最強の魔物になる道を辿る俺、異世界中でざまぁを執行する

大小判

プロローグ (2)

 大きさはシャーロットの腕の中にすっぽりと収まる程度だろうか。竜の頭と胴体と腕。鳥の翼に獣の脚、蛇のようなウロコが生えた尾という、いくつもの動物や魔物のパーツを強引に繋ぎ合わせたかのようないびつな姿をしていた。

 似たような魔物にグリフォンやマンティコアなどを代表とするキメラという総称で呼ばれる魔物たちが居るが、このような組み合わせのキメラなど聞き覚えは無い。

 そんな奇妙で小さな存在は、血を流し遠目からでも弱っているのが感じられた。

「た、大変っ!」

 あっに取られて身動き一つ取れなかった体が復活し、シャーロットは毛布を持って庭へ飛び出し、小さな魔物の元へと急いで駆け寄る。

 訓練されていたり、一部例外的な存在を除いて、基本的に魔物は人を襲う凶暴な害獣でしかない。

 本来は屋敷の者に報告してじょさせるべきだったのだが、それを理解し切った上でシャーロットは自ら駆け寄った。

 あの傷つき、倒れる姿を見た時、それが今の自分と重なって動かずにはいられなかったのだ。

 安い同情であることは理解している。しかし、理屈だけで割り切れるほどシャーロットは冷淡にはなれない。

「もう大丈夫ですよ」

 襲い掛かられても文句は言わない。そう覚悟を決めてキメラに手をかざすと、淡い光が発せられる。

《エイド》という、基本的な治癒魔法だ。光を浴びた傷は徐々にふさがっていき、荒い息を吐いていたキメラの呼吸が穏やかなものとなる。

「……助けたのはいいけれど、これからどうすれば……」

 ひとず、毛布に包んで部屋まで連れてきたものの、これから先のことを考えずに行動してしまったシャーロット。

 時刻はもうじき夕食時。とりあえず、何か栄養になるような物の用意を侍女に頼むことにした。

「ケリィ、申し訳ないのですが、夕食を持ってきてもらってもいいですか?」

「……かしこまりました」

 つい先日まで、まるで本物の姉妹のように親しかった侍女の嫌々ながらの返事に、シャーロットの気分は暗く沈んでいく。

 いつもよりも早く運ばれてきた料理を見て、食堂に呼ばれることも無く部屋で食べるように父母から申し付けられた時のことを思い出してしまったが、うっくつした気持ちを何とか押し殺し、スプーンですくったスープをキメラの口に寄せる。

「あ……食べた」

 低いうなり声を上げるキメラだったが、食欲が勝ったのか鼻をヒクヒクと動かし、スプーンを噛むように口に含む。

 掬う料理を替えながら、それを何度も繰り返し、夕食の半分も食べ切らない内に寝息を立て始めるキメラの子供。

 に凶悪で奇妙な姿の魔物と言えども子供というのは可愛いもので、訓練されていれば共存が可能な生物であることも踏まえてに置いても良いのではないかとシャーロットは本気で考える。

「難しいことであるのは分かりますけど……部屋から出さないようにしてしつければ大丈夫ですよね……?」

 癒しが欲しい。それを魔物に求めるほど追い詰められていたシャーロットは、このままキメラを自室でかくまうことを決めた。

 相談相手は居ない。誰一人として味方が居なくなってしまった彼女は貴族学院の図書室や屋敷の書庫と自室を往復し、魔物の使えきについて学び始めたのだが、意外なことにキメラは非常に大人しかった。

