる。この説明で依頼を受ける者はいないだろう。

「それでは受けられませんね」

 そう答えた俺への反応は、意外なものだった。

『そうか残念だ。では、さらばだ』

 あっさり引いたのだ。

 そして俺の後方、おそらくまた新たに死者が現れるであろう方向へと動き出す。

 その行動に、俺の方が焦る。

 今の俺には、現在の状況に対する情報がまるでない。依頼を受ける受けないは別にしても、この石像から何かを引き出しておきたいのだ。

 他に話が聞けそうな存在など、見回しても何もない。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!」

『受けるのか?』

「受けませんけど」

『ならば、時間の無駄だ』

 心の中に冷や汗をかく。

 この石像は、俺にまったく執着していない。断られれば次、そんな感じだ。この交渉は対等な立場ではない。相手の方が遥かに上の立場である事を、思い知らされた。

(くそっ! まるで学生時代に受けた、人気バイトの面接みたいじゃねえか)

 あっさり落とされた苦い思い出が、よみがえる。

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