四天王最弱だった俺。転生したので平穏な生活を望む

謙虚なサークル

第一章 転生した俺の日常 (1)



     第一章 転生した俺の日常



「──朝、か」

 ゆっくりと身体を起こした俺は、窓ガラスに映る自分の姿を確認する。

 小さく柔らかい手、真っ白な肌、黒い髪、それは間違いなく人間の子供の姿だった。

 もう随分と見慣れた、自身の姿を見て呟く。

「あれからもう、十年になるんだな」

 ポリポリと頭を掻きながら、俺はベッドから起き上がる。

 勇者に倒された俺は人間に生まれ変わった。

 人間の中でもごく普通の家の、ありふれた子供として。

 鬼王だった頃の記憶も能力も依然として有しているが、人間の子供の身体ではその力はほとんど発揮出来ない。

 だが人間に生まれ変わったのは幸いだった。

 魔族の世界は力こそ全て、弱者は徹底的にさげすまれ、食われるか利用されるかだ。

 だから俺は強くなるしかなかった。

 しかし人間の世界であれば、立ち回り方次第で平穏な暮らしを送れるはずだ。

 前世では周囲に持ち上げられ、強敵と戦い続ける血なまぐさい生活だったが、今回はそうはならない。

 ──この人生で俺は、心穏やかで平凡な一生を送ってみせる。

 決意を新たにし、俺は両手で顔を叩くと部屋をぐるりと見渡す。

 木の板を張り合わせた床と小さな勉強机しかないこの質素な部屋が、今の俺の部屋だ。

 俺は立ち上がるとクローゼットの中に仕舞ってあるボロ服に袖を通し、ズボンを穿いた。

 扉を開けて階段を下り、かまどのある炊事場へ行く。

 そしてかまどの中に火石の欠片かけらを入れ、炎を点けた。

 これは魔術師が魔石をれんせいをする際に出る燃え殻のようなもので、しょみんはこれを使って火種とするのだ。

 火を点ける程度なら今の俺でも魔術でどうとでもなるが、もちろんそんな事はしない。

 魔術を使う十歳児など、いるはずもない。

 フライパンに油を引いて、先日買ってあった干し肉を焼き始める。

 ぱちぱちと油のぜる音がし始めたところで、同じく買っておいた卵を投入。

 蓋をしてしばらくそのまま蒸し焼くと、ベーコンエッグの完成だ。

 皿に移すと、いい匂いがふんわりと鼻をくすぐる。

 さて頂くか、とテーブルに持っていこうとした俺の後ろから声が聞こえた。

「おぉ、いい匂いじゃあねぇか、ランガ」

 だらしなく衣服を着崩した中年男がのっそりと炊事場に足を踏み入れる。

 男は大あくびをしながら俺に近づいてくると、俺の頭の上に手を乗せた。

 そしてぐりぐり撫でながら、俺が作ったベーコンエッグをペロリと食べてしまった。

 この男は俺の父親、ダリル=バリアントだ。

 街のばんぺいをしており、酒と博打ばくちを好むだらしない男で母親とは三年前に離婚。

 以後、俺と二人でこの家に暮らしている。

 俺の呆れた視線にも気づかずムシャムシャとベーコンエッグをしゃくする親父を見て、俺は困ったような顔をする。

「もー、ダメだよお父さん。僕のベーコンエッグを勝手に食べちゃあさー」

 声をやや高めにし、子供らしい言葉で、言った。

 大人という生き物は子供が弱く可愛らしい存在である事を望む。

 その期待に応えてやれば波風は立ちにくい。

 十年という長い人間生活の中で俺は学び、親父は俺の演技に思惑通りにハマっていた。

 俺の考えなど全く気づいていない様子で、豪快に笑う。

「ガハハ、男ってのはもっとワイルドに生きるもんだぜ。ランガ、お前も男ならナヨナヨしてるんじゃねぇ! 全くお前には強く育ってほしくて単身で勇者様を苦しめた鬼の名を付けたが、名に似合わねぇ子に育ったもんだ!」

 だが親父はそんな俺の態度が気に入らないようだ。

 そう、かつての魔軍四天王ランガは一人で勇者を苦しめた強敵として伝説になっていた。

 たった一人で、武器も使わず。魔族らしからぬ正々堂々とした戦いぶりから、今でも人気があるらしい。

 ……単に他の四天王に武器を隠され、部下を全員離散させられていただけとは、とても言えないな。

 ともあれ、それが理由で親父は俺をそんな強い男となるよう『ランガ』と名付けたらしい。なんというか、奇妙な偶然もあるものだ。

「それじゃあ行ってくるぜ!」

「いってらっしゃい」

 食事を終えた親父は、俺よりも一足早く家を出て仕事へ向かう。

 それを見送りながら朝食を詰め込むと俺も支度を始めた。

「さて、行くか」

 薄い皮の靴を履き、扉を開き鍵をかけ、駆け出す。


   ■■■


「あらおはよう、ランガちゃん」

「おはよう花屋さん! 今日もお花が綺麗ですね!」

 商店街に入った俺は花屋のおばさんと挨拶を交わす。

「おう、ランガ! いい天気だなぁ!」

「おはよう肉屋さん! 今日もいっぱい売れるといいね!」

 次に肉屋のおじさんと挨拶を。

 他にも、道行く人々と挨拶を交わしながら俺は商店街の中を行く。

 ご近所さんとは仲良くしておいて損はない。

 何か起きた時に味方になってもらえるし、時々余り物なんかも貰える。

 皆、気のいい人たちばかりだ。

 商店街を抜けると目的地が見えてきた。


 ──グリュエール教会神学校。

 教会が街の子供たちを預かり面倒を見る、学びである。

 読み書きに加え簡単な運動の指導、社会生活の基本を学ぶ場所だ。

 元魔族である俺が人間社会を学ぶ上でかなり役に立っている。

「おはよーランガ!」

「おはよう」

「ランガ、今度玉蹴りやろうぜー!」

「おう、負けねーぞ!」

 子供たちと無邪気な挨拶を交わしながら校舎の中へ入っていく。

 教室に入り席に着いた少し後、授業の始まりを告げる教会の鐘がガランゴロンと鳴った。

 そのしばらく後、木造りの扉を開き修道女姿の女性が入ってくる。

 銀色の長い髪をシスターベールで隠し、服の上からでもわかる豊かな胸元ではロザリオが光る。

 シスター・クレア。この幼年組の担任を務める先生である。

 クレア先生は皆をゆっくり見渡した後、くったくなく笑う。

「はーい、みんなおはよう!」

「おはようございます、クレアせんせーっ!!

 それに呼応するように、子供たちは一斉に手を上げて元気よく返事をする。

 クレア先生はそれを満足げに見てうなずいた。

「うんうん、みんな元気ね! じゃあ今日も神様の加護の下、楽しく一生懸命に一日を過ごしましょうね」

「はーいっ!」

 皆、言われた通りに机やカバンから本を取り出した。

 クレア先生は子供たちから非常に好かれており、クラスの誰もが彼女の言う事を素直に聞いている。

 この人には指導者の才能があるな。うん。

「はい、それでは授業を始めます。まずは神学の教科書の二七ページを開いて──主は申されました、闇の中を進むには心の灯を……」

 クレア先生が上品に口を開き、歌うように教科書の文章を読み始める。

 神学の内容はほとんど、神を敬いなさい。き行いをしなさい。悪の心を捨てなさい……といった話だ。

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