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辺境暮らしの大賢者 魔王を倒したので弟子と共に隠居生活を過ごそうと思う

戸津秋太

第一章 (1)


第一章


    1


 世界有数の広さを誇るグランデ大森林。

 木々が生い茂る森の中、少し開けた場所で赤髪の少女は魔獣の群れと対峙していた。

「──ッ、《其は世界の理を示すもの、摂理を司り、万物を支配するもの。我は請う、理の内に在るものに、流動の理を》!」

 簡単に纏められた長い髪が、少女自身の放出する魔力で靡く。

 朗々と詠唱を紡ぎあげ、目の前の犬型の魔獣に向けて突き出した右手に魔力が集う。

 そして──、

「──《迅雷パラサン!!

 直後、少女の手の先に白く光る魔法陣が現出すると、そこから膨大な威力をもったでんが宙を駆ける。

 放たれた紫電は真っ直ぐに魔獣に襲い掛かり、直撃する。

 轟音と共に、魔獣はその場に倒れ伏した。

「……ッ」

 喜ぶのも束の間。残るもう一体の魔獣が少女に襲い掛かる。

 なんとかかわしながら先ほど呟いたのと同じ詠唱を口にし、狙いを魔獣に向ける。

 そして再度──、

「──《迅雷》ッ」

 唸り声を上げてかくする魔獣に向けて、紫電は正確に放たれ、魔獣はガクリと崩れ落ちた。

「よしっ!」

 両手を胸の前でギュッと握り、喜びを露わにする。

 そのまま赤い瞳を歓喜で輝かせながら前方──生い茂る木々を見つめる。

 そして、ふふんと得意気に鼻を鳴らして胸を張った。

 通常ならば魔獣の住処すみかである辺境の森に足を踏み入れる者などいない。

 だが、少女は今魔法の修行の一環として魔獣討伐を行っている。

 少女の周りには先ほど倒した二体とは別に、数体の魔獣の死骸が転がっている。

 これで、目に見える範囲の魔獣は一掃した。

 今回の修行、もとい試験は満点。弟子である自分のこの姿を見れば、いくらあのものぐさな師匠でも少しはやる気を出してくれるはずだ。

 そうなれば自分に更に高度な魔法を教えてくれるに違いない。

 離れた場所から自分を見守っているであろう師匠のことを思い浮かべながら、少女はもう一度得意気に師匠のいる方向を見つめた。

 そうして気を抜いてしまった少女のを──背後から獣の唸り声が打った。

「……ッ!?

 背中を這う悪寒。即座に振り返った少女の視界に飛びこんできたのは、どうもうな牙をき出しにしてこちらに襲い掛かってくる魔獣の姿。

 どうやら、今の今まで草むらに潜んでいたらしい。

 しまったと思った時には既に遅く、魔法を発動するよりも先に魔獣の牙は少女の体を──

「ガルギャ──ッ」

 ──貫くよりも先に、魔獣の体が真っ二つに裂け、間抜けな声を漏らしながら地に落ちた。

 一体何が起こったのか。それを理解するよりも先に、先ほど見つめていた木々の先から声が放たれた。

「たくっ、何やってんだお前は」

「ロ、ロイド……」

 現れたのは黒いローブを纏った黒髪の青年。

 右手には一般的な長剣と同程度の長さの木製の杖を手にしている。

 少女、アイラ・メリエルの師であり、現在世界に三人しかいない大賢者の一人──ロイド・テルフォードだ。

 いつもは気だるげな彼の黒い瞳は、しかし今はどこか怒気をはらんだ眼差しでアイラを見つめている。

「視界に映る魔獣をそうとうしたら、辺りに潜伏している魔獣がいないか警戒する。いつも言ってるだろ?」

「うっ……」

 師匠であるロイドの指摘に、アイラは先ほどまでの得意顔を一転させる。

「で、でも、ちゃんと魔獣は倒せたじゃないッ」

 それでも、と。アイラは言葉を発する。

 確かに詰めが甘かったのは認めるが、それまでの戦いぶりは評価してくれてもいいだろう。

 そんな意図を孕んだアイラの発言に、ロイドはチラリと彼女が倒した魔獣の死骸に視線を移してため息をく。

「こいつらは元はただの犬で、魔獣の中でも最弱の部類だ。──無駄が多過ぎる。魔法を使うたびに最大魔力を籠めるなんて燃費の悪い戦い方をしてると、すぐに魔力切れを起こすぞ」

