傭兵団の料理番

川井昂

プロローグ ~山岸~ (2)

 朱里が中華麺以外に用意した材料は、油、豚肉、エビ、チンゲン菜、シメジ、シイタケ、ニンジン、ネギ、中華スープ、砂糖、しょう、酒、オイスターソース、片栗粉、ゴマ油だ。

 まず、野菜類と肉を食べやすい大きさに切る。エビは水気を取り、背ワタを取っておく。下ごしらえが終わったら、フライパンで豚肉、野菜類を炒めて取り出し、エビを片栗粉をまぶしてから炒めて肉と野菜を戻す。

 さらに中華スープ、砂糖、醤油、酒、オイスターソースを加えて二分ほど煮る。

 煮えたら、水溶き片栗粉を加えてとろみをつけ、ゴマ油で香りをつける。仕上げにこれを麺にかけたら完成だ。

 このあんかけ焼きそばが大当たりし、その年の文化祭で、朱里のクラスの屋台は大成功に終わった。

 感想として、

「旨いな。特にあんかけが旨い。これだけなんか、飲食店で食ってる気分」

「だよな。麺は焼き方バラバラだけど、あんかけがカバーしてるから十分売り物として食えるレベルだな」

 と、好評だった。

 その年から卒業までの残り二回も、朱里は飲食屋台を任され、これを成功させてきた。

 次の年はたこ焼きとお好み焼きを出し、最後の年はつけ麺でスープを担当するという偉業まで成し遂げ、話題をさらった。

 その三年間、山岸は朱里と共に行動していた。遊ぶのも勉強するのも、試作料理の試食まで一緒にする仲になっていて、親友と言っても過言ではない。

 そして、高校を卒業した日。山岸は朱里と携帯電話で最後の会話となる話をしていた。

「俺たちも卒業になったな」

「うん。山岸くんは地元の会社に就職でしたよね?」

「そのとおり。実家暮らしをしながら資格の勉強をして、金を貯める予定だ」

「お金を貯めたらどうするんです?」

「そこは考えてない。将来のためだよ」

 山岸もいろいろとやらかしている。高校の夏休みに一人で海外旅行に出かけ、音信不通となってしまった事件。結局、始業式の前日に帰国した。

 何をしてたかと聞かれると、本人曰く「ただ外国でギャンブラーをしてた」と返した。未成年でギャンブルをしてはいけないはずだが、山岸の持つ知識やイカサマ技術があまりにも堂に入っていたので、朱里もそれ以上問いただすことができなかったのだろう。

 それを思い出したのか、山岸は苦笑する。きっと電話の向こうの朱里もあきれた顔をしながらも笑っているだろう。

「お前は、東京に行くんだよな」

「はい」

 朱里は地元を離れる。父親からの命令で、東京のありとあらゆる飲食店に弟子入りをするという、苦行と無茶を混ぜた修業を敢行する予定だ。

 正直、これには山岸も寂しい思いが胸に去来する。小学校からの腐れ縁、言わば親友が遠くに、それも日本の首都に引っ越すのだ。しかも、二年も修業に明け暮れる予定である。

 その二年間、山岸が会いに行ったとしても朱里の邪魔にしかならないだろう。親友の修業の邪魔をするほど山岸は空気を読まない男でもないし、ましてや親友の将来に関わることだ。邪魔になることはしたくない。

 つまり二年間、山岸と朱里は会えない。

「まぁ、お前のことだ。どこに行っても変わらずにやっていくだろ」

「ええ。僕は僕ですから。変わるのはちょっと嫌ですね」

 電話越しに朱里の声が響く。

「修業はキツいだろうし、嫌になって逃げ出したくなるかも。でも、しがみついてでも、食らいついてでも、最後までやりきりたいです」

「そっか」

 山岸はそれを聞いて、あんの息を吐いた。

 こいつなら大丈夫だな、と。

 昔からそうだった。朱里は料理以外には興味を示さないというより向かない、一極集中型の人間だ。その分、料理の技術や知識に対して真摯に向き合ってきた。

 あるときはを作りたいとか言って、自分で大豆を買って作ろうとしていた。無論、勉強や知識、経験が乏しい頃だったから最初は酷いものだった。

 雑菌が入って腐るのは当たり前。そもそも大豆の管理を間違えて、もやしになってしまったなんてこともあった。

 しかし、それら全部をノートにまとめて一つ一つ検証を繰り返し、最後には市販のものより旨みのある味噌を作ることに成功した。

 今も昔も、朱里という人間は料理に対して情熱を持ち続けている。

 ならば、都会の空気に染まって腑抜けになることもないだろう。

「じゃあ、俺もそろそろ寝るわ」

「僕も明日には出発だから、寝るね」

「……あのさ」

 電話を切る直前。山岸は一言だけ絞り出そうとした。

 帰ってきたら、一番にお前の飯を食べさせてくれよ。

 だが山岸はその言葉を言わなかった。帰ってきたら、朱里の実家の飲食店に行って、たらふくいただこう。そう思って。

「なんでもない。じゃあ、また二年後な」

「はい」

 そう言って、二人の会話は終わった。


 しかし二年後、山岸が朱里と会うことはなかった。朱里は行方不明となったからだ。

 実家の母親も友達も、山岸も。全員が心配して警察に相談するなどして行方を捜したが、結局見つからなかった。

 その中で父親だけが普通にしていた。

「あいつなら、今もどこかの空の下で鍋を振ってるだろうよ。

 なんせ、俺の息子だからな」

 その顔には、心配の色もなければ見つからないことへの葛藤も、行方をくらました息子への怒りもない。

 ただ、笑顔でそう言ったという。


 これが、地球における東朱里という男の経歴。

 そして、物語の舞台は朱里自身も想像だにしなかった遠く。

 遥か遠くの世界で始まった。

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