君にひと目で恋をして Sweet words of love
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「明日から私、グアムなんです。合コンとか行ったら疲れちゃいますし……一人旅満喫してきます」
笑顔で言うと、ふう、と千八子はため息を吐いた。
「寿々ちゃん……グランドスタッフって、きついわよね。歩く量も半端ないし、苦情だって多い。正社員にならずに辞める人だっている。そんな中で頑張っている寿々ちゃんは、誰が何と言おうと素敵だわ。それに、今後は教官として推薦しようと思っているのよ?」
チーフの千八子はすでに教官としての経験を積んでいる。教官をしながら現場で働くような、すごい人だ。そんな人から、こんなことを言われるなんて、と思いながら寿々は笑った。
「ありがとうございます」
「わかったならよろしい。じゃあ、そろそろ彼氏でも作って、楽しさを感じて。食べて、祈って、恋をして、っていう映画あったじゃない? ちょっとセレブ感あったけど、目指すはあの映画って感じで楽しんできて」
ふふ、と笑顔を向けられて、寿々は頷く。
「グアムで出会いがあるといいです。期待はしてませんけど」
「期待も運のうちよ。じゃあ、楽しい休暇を!」
「ありがとうございます」
更衣室を後にして、それからため息。
まだ、本当に自分のことで精一杯。それに、不規則で、夜間帯の仕事も多い。体力がないせいか、家に帰ったらそのまま寝てしまうこともある。そんな生活で、誰かに恋をするなんて。
きっと恋をしたら、仕事をうまくできない気がする。
「不器用だしなぁ……はぁ」
彼氏を作るという気力もなく。このまま独身を突っ走るのではないかと、そう思うことだってあるのだ。
「食べて祈って恋をして、かぁ」
そんな素敵なロマンス、どこにも転がってなんかいない。
明日の荷造りが途中なのを思い出しながら、寿々は家へと急いで帰るのだった。
☆ ☆ ☆
夏のグアムは暑い。ハワイはカラッとした暑さだというけれど、行ったことがないから比べようがないが、ここはジメッとした空気を感じる。
でもせっかくだからまず一日目はラフィアの帽子を被って、日焼け止めを多めに塗って歩いた。たくさん店が並んでいる場所も行ったし、スーパーで軽くショッピング。
二日目は、デューティーフリーのブランドショップをウィンドウショッピング。口紅と香水を購入して、その日もスーパーに寄って、ショッピング。夕食と、軽いカクテル系のお酒を買って、散歩しながら帰って二日目は終了した。もちろん、ABCマートでの買い物も忘れない。
三日目は、目的のセスナ遊覧飛行、というやつだった。
ロング丈のサンドレスで、日焼け止めを塗った。さらに日焼け防止にカーディガンを羽織って、セスナに乗れるという飛行場まで向かったのだが。
「予約間違えたみたいで、今出払っているんだ。さっきのお客さんが君だと思って、乗せて行っちゃったよ。ごめんね……ちょっと待ってくれれば、乗せられるんだけど……」
浅黒い肌で、ブラウンの髪の男はそう言った。時間を間違えるなんて、と思いながらここは海外なのでそういうこともあるだろう。
「今日は、この時間には、無理ですか?」
英語でそう聞くと、難しいな、と言われた。セスナ飛行をした後、海に行くつもりだった。だから、荷物が多くなっているのだが。ため息を吐くしかない。
明日には帰るというのに。
「……ちょっと待ってて」
バツが悪そうにそう言った彼は、そそくさと背中を向ける。
近くにあった待合のソファーに座って十五分。ちょっと待ってにしては、遅すぎる感じ。
寿々は立ち上がって、さっきの彼が行った方向に歩いてみた。そうしたら倉庫らしいところに一つのセスナ。そのセスナを整備していた人が、降りるのが見えた。
「日本人? なのかな? 髪の毛が黒い」
見た目もそうだが、遠目でも服装や雰囲気などから日本人らしい、と思った。
少し薄汚れたベージュのチノパンツ。黒のTシャツを着ていて、腰には長袖のシャツが巻いてある。手袋を外しながらこちらを見る様子に、ガッツリ射られた。
