君にひと目で恋をして Sweet words of love

井上美珠

1 (3)

「それはそうでしょう? 日本の方が、いろいろありますもん」

「ハワイよりも田舎な気がするな」

「比べるだけ無駄ですよ! ここは海がキレイなのがまず売りでしょう? えー? あー? どうなんだろう? でも、ABCマートは便利です!」

 彼は、は、と言って首を振る。

「ABCマート? バカだな」

「じゃあ、何ですか? なにかいいのがあるんですか?」

 いつの間にか、言葉のラリーをしていた。なんでもない会話なのに楽しくて。

「海に行くんだろ?」

「行きますよ?」

「あの船に乗って?」

 眼下の船を指さされて、寿々は頷いた。普通の、島へと渡る船だ。

「つまんないな。あれだと、海の綺麗さが間近で感じられない」

 彼の言うことがわからなくて首を傾げる。

「それはどういうことですか?」

 もうすぐ終わる遊覧飛行。限定三十分程度の空の旅。

 彼は、口元に笑みを浮かべる。

「教えてやるよ。地上に戻ったら」

 彼の言葉は、なんだかわくわくする。

 寿々は表情を緩めて、彼を見る。某映画ではないけれど、本当にそうなってきそうな雰囲気を感じた。

 遊覧飛行の時間が終わると、セスナを素晴らしい技術で着陸させた。もっとドスンという感じで揺れるかと思ったが、そうでなかったことに感心する。

 着陸後しばらく走行させ、格納庫へセスナを入れると手を差し伸べて、降りるのを手伝ってくれた。

「フキ、サンキュー! 助かったよ」

 例の男がブラウンの髪の毛を揺らしながらやって来て、寿々にも声をかける。

「ごめんね、楽しめたかな?」

「はい。すごくキレイだった」

 寿々がそう答えると、よかった、と胸をで下ろす仕草をする。

「フキ、ランチとってないだろ? 一緒にどう? セスナの整備やってもらったからおごるよ? よかったら君も来ない?」

 現地の人とランチなんて、想像もつかなかった。でも、このフキという彼の誘いはどうしようかと思う。

「ダニー、俺はこの子と出かける。ランチも適当に食べるからいいよ」

 ブラウンの髪をした彼は目を丸くした。そして笑って、肩をすくめた。

「オーケイ。さすがだな、色男」

「そんなんじゃない。冷やかすな」

 笑った顔はやっぱり魅力的だな、と思いながら黒髪の彼を見る。こんなにカッコイイ彼なんだから、彼女くらいいるよなぁ、とそっとため息を吐く。

 でも旅先で出会った人とどうこうなることはないだろう。彼は素敵だけど、寿々はいたって普通だ。

「行こうか」

 手を差し伸べられるだけでドキドキしてしまう。

 一人旅でなにも考えずに行動しているのに、こんなことが起こるなんて、きっと今日一日だけだろう。

「はい」

 差し伸べられた手を迷いなく取るのも、これが初めて。初めて会った人と手をつなぐなんてありえない。でも、その繫いだ手が心地よくて、ずっとそうしていたい気分になる。

 促されるままに彼の車に乗り、ドキドキしながら中を見てしまう。男の人の車に乗るのも、寿々は初めてだった。

「これは、自分の車ですか?」

「いや、レンタカー」

 寿々は明日までしかここにいない。彼とは今日でお別れだと思うとなんだか寂しい気分だ。

 そして、レンタカーで何やら裏道のような怪しい場所へ行き。一つの民家らしいところに車を停めると、現地の人に何やら英語で交渉していた。十五ドルやら十ドルやら言っていて、どうにか折り合いがついて、十ドルを出すように言われた。

