婚約破棄が目標です!
第一章 異世界転生した私 (2)
風邪をひくと、モニカがいつも用意してくれた。喉にもいいからって。
すると胸の奥がほっこりと、温かい気持ちになる。
これはセレンの感情だわ。そう、このお茶、好きなのよね。
美味しい飲み物で喉が潤ったせいか、眉間に皺が寄っていたのが、少しほぐれた気がする。
「先程、フェアラート様がいらっしゃいましたね」
モニカにそう言われたので、静かにうなずいた。
「お茶会は、もうすぐお開きになるそうですよ」
「……え?」
思わず声に出してしまったほど、驚いた。
だってここは私の住む屋敷、フェンデル家だ。そこで行われたお茶会で、私が不在になったので、もうとっくにお開きになっていると思っていた。
まあ、さっき見た彼、フェアラートが上手くやってくれているのだろう。
人懐こい笑顔を見せた彼の姿を、脳裏にえがいた。
しかし、婚約者か……。
いまいちピンとこない。
あんなに整った顔立ちの彼と結婚したら、私の心臓が持つ気がしない。
そこでふと鏡を見ると、さらさらの栗色の髪が光輝く、色白の私。その美しさにびっくりする。
そうだった、私もとても恵まれた容姿だった。思わず自分に見惚れてしまいそう。
やばい、これでは完璧ナルシストじゃないか。
純和風の、のっぺり顔の千沙に見慣れていたので、いきなりは慣れない。
しかし、お金持ちの家に生まれ、イケメンで優しい婚約者に、恵まれた容姿。
貧乏苦学生だった千沙の時よりは、人生はるかに楽そうだなー。
私はこの時まで、呑気にそう思っていた。
やがて夜になり、そろそろお腹が空いてきた。人間、本当に参っている時には、食欲がなくなるもの。こんな状況でもお腹が空くなんて、うん、私はまだ大丈夫だ。
今日は体調が悪い設定なので、夕食は部屋でとることにした。
しばらくするとモニカが、温かな夕食をカートにのせて部屋にやってきた。
さまざまな野菜がじっくり煮込まれたスープに、カリカリに焼かれたベーコンの散りばめられた生野菜のサラダ。そして魚のムニエルに焼き立てのパン。
目の前に並べられた料理に心が踊り、私は手を合わせていただきますと、心の中で呟いた。その仕草を見ていたモニカが、一瞬不思議そうに首を傾げたので、慌てて手を引っ込めた。いけない、いつもの癖ってやつだ。
湯気の出ている温かなスープをスプーンですくって口に運べば、心まで温まる気がする。
バケットに入っていたパンをちぎって頬張っていると、ノックの音がした。
それと同時に部屋に響いた足音は、ひどく荒かった。
「セレンスティア、体調は!?」
部屋に入ってきた人物は私の顔を見るなり、厳しい声を出した。突然のことだったので、驚いてしまい、私は口の中にパンを残したまま、その相手を見つめた。
短髪に、つり上がった大きな瞳が勝気そうだ。背も高く、肩幅も広いガッシリした筋肉質な体格の男性だ。
男性はその場で、腰に手を当て仁王立ちしている。私はまず口の中に入っているパンを咀嚼しようと思い、もぐもぐと口を動かした。
すると男性は、いち早く私の動きに気づいた。
「人と話している時は、食べるな」
は? 吐き出すわけにもいかないでしょうが! そもそも私が食べている時に、勝手に部屋に来たのはそっちでしょう!