「……っ!」
切れ長の黒い双眸は目力があって、視線が逸らせなかった。鼻筋も唇も整っていて、黒髪で。いわゆる正統派なカッコイイ男の人。硬質な雰囲気をまとっている、そこがよくて。背の高さといい、体格といい、申し分ないほどのイケメンだ。
じっと見ていると寿々から目を逸らして、前髪を搔き上げる。カッコイイ人は、なんでもない仕草も絵になるらしく、目が離せない。こんな男の人、出会ったことない、と心の中で呟いた。
その彼がどんどん近づいて来て、手で寿々を示すように動く。
「彼女?」
いったいなんだ、と思いながらブラウンの髪の彼と、カッコイイ彼を見る。このグアムで日本語を話しているのにホッとしている寿々がいた。
「そう! フキ、乗せてくれないかな? ちゃんと、報酬は出すからさ」
ブラウンの髪の彼はカッコイイ彼に交渉している。
ところで、飛行機には乗れるんだろうか? と思っていぶかしげに見ると、カッコイイ彼、フキと呼ばれたその人がため息を吐いた。名前からして日本人だけど、変わった名前だと思う。
「……高くつくよ?」
「OK! じゃ、悪いけど、お願い! ……ええっと! 君、ごめんね! 今から遊覧飛行に行けるからさ! 乗って乗って!」
ブラウンの髪の彼は、寿々の手を引っ張った。それからセスナに誘導し、持って来ていた荷物を後ろに置けと言ったので、寿々は従った。
指示された通りにシートベルトを着け、きちんと座席に座る。そうするとセスナは動き始め格納庫から出て行く。
「じゃあ、グッドラック!」
ピッと二本指揃えてそう言われ、日本人の彼はため息を吐いて、同じ仕草をした。
初めてのセスナは小さいけれど大きくて。飛び立つとき、ふんわりと、自然だった。セスナは初めてなのだが、この人うまい、と思った。
「おおっ! こんなにフワッと!」
思わず声を出すと、彼は笑った。
「セスナは、初めて?」
「そうです。遊覧飛行ってしたことなくて。まぁ、お金かかるからですけど……一人旅のスパイスにいいかな、と今回は」
「そう。名前は?」
チラッと寿々を見て、すぐに彼の目線は正面へ向く。操縦中だから、と思うが横顔を見ても黒々とした目だったり、髪だったりが今時珍しい。日本の男子という感じがする。
サングラスをかけるその仕草さえ、なんだかカッコよく見えるから重症だ。いわゆる、旅行マジックのようなものにでもかかっているのかと思う。もしくは遊覧飛行による、つり橋効果、など。
「石井、寿々です」
「フルネーム」
笑ってそう言った彼は、先ほどよりも魅力的だった。硬派っぽく見えるけど、笑った顔が似合うな、と思ったら、セスナが急旋回をした。
まるで、ジェットコースターみたいだった。
「すごい! 楽しい!」
急旋回のあとには、美しい海が見える。目を見張って、窓に張りついて釘付けになった。
「グアムって綺麗だったんだ、こんなにも……すごい青!」
「Have one's first experience of Guam?」
不意に英語で言われて、瞬きをする。
「Yea」
英語で言われたので、英語で返事。彼はフッと笑った。
「遠浅の部分が多いけど、海はすごく綺麗だ。このあと、海へ?」
「はい。一人だけど、なんとか英語話せるので」
「一人?」
「はい。一人旅なので」
彼は首を傾げて笑うと、また旋回してくれた。寿々はそれを楽しんで、美しい海を見た。
最高に気持ちいい、と思っていると彼から話しかけられた。
「楽しんでくれると嬉しい。ここは俺の第二の故郷だから」
「へぇ……住んでたんですか?」
「十歳から十六歳まで。父が仕事の関係で、ここに赴任していた」
会社によっては事業の関係で海外に行くこともあるけど、彼の父親は商社勤務か何かだろうか。そうだとすれば、海外転勤などで住んでいた理由も納得できる。
「住んでいたときは、どんな感じでした?」
「日本より田舎」
たった一言そう言われて、寿々は笑った。
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