魔王の後継者 (ブレイブ文庫)

吉野匠

序 章 (2)

「……しかも、古くさい裾の長いスーツなんか着込んでるし。髪は真紅のオールバックときた。どう見ても日本人じゃないよな?」

 涼はまた一つ小石を拾い上げ、手の中で無意識に弄ぶ。

 まあ、想像したよりは人間タイプに見えるのが、唯一の救いか。まだ涼が対処できそうだからだ。

「日本人に見えぬのは、おまえも同じだろう」

 特に警戒するでもなく、相手は大股で近付いてきた。

「黒髪に黒い瞳はこの国の民と共通するが、肌の白さや鼻筋の通った顔立ちは、他の民とは似ておらんな」

「そこで止まれ」

 涼はすげなく命じた。

「自分の間合いに見知らぬ他人が入るのは、あまり好きじゃないんだ」

 自分の言い草に自分で顔をしかめてしまったが、とっさに口から出てしまったのである。

 相手は特に文句も言わずに足を止めたが、腹を立てるどころか、満足そうに唇の端を吊り上げた。

「予が姿を隠しているのを見破ったばかりか、無意識に戦いを想定しているらしいな。どうやらトゥルーミラーは嘘をつかなかったらしい」

「……トゥルーミラー? 鏡なのか、それ。童話に出てくる鏡とか言うなよ?」

「多分、それに近いであろうな」

 相手はあっさりと言い返す。

「だが、その話は後にしよう。天野涼、予はおまえに特別な要請をするために、この世界へ渡ってきた」

「世界を……渡る?」

 ますます顔をしかめる涼を気にも留めず、相手は小さく頷き、続けた。

「そうだ、予はおまえを迎えに来たのだ。我が後継者となり、魔族を治めさせるために。天野涼、予と共に魔族領へ来るがよい!」

 さすがの涼も無言のまま相手を見返した。

 しかし、本人は返事を待っているのか、じっと涼を見つめている。薄い黄金色の瞳で。

 やむなく、涼は自ら促した。

「今、自分の正気を疑ってるところなんだ……悪いが、もう一度頼む」

「予の後継者になれ! 今すぐとは言わない……皆には伏せているが、もうすぐ予の寿命が来る。その後はおまえの天下になるぞ」

 涼は男の顔を見上げた後、眉根を寄せた。

「俺には俺の事情があって、確かに異世界へ行けるのは渡りに船かもしれない。しかし、名前も知らない男の後継者になれと言われてもな。それに、おまえだって俺のことをなにも知らないだろうに」

「予の名はグレイオスという。魔王グレイオス……元のシャンゼリオン世界で、予の名を知らぬ者はいない。そして──」

 ニヤッと精悍せいかんな顔を綻ばせると、グレイオスとやらは、なんと虚空に手をやり、真紅の大剣を掴み出した。

「……予とて、トゥルーミラーの答えを、そのまま鵜呑うのみにする気はない。天野涼、おまえの才能が本物かどうか、それは今、この場で確かめさせてもらうとしよう」

「そういうテストかっ」

 飛び退くようにして間合いを開け、涼は唸った。

「自称魔王のくせに、品行方正でいたいけな少年に対して、自分だけそんな大げさなグレートソードを使う気か!?

 通常の剣より特に大きなものをグレートソードと呼ぶが、涼自身、どうして自分にそんな知識があるのかは、説明できない。

 だが、グレイオスにはちゃんと通じたらしい。

「はははっ。口の減らない男よな! 予を前に、いい度胸だ。どう見ても普通の人間には見えぬし、これは期待が持てそうだぞ」

 ぎらぎらした黄金の目つきで涼を見やり、グレイオスは再び虚空に腕を入れ、今度は刀を抜き出した。真っ黒な刀身の、実に陰気くさい刀を。

「これを使うがよいっ」

 結構な勢いで放り投げられたその刀を、涼は器用にも、ちゃんと柄の部分を握って受け止めた。その場で即、二度三度と振ってみて、重さや刀身の長さなどをとっさに確認していた。

 眺めていたグレイオスが、上機嫌で目を細める。

「予の見間違いでなければ、扱い慣れているように見えるな。本当は、別の世界の人間ではないのか、天野涼」

「だから俺は、一年前から絶賛記憶喪失中だって言ってるだろ! 人の話を──」

「問答無用だっ」

 大喝して、グレイオスが大剣を振り上げた。

「死にたくなければ戦え。予に才能を見せない限り、おまえはここで確実に死ぬぞっ」

 怒濤どとうの勢いで駆け出したグレイオスを見て、涼は負けじと叫んだ。

「ああ、そうかよっ。あんたこそ、葬式会場でも予約してから来るんだったな!」

 涼は、逃げるどころか、腰を落とした低い姿勢から一気に敵の間合いに突っ込んでいく。それこそ、一陣の風のごとき速度で。

「なにっ!?

 豪風のごとき風切り音と共に振り下ろされた大剣は、涼の肩口を掠ったに留まった。

 剣の軌跡を先読みしたように、涼がほんのわずかに身を捌いたせいだ。それでもぱっと鮮血が飛び散ったが、涼は顔色すら変えず、グレイオスの至近に飛び込んでいる。

 ちょうど、彼の死角に当たる位置へ。

 そして、低い姿勢から斜め上へと豪快に刀を振り切った。狙いは、グレイオスの首である。

「おまえの負けだ!」

 涼の叱声が、公園に響き渡った。

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