傭兵団の料理番

川井昂

プロローグ ~朱里~


プロローグ ~朱里~



 拝啓、父さん、母さん。

 お元気でしょうか。

 あなたたちの息子、あずましゅは元気です。

 突然ですが、僕の現状をお伝えしたいと思います。

 どこかのテントのベッドに寝かされ、八人の男女に囲まれています。

 何を言ってるかわからないと思いますが、事実です。

 しかも、八人全てが美男美女という、僕のようなフツメンには居心地の悪い空間です。

 つまり、現代の日本では、普通は体験できない現場に出くわしているわけです。

 ははは、貴重な体験ですね。

「───おい、何を笑っている」

 そう言って僕に尋ねるのはリーダー格の方で、僕のベッドの傍で気味悪そうに聞いてきました。失礼な人だな、と思いましたが口には出しません。

 だって、この人たち、剣とか槍とか弓とか、ともかく武装しているんですから。

 下手に口答えをしたら首が物理的に飛んでもおかしくありません。むしろ、よく今まで首をねられなかったものだと思っています。

 武装した男女に囲まれる日本人。はは! どんなドッキリ?

「さて、これから質問をする。民間人をむやみに攻撃するのは得策ではないから、今はしない。だが、下手に嘘を吐いたり誤魔化したりする様子を感じたら……わかるな?」

 わかりたくないわ!!

 やむを得ず拷問の類いだなんて、僕でも許すもんかい!

「あ、はい。嘘を言わないことを誓います」

 でも口答えしません。死にたくないもん。

 ああ、どうしてこんなことになってしまったのか……僕は現実逃避しながら、これまでの人生と、どうしてここにいるのかを思い出していました。


 僕の名前は東朱里と言います。

 出身は広島県の片田舎。実家は飲食店を経営しています。

 その影響か、僕も料理が好きです。食べる方もですが、特に調理する方が好きです。

 高校を卒業したら実家の飲食店で働きたい。そんな思いを胸に、小学校三年生の辺りから親に頼み、自分で弁当を作るようになりました。理由は、父さんに将来の希望を言ったところ、こう言われたからです。

「働きたいなら今のうちに包丁や鍋の使い方を学べ。そうだな、まずは自分で弁当を作れるようになることだ。わからないことがあったら父さんや母さんに聞け。基本は教えてやる」

 なので、包丁と鍋の使い方を学んで、修業を始めました。最初の頃はひたすら失敗作を食べ続ける日々です。五キロは痩せました。

 失敗続きで情けなくて、父さんに聞くことができませんでしたが、友達のアドバイスで料理本を買って真似をしました。二キロ太りました。

 すると、段々と凝ってくるのが人の趣味のさがというもの。

 和洋中からフレンチ、簡単な菓子作りまでできるようになり、高校に入学する頃には自炊できるほどに成長しました。

 高校を卒業すれば、このまま父さんの店で働ける。

 そう思っていた時期が、僕にもありました。

「本気で俺の店で働きたい? だったら今から俺の店で下働きな。ひたすら基礎を叩き込んでやる」

 そう言って始まったのは新人へのしごきです。高校入学してから卒業するまで、朝五時に起きて下ごしらえ、帰ったら九時まで皿洗い。見習いにさせる仕事を一から十まで仕込んでくれました。

 そして高校を卒業するとき、父さんは言いました。

「俺の店で働きたいんだよな? だったら、外で修業してこい。東京の知り合いに頼んでバイトにねじ込んでもらった」

「え?」

「あと、お前はいろんな料理を作れるようになれ。そうだな、菓子作りもだ。今まで身につけた和洋中の家庭料理を店に出せるレベルになるまで修業してこい」

 そう言って父さんは僕を東京に送り出しました。すでに部屋の契約から役場への届けまで済まされており、拒否権などありませんでした。

 その日から、地獄が始まりました。

 週休一日。その一日の休み以外はいろんな飲食店で働くことになりました。朝五時に起きて店の鍵を開け、見習い仕事をこなしながら勉強をして、夜の十一時に帰って就寝。聞く人が聞けばブラックが過ぎると言うでしょうが、父にこれが当たり前だと言われ続けて十八年。ようやくブラックじゃないの? と思ったのはその二年後でした。

 しかし、そんな濃密な二年を過ごしたおかげか、僕の料理の腕は同年代でもかなり上になったと自負しています。

 そして二十歳となった今。修業が終わったのでバイトを辞めて帰ることにしました。店の人には惜しまれましたが、僕にも目的があるのでキッパリと辞めさせてもらいました。

 そう、ここまで。ここまでは普通の日常のはずです。ここからがおかしい話です。

 その日、僕は部屋を引き払い実家に帰るため、新幹線に乗ろうとしました。

 その一歩目。新幹線の入り口に足をかけたはずなのに、すり抜けて落ちたのです。

 視界が暗転し、どんどん落下の速度が上がっていく中で気絶。

 結果、今に至るわけです。

 はは、これなんて異世界トリップ?

 ───これが、僕こと東朱里の物語の始まりでした。

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