君にひと目で恋をして Sweet words of love

井上美珠

1 (1)





『お前みたいなさ、仕事が不規則な女と付き合う身にもなってみろよ』

 彼氏に浮気をされていて、問いつめたらそう言われた。

 今思えば、こっちにかなり失礼な理由で、恋愛にピリオドを打ってから、六年間恋愛はしてこなかった。

 問いつめるなんてバカなことをしていなかったら、と思うが、言われたことを考えれば、別れて正解だっただろう。

 恋愛がダメになった理由としては、当時、正社員になったばかりで、頑張っていたのがある。

 キャビンアテンダントに憧れていたけれど、身長も百五十二センチと低く、そんなに頭もよくない自分は、某大手航空会社のグランドスタッフの職を選んだ。高校生のときに決めて、専門学校へ行き、それからどうにか大手の会社に入り込めて。三年間の契約期間を脱して、正社員となった。

 今では後輩もたくさんできて、指導する側になった。入社して七年目だ。

 航空会社にいると、憧れだったキャビンアテンダントに近づいた気がしていたが、やはり遠いと実感する。地上と天上じゃえらい違いだ。おまけに仕事に打ち込んでいたら、彼氏に浮気をされて踏んだり蹴ったり。

 それでもたまに青い空に浮かんでいる飛行機を見ると、グランドスタッフとはいえ、この職業に就いてよかったと思う。一応憧れていた、航空会社の仕事だからだ。

 空は自由で、青くて、素晴らしい。

 でも、大手の航空会社に勤め、空への旅をサポートする自分が、精一杯。

 それに不満はないけれど。

 今は、サポートを一生懸命頑張ろう、といつも思っていた。


☆ ☆ ☆


 今日は何だか、飛行機の乗り遅れが多い気がする。

「出発五分前なので、お急ぎください!」

 通信機片手に今日も小走り。もちろんお客様も小走り。

 そうしてどうにか間に合って、ご搭乗いただけた、という具合だ。

「今日は、なんか多いですね……」

 息を切らせている後輩の一人が言ったのに対し、うなずいた。

「同感……今日はどうしちゃったかな」

 寿がため息を漏らしながら後輩に言うと、新人のきのしたが泣きそうな声を出したので彼女を見る。

いし先輩、私、足が痛いです」

 そう言う木下のパンプスは、若干ヒールが高め。今日はトラブルが多いので、彼女も足を使ったから、痛いのだろう。

「その靴、素敵だけど、もう少し低くて実用性がある方がいいよ?」

「えー……これ、カッコイイのに。グランドスタッフって意外と大変ですよね? ちょっとした靴の違いだけど、すごく疲れちゃいますね」

 心底くたびれたように言う。

「石井先輩のちょっとダサいな、って思ってたんですけど。ダサいくらいがちょうどいいんですね」

 いちいちこの子はどこか引っかかるな、と思いながら笑みを向ける。

「そうよ。じゃあ、持ち場に戻って」

 今日も忙しい毎日。確かに新人のころ、パンプスで失敗を重ねて足を痛めたことがあった。三年目を終わるころには、靴の選び方のコツもつかめていた。

 最近は新人指導なんかも任せられているけれど。自分も手のかかった時期があったはずだから、と思っているが、実際指導となると────。

「やっぱり大変。彼女、一言多いしねぇ」

 はぁ、とため息をきながら自分も持ち場に戻る。これも試練だと思いながら。

 そうしてようやく、休み時間にありつけるのだった。


☆ ☆ ☆


「やっと有給を消化するのね、寿々ちゃん?」

 帰り支度をしていた手を止めて、声をかけてきた上司の方を向く。

 更衣室で私服に着替え、バッグを持ち上げたところだった。

「はい。十日間の充電期間です。そのうちの四日間は海外ですけど」

「今回は、どこに行くの?」

「近くてベタかもしれないけど……グアムです。行ったことないので」

 上司は、一年に一度、寿々が海外旅行をすることを知っていた。

 今年は行かないの? と何度有給消化を勧められたかわからない。

「いいじゃない、グアム。私、好きよ? ショッピングできるし。もしかして、また一人で行くの?」