 怪我や疲労の影響もあるのだろうが、不用意に部屋から出たり鳴き声を上げたりもせず、シャーロットに危害を加える様子も無い。

 むしろその目に知性らしきものが宿っていることに気付いたのは拾ってから一週間後の、誤って机から本を落としてしまった時のこと。

「ギャウ」

「え? 拾って、くれたのですか?」

 本をくわえて差し出すようにキメラは首を上下に振る。人とは違う価値観を持つ魔物とは到底思えない行動に、シャーロットはもしやと思って問いかける。

「貴方はもしかして、私の言葉が分かりますか?」

「っ! ギャウ! ギャウギャウッ!」

 その言葉を肯定するかのように何度も何度も頷き返す。

 たとえ訓練されていたとしても、本来魔物が人間の言葉を解するには年単位の長い期間が必要になる。

 しかし信じられないことに、このキメラは子供でありながら人の言葉を解するほどの高い知能を持っているらしい。

「凄い……まるで魔物じゃないみたいです」

「ガアッ!?

 思わず胸元に強く抱き締める。苦しいのかじろぎしているが、少し力を弱めるだけで放そうとはしないシャーロット。

 それからというもの、キメラはシャーロットの感情のを察したかのような行動を取っているということが分かるようになった。

 シャーロットが辛い時は黙って隣に座り、温もりが恋しい時は寄りかかる。やけに人間臭い行動を取る奇妙な姿の魔物に、多くの人に手のひらを返されたシャーロットが愛着を抱くには時間がかからなかった。

 これが親バカという感情なのか。不運に次ぐ不運に涙すら枯れるのではないかとばかりの悲しみに明け暮れたシャーロットは、本当に久しぶりに笑った。泣きながら笑った。

 冷たくなった彼女の世界に温もりを取り戻してくれた魔物をひとしきり抱き締めると、思い出したかのように視線を合わせる。

「そうです。貴方にはちゃんと名前を付けなくてはなりませんね」

 最早この魔物を手放す気が無いシャーロットは、いつまでもキメラや貴方と呼ぶのは良くないと感じて名前を与えることにした。

「ニルホルメテウスというのはどうでしょう?」

「ガウッ!」

 キメラは首を横に振る。

「駄目ですか? それではキティというのは」

「ギャウッ!」

 言い切る前にキメラはまた首を振る。

「えぇ……可愛いと思ったのですが。……ではマリアンヌは」

「ギャウゥッ!」

 またしても首を横に振るキメラ。

 奇をてらい過ぎた名前も良くないし、地味過ぎたり長過ぎたりするのはあえなくキメラ本人(?)に却下される。

 いくつもの候補を思い浮かべ、何度も何度もぎんして、彼女は最後に子供の頃に好きだったぐうから思いついたとっておきの名を口にした。

「貴方の名前は、ゼオ。私が好きな童話の主人公で、古い言語で『勇敢なる者』という意味を持つゼオニールから取ったものです」

 こうして、薄幸の令嬢であるシャーロットとキメラのゼオの秘密の生活が始まった。

 愛情を注いでくれた家族から冷たい視線を向けられ、信頼していた使用人や学友からも軽蔑の念を送られ、愛する婚約者であるリチャードにまでも侮蔑される日々。そんな中で、ゼオはシャーロットにとって唯一の支えとなった。

「ゼオ……お願いですから、貴方だけは私の前から居なくならないでください。……一人になるのは、少し疲れるんです」

「……ガァ」

 今でも情が残る人たちから、今日も今日とて酷い罵倒を受けた。その代わりに、リリィには自分が受けていた信頼や愛情を全て注がれるようになった。

 いくら次期王妃として貴族の義務を叩き込まれたシャーロットであっても、この周囲の変化には悲しまずにはいられない。狭く暗い部屋に押し込められた少女の、今にも泣きだしそうな淡い笑みを消すかのように、ゼオは鳥の翼を広げてシャーロットの背中を優しく撫でた。


(安心しろよ、お嬢。アンタをしいたげる奴は、俺が一人残らず全員ざまぁしてやっから)

 しかしシャーロットは知る由もなかった。このキメラのゼオに、人間としての前世の記憶と人格があることなど……ましてや、自分の為に周囲に〝ざまぁ〟をしてやろうと画策していることなど、夢にも思わなかった。

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