命令されたかのような物言いに、ムッとして思わず言い返しそうになった。だが私はぐっとこらえて、大人しく口の中のパンを呑み込んだ。
「庭で転んだそうだな。お前は本当に、そそっかしい。足元も見てられんのか」
なんていうか……。部屋に入ってくるなり、この剣幕。気遣うよりも、私の不注意を咎める発言を繰り返すこの人は、ラウル・フェンデル。──私の兄だ。
多少は心配しているのだろうけど、言い方ってものがあるよな。これじゃあ、伝わらないよ。
ほら、何だかドンドン暗い気持ちになってきた。食欲も薄れてきた。きっとこれは、セレンの感情だろう。
だが今の私は、それに引きずられるわけにいかない。
「だいたいお前は何をやらせても……」
「お兄様、ちょっとよろしいですか?」
私はにっこり笑って彼の話を遮る。マナー違反だろうが、これ以上聞きたくないのだ。美味しいごはんの味が半減するじゃない。
「それは今すぐじゃないと、ダメなお話ですか?」
私が遮ったことに驚いた兄は、口を開けたままだ。それをいいことに続けた。
「私は今、美味しい食事をいただいています。相手の食事の時間に乗り込んできて、いきなり非難するのは、とても失礼なことではありませんか?」
微笑みながら伝えた瞬間、相手は絶句した。
そして意外なことに、隣に控えていたモニカすら、口を開けたまま固まり、私を凝視している。
まずかったのだろうか。だけど私は、この美味しい食事の時間を邪魔されたくないと感じたのだ。
貧乏人は食べられる時に食べる! 骨の髄まで染みついている千沙の根性だわ。
「このお食事は、料理人のトマスを筆頭に、大勢の方が気持ちを込めて作っているはずだわ。この最高の料理の美味しさを、わざわざ半減させるのは、愚かなことだと思いませんか?」
「………っ!!」
「今すぐに聞かなければいけないお話でしたのなら、私も聞きますけれど」
そう言いながら兄を見つめると、彼は悔しげに口端を噛みしめた。
「っ!! もういい!! 後からだ!!」
そう言うやいなや、踵を返し、広い背中を見せた。足音荒く扉まで歩いていくと、そのまま部屋を出ていき、強く扉を閉める。
「乱暴ね」
いなくなった安堵感と、粗野な態度にため息をついていると、視線を感じて我に返る。
視線の元を見れば、モニカが私を見つめながら、目を瞬かせていた。
しまった……。
美味しい食事の時間を邪魔されて、つい頭に血が昇ってしまった。この対応はまずかったか。
「あ、あのね……」
「すごいです! お嬢様!!」
言い訳しようとする前に、急に湧き上がった拍手喝采。今度はこっちが目を瞬かせる番だった。
「いつもはじっと耐えて、私がお声がけしても『いいの』なんて寂しげに微笑まれていたのですが、今日という今日はすっきりしましたね!!」
やっぱり。
今までの私は、兄に言われるがままだったのだろう。
その証拠に言い返している間、心臓がドクドクして、やたら緊張したもの。
だけど、終わってみれば、
「あー、すっきりした」
と思わず本音を吐き出してしまった。
それを見ていたモニカは目を丸くしたけれど、次の瞬間には笑っていた。
「それでいいのですわ」
「うん。なんだか、今までの自分から、変わりたい気分なの」
そうよ。せっかく千沙である記憶が戻ったのだから、精一杯生きるべきだ。
セレンスティアとして生まれたのも、なにか理由があってのことだと思うの。
「婚約破棄が目標です!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
同級生がヘンタイDr.になっていました
-
153
-
-
相愛前夜 年の差社長の完全なる包囲網
-
82
-
-
俺様社長に甘く奪われました
-
33
-
-
極甘ウェディング~ようこそ、俺の花嫁さん~
-
21
-
-
溺愛ハラスメント
-
91
-
-
エリート専務の献身愛
-
28
-
-
ホテルの王子様~再会した憧れの人は御曹司でした~
-
36
-
-
イケメンおじさま社長は、××な秘書が可愛くてたまりません!
-
100
-
-
S系厨房男子に餌付け調教されました
-
40
-
-
婚約破棄、したはずですが?~カリスマ御曹司に溺愛されてます~
-
91
-
-
極上な彼の一途な独占欲
-
38
-
-
強引執着溺愛ダーリン あきらめの悪い御曹司
-
44
-
-
俺サマ御曹司と契約結婚始めました~コワモテなのに溺甘でした~
-
36
-
-
お試し結婚はじめました。イケメン従兄にめちゃくちゃ甘やかされています
-
38
-
-
エリート弁護士と蕩甘契約婚~あなたの全てを僕にください~
-
51
-
-
カタブツ辺境伯は、待てをするのが難しい~なんちゃって悪役令嬢の蜜月生活~
-
108
-
-
昨日までとは違う今日の話 ドSな彼は逃がさない
-
60
-
-
冷酷皇帝の最愛花嫁~ピュアでとろける新婚生活~
-
44
-
-
溺愛社長とウエディング
-
30
-
-
ラブ・ロンダリング 年下エリートは狙った獲物を甘く堕とす
-
198
-