 最後のまた一人で、という言葉に笑い返すと、彼女は肩をすくめた。

「でも……ショッピングですか? 海とかは?」

「海は焼けるもの。お買い物がいい」

「お買い物三昧なんて……やっと、グランドスタッフも中堅の域に入ってきたばかり。まだまだですよ。それに、うまいこと新人指導もできているとは思えませんし」

 はぁ、とこれ見よがしに言うと、ふふ、と上司であるまきは笑った。

「誰だって、最初はうまくいかない。寿々ちゃんだけじゃないんだからね」

「わかってます。いつも、本当にありがとうございます」

「いいえ。それより、石井寿々さん? どうして今日のパイロット合コンに行かなかったの?」

 言いながら千八子もまた帰り支度を始める。スカーフを取り去り、ブラウスのボタンを外していく。千八子はスタイルがいい。胸はあるし腰も細い。おまけに背も高いからモデルのよう。実際学生のころはモデルのバイトをしていたそうだ。

「合コン、好きじゃないです」

 合コンは、なんだか選ばれているみたいで好きじゃない。自信はないが、寿々はまぁまぁだと思う。楽しもうとしたら楽しめる場所だろう。しかし、今は仕事だけでいいかな、と思う。

「そう言っているうちに、売れ残っちゃうよ? 私みたいに」

 笑いながら、私みたいに、というところを強調する。

「小牧先輩は、選びすぎですよ。それに、ダーリンがいるじゃないですか」

 寿々がやや頰を膨らませて言うと、手を大げさに左右に振った。

「そんなことない。私だって、合コン行けるもんなら行きたかったわよ? ダーリン一筋でも、飲み会は楽しいから。でも、今日は予定が入ってて。女の友情を裏切るとよくないじゃない?」

 着替えを済ませた彼女は、相変わらず綺麗なパンツスタイル。髪の毛を下ろさないそれが、彼女の色気を際立たせている。逆立ちしたって、寿々は届かない。

 千八子の言葉にあいづちを打っていると、彼女はそうそう、と言って明るい笑顔を向ける。

「ウチの会社に、最年少機長が出そう、って知ってた?」

 寿々の勤める会社は、誰もが知っている大手の航空会社である。最年少機長、なんていったい何歳くらいなのだろうか。

「知りませんでした……そうなんですね」

「そうなの。すごく優秀で業務態度も抜群。おまけに、イケメンでね。たまーになりも行ったり来たりしてたけど、どっちかというとはねでの仕事が多いみたい。寿々ちゃんは見たことないかな? 機長になったら、もっと成田が多くなるかもね。まぁ、ある意味、宣伝効果狙ってるのかな?」

 寿々は最初から成田勤務だ。たくさんの外国の方々を相手にしていて、とてもやりがいを感じる。パイロットで機長になるほどのキャリアを持っているイケメンなんて、天は二物を与えすぎじゃないだろうか。

「すごいですね……聞いたことあるかなぁ、程度です。もしかして、たまーに若い子がはしゃいでるあれですか? イケメーン、って。ときどき広報誌にも掲載されている人?」

 千八子はあきれたようにため息を吐く。そんな顔をされたって、彼が掲載されている部分は適当に読んでいるので、その人の顔もぼんやりとしか覚えていない。

「寿々ちゃんも十分に若いし、はしゃいで欲しいけどね……ちゃんと広報誌見たら? 今日は、その人も引っ張って来るらしいけど? 行ったらどう?」

「そんな、遠慮します。私ってば、まぁ普通だし」

 手と首を横に振る。そんなのガラじゃない、と思いながらバッグを持ち直した。

「充分に可愛いじゃない。ちょっと小さいけど、そこがいいのよ。そのイケメンパイロット、身長は百八十五センチ以上。……パイロットなのがもったいないかな」

 千八子の言葉を聞いているだけで、もうすでに寿々の中では論外になっている。

 その人を見たことがあるような口ぶりに、リアリティを感じた。

「顔見知りなんですか?」

「んー……まぁ、ボチボチね」

 なんだか歯切れ悪い言い方だなぁ、と思いながら寿々は肩をすくめる。

「君にひと目で恋をして Sweet words of love」を読んでいる人はこの作品も読んでいます