「うぐ……っ」

 今度こそ、アイラは返す言葉を失った。

 悔しいが、ロイドの言っていることは正しい。

 普段の彼を知っているだけに不満はあるが、少なくとも魔法という点においてロイド・テルフォードに敵う者はいない。

 ひとまず今は師匠の教えを素直に受け止め、次に生かすべきだ。

 そして今度こそ、自分の成長を見せつけてやる。

 そう決意すると同時に、ロイドが口を開いた。

「じゃ、帰るぞ」

「え、もう……?」

「辺りの魔獣は一掃したからな。このまま魔法の鍛錬に移ってもかまわねえけど、その格好のままってのも具合が悪いだろ?」

 ロイドに言われて、アイラは自分の身なりに意識を向ける。

 まだ師の下で魔法を学ぶ賢者見習いのアイラは、ロイドと違って賢者の象徴とも言える杖とローブを持っていない。

 彼女の服装はいたって普通。膝ほどまでの白いワンピースと、腰に巻かれた紐に小さなポーチをかけているだけだ。

 が、彼女のワンピースは今、魔獣の返り血で真っ赤に染まっていた。

 先ほどロイドに助けられた時に血を浴びてしまったのだ。

 そこで、アイラは「あっ」と思い出したようにロイドに問いを投げる。

「ロイド、さっきのはなんなの?」

「さっき? ……ああ、お前の失態をかばってやった時のことか」

「失態を強調しなくていいから」

 意地の悪い物言いにアイラは半眼でロイドを睨む。

「お前にはまだ教えてねえが、《風刃ベリケム》って魔法だ。まぁわかりやすく言えば風の刃ってところか。おっと、アイラにはまだ教えねえぞ。取りあえずお前は《迅雷》の威力を調整できるようになれ」

「……わかってるわよ」

 拗ねたように唇をとがらせながらアイラは不満げに応じる。

 弟子の疑問を解消したロイドは彼女に背を向け、帰路につこうとする。

 その背中を見ながら、アイラは彼が当たり前のように言い放ったことにせんりつしていた。

 アイラが魔獣と戦っている間、その様子を見ていたロイドは木々の生い茂る森の中にいた。

 そこからアイラの危機を察知し、即座に魔法を展開。

 しかも前方に幾本もそびえ立つ木々に当てることも、アイラに当ててしまうこともせずにロイドの放った魔法は正確に魔獣だけを撃ち抜いた。

 魔法の展開速度、そして精度。そのどちらを取っても、常人の域を逸脱している。

 だがそれは当たり前のことだ。

 アイラの師、ロイド・テルフォードは世界に三人しかいない《大賢者》の一人なのだから。

「──これでもう少しはやる気を出してくれたら文句ないのに」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないわよ」

 アイラは小さくため息を吐いてから、ロイドの背中を追った。


    2


 ──大賢者。

 その称号を持つ者は世界に三人しかいない。

 魔法という奇跡の術を扱う賢者の中でも一線を画した力を持つと世界に認められた存在。

 そしてその絶大な力で三年前魔王を倒した英雄だ。

 そんな大賢者の一人が、ロイド・テルフォードである。

 だが──、

「──いい加減起きなさいよッ!」

 大きな声で叫びながら、アイラは目の前の青年が大賢者であるという事実を忘れそうになっていた。

「……んぅ? んぬ────」

 全身を激しく揺さぶられ、耳元で大声を放たれる。

 堪らずロイドは目をうっすらと開け、アイラの姿を視界におさめる。

「……あと、五分。いや、十分だな」

 そう言い残し、ロイドは再び目を閉じる。

 ロイドのその態度に、アイラはわなわなと肩を震わせる。

 窓の外から見える太陽は既に真上にいる。

 つまり、今はもう昼なのだ。

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