 それから、民家の庭を抜けるとそこには海と小さなボート。

「乗って」

「コレに? 本当にあの島へ、行ける?」

「行ける」

 頷く彼の言う通りそれに乗ると、現地の男の人がエンジンをかける。

 そして、動き出すボート。

 深い青のクリアな色が、近すぎるほどの距離で美しさを見せてくれた。

「すっご────い!」

 帽子なんか被っていられない。

 寿々は帽子を取って、黒髪イケメンの彼を見る。

「ありがとう! こんなのすごいです! なんでこんなことできるの!? フキさんすごいです!」

「……フキ……まぁ、いいけど。綺麗だろ? 海」

「はい! ありがとうございます」

 フキと呼ばれていた彼は、本当にここに住んでいたのだろう。こんな裏技も知っているなんて。着いた先の島には小さな船着き場があり、降り立つとき手を貸してくれた。

 そうして彼についてしばらく歩くと、マリンスポーツもできるビーチまで辿り着くことができた。

「ありがとうございます。あ……でも、帰りは……そっか、正規のルートで帰ればいいですね」

 正規の船がある場所を指さすと、彼は笑って言う。

「あのボートがちょうど三時間後にまた迎えに来る。俺はここの知り合いと適当に過ごす。遊んできたらいい。待っててやるから」

「えっと……フキさんは、私と一緒に行動してくれるんですか?」

「そう言ってる」

「えー? なんでですか? 私、見ず知らずの他人っていうか……ここまでよくしてもらうなんて、いくら日本人でも親切すぎじゃないですか?」

 というか、寿々も今日初めて会ったこのフキという男の人について行くこと自体、どうかと思う事態だ。普通ならこんなことしないのに、今日はいつもと違うことばかり。

 フキという名前以外何も知らない。そして、本当にフキという名前なのかもわからない。

 おまけに、きちんとフルネームを聞こうとしない自分も不思議だった。

「知らない男について来る女も、変だと思う」

 思っていたことを突っ込まれて、それに同意するように何度も頷いてしまった。

「そうですね。ないですよね、こんなこと」

「普通は、ない」

 彼がフッと笑ったので、寿々も笑った。

「じゃあ、どうして?」

 聞くと、黒髪を搔き上げた彼は、首をひねった。

「なんとなく」

「じゃあ私も、同じく」

 見上げる長身。黒い髪。この人は、悪い人じゃないと心から思う。

 日本から離れた異国で、知らない男の人について行ったりしたらいけない、とわかっている。でも、彼の言う通り、なんとなくこの人は信用できると思ったのだ。

「日本人ですよね?」

「ああ、生粋の」

 武骨な話し方が低い声と合っている。それだけで、寿々の中で好印象だった。

「じゃあ、遊んできます。このバッグだけ、預けていいですか?」

 貴重品の入ったバッグを差し出すと、彼は破顔した。ちょっぴりクシャッとなる端整な顔が魅力的だった。

「知らない奴にバッグ預けるか? このままいなくなったらどうする?」

 確かにそうで、いつもの寿々だったらこんなことはしない。

「あーえっとー……これは冒険しすぎですね。すみませんでした。ロッカーに預けます」

 頭を下げて差し出してたバッグを肩に下げると、彼は頷いた。

「そうした方がいい。じゃあ、待ってるから」

 そうして背を向けるのを見て、なんだか寂しいと思う気持ち。

 子供っぽい自分が出ていて、なんだかおかしい。

 今日、二十七にもなるのに、こんなことしないだろう。知らない男の人についていき、その結果よかったとしても、このあともし何かがあったら。

「誕生日、台無しか……」

 彼の黒いTシャツの後ろ姿を見て、それから首を傾げて。悪いことなんて起きるわけないと確信している自分がいる

 警戒心もある。でも、安心感もある。なんだか、バカみたいに感情が揺さぶられた。

 なんだろう、この気持ちは、と思いながら後ろ姿を見続けると、彼が振り返った。

 視線が合って、しばらく離せなかった。彼も目を離さなくて、しばらく見つめ合ったけれど、寿々の方から目を外して背を向けた。

「私、変だ。あの人の言う通りだ」

 頭を搔きながら案内を見て、ロッカーへ行く。

 服を脱いで水着になり、カギをかけた。すぐそこにある海を見る。

 周りはカップルが多くて、寿々のように一人で過ごす人なんていなかったけれど。

「楽しめる! 泳いで食べて、それから、帰る!」

 無理に言い聞かせて気持ちを振り切り、空いているパラソルを見つけ、そこにバスタオルを敷いて。

 とりあえず、ごつごつした岩場が多い海に入って行く寿々だった。

「君にひと目で恋をして Sweet words of love」を読んでいる人はこの作品も読んでいます