保健室の眠り姫 先生の執着愛と甘美なキス

兎山もなか

2.スリーピング ダーティー (3)

 六限目が終われば、あとはホームルームだけだったのに。


 遠くなる意識の端っこで、誰かが叫んだ。


「糸島!」


〝いとしま〟なんて。

 名字で呼ばないでよ。泣きたくなるから。




 ────あれからどうしたのか。

 ゆっくりと目を開けると見慣れた白い天井があった。深呼吸をするといつもの消毒液の匂い。ここが保健室だとわかって、安心して、同時に泣きたくなった。

 ああ、六限目だったのに。あとちょっと我慢すれば、終礼だったのに。一日に二回も保健室にお世話になってしまった日は、さすがに情けない。

「あ、起きたー?」

 明るく高い声のほうを向くと、みちるちゃんがこっちに歩いてくる。白衣に七部丈の黒いスカート。パリッとしたストライプのシャツ。ピンクブラウンの髪は綺麗に巻かれていて、甘さ控えめの品の良さは、憧れずにいられない。

 みちるちゃんは、屈託のない大きな目で私を見た。

「体育久しぶりだったもんねぇ。ちょっとはしゃいじゃったかな?」

「はしゃがないでしょ……。あーもぉー」

 私は唸りながら枕に顔を埋める。

「どうしたどうした」

「倒れ癖がなおらない……」

「あはは。糸島小唄の生態は謎だねぇー」

 その回答でいいのか養護教諭、と心の中でつっこんで、でもその深刻じゃない受け答えに安心している。

「まあ、そんな日もあるよ」

 そう言って彼女は私の頭を撫でた。白く細い指が髪をくしゃっとしていく。この学校の保健の先生がみちるちゃんで、私は本当にラッキーだ。

 気持ちが少し落ち着いたところで、気になっていたことを訊いてみる。あくまで他意はないという声で。

「……みちる先生」

「ん?」

「さっきまでここに、市野先生いた?」

 みちるちゃんは、にまりと笑う。

「さっすが。よくわかったねぇ~。あなたをここまで運んで授業に戻ってったよ。お姫様抱っこで現れるから、王子っぽくて吹き出しちゃった」

「……」

「ほんと、妬けちゃう」

 その言葉にドキリとする。みちるちゃんは可笑しそうに笑ったままだ。中庭で楽しそうに談笑していた二人の姿を思い出した。

 膝裏と背中がむずがゆい。布団の下で、体操服を身に纏った自分の体を抱きしめる。いとしま、と、倒れる瞬間に聞こえたのは、間違いようがない。市野先生の声。さっきまで触れていたと思われる場所を意識してしまう。

 市野先生は先生だから、少しもためらわずに走ってきてくれたんだ。

「糸島ちゃん、ごめん。私、今日このあと職員会議でその後に来客があるのよ」

「あ、大丈夫ですよ」

「申し訳ない。鍵は開けたままでいいから。顔色は……まあ、大丈夫かな? 不安だったらもう少し寝て帰っても大丈夫だし、ふらつくようなら待っててくれたら送ってあげる」

「大丈夫ですって。ありがとうみちる先生」

「うん。けど、どちらにせよ市野先生は職員会議終わったらここに来るんじゃないかな?」

 みちるちゃんは意味ありげにそう笑って保健室を出て行った。そんなこと言われたら。

「……居づらくなるじゃん」

 わかっているなら、どうして私を一人保健室に残すの? 市野先生と私をここで二人きりにさせるなんて、嫌じゃないの?

 でもまだ少し目が回るから。ほんとに少しだけど、帰り道にまた倒れて人に迷惑かけてしまうのも忍びないから。私はもう一度だけ眠りにつく。うとうとと、落ちていく。


 ──〝小唄〟と誰かが名前を呼んだ気がした。

 名前を呼ばれてからほどなくして、生温かいものが唇を覆う。それは少し私の下唇を食んだかと思うと、べろ、と上唇の裏を舐めて、口内を優しく侵した。

 食べられてるみたい。

「ん……ふっ……」

 頬に触れた指先はやさしく輪郭を撫でる。分厚い舌が頬の内側の粘膜を擦って、歯列をなぞる。ゆっくりと口の中を移動しては味わうように唾液を吸い上げていく。

「んんっ……はぁ……」

 しばらくそうしていると満足したのか、熱い吐息と生温かいものは唇を離れていった。まだ間近にいる気配。

「……先生は」

 言葉にしながら、私はゆっくり目を開く。

「先生は欲求不満なんですか?」

 そう言うと、間近にあった市野先生は目をぱちくりさせて、遅れて罰が悪そうに言った。

「……寝たフリかよ」

 きたねぇな、と市野先生は自分の唇を舐めながら不満気に言う。汚いのはどっちだ。

「今、教え子が寝てる間にチューしましたね」

「しかもディープなやつ」

「完全に淫行罪で捕まるやつじゃないですか」

「やべー」

「っていうか、何してるんですか先生」

 私が真面目にそう言っても、先生は表情を崩さない。それどころか布団を捲って私の首筋に顔を埋め、体操服の上から胸を揉んでくる。ベッドでマウントポジションをとられた私は、とっさに抵抗することができなかった。

「ちょっ……と……! 本当に何してるんですかっ」

「バレてしまったものは仕方ない」

「やっ……あ……セクハラっ……」

 大きな手のひらが、絶妙な力加減で胸を鷲掴んでくる。先生の長い指が自分の胸に食い込んでいる。何、この状況。

「柔らけー……。また胸デカくなったんじゃない?」

「また、って……いつと比べてっ……」

 間近で私の反応を窺っている先生の息は少し荒くなっていて、首筋にかかる吐息にぞくりと腰が震えた。これは完全にアウトなやつだ。今すぐ、悲鳴をあげて助けを求めるべき。頭では充分わかっているのに。

「せんせっ……」

 なぜかそれができなくて。

 制止の声は少しも聞きいれられることなく、先生の手はいつの間にか体操服の裾から中へと侵入していた。ブラを押し上げて乳房を直接まさぐりだす。隔てるものが何もなくなって、直接触れた手のひらは熱を持っていた。その上少し汗をかいている。湿った手のひらに揉まれて、自分の体が熱を帯びていくのを感じる。

 ベッドの上で服の中に手を突っ込んでくる先生と見つめ合う。

 先生いま、すごくえっちな目をしてる。

「っあ……きもちわるい、です」

「ひどい言い草だな」

「ひどいのはどっちですか。こんなの、冗談でもなくセクハラですよっ……」

 そう言うと胸を揉んでいた手がぴたっと動きを止めた。でも先生の表情は、しまったとか、反省の色はなくて、ただ切なそうで、寂しそうで。

 ふ、と笑って言った。

「前は、あんなに好きって言ってたのに?」

「……え?」

 何を言ってるんだろう? この人は。思わず私は胸を掴まれたまま固まってしまった。


 何がしたいんだろう、この人は。

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