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転生伯爵令嬢は王子様から逃げ出したい

月神サキ

序章 思い出したらTL小説 (2)

「……はあああ」

 特大の溜息を吐いた。吐かずにはいられなかった。

『私を取り巻く世界』通称ワタセカは、同じ作者が書いた大人気BL小説『君を取り巻く世界』──キミセカのスピンオフとしても知られている。BLとはボーイズラブ、つまり男同士の恋愛なのだが、同じ世界観でTLとBLを描くという少し変わった企画だったのだ。元々キミセカの方のファンだった私は作者が好きで、そちらにも手を伸ばしたのだが──。

「ひっどい話だったのよね……」

 話の内容を思い出し、泣きたくなった。

 普通のハッピーエンドならまだ良かった。ただ単に伯爵令嬢の私が、王太子であるレンブラントと恋に落ち、結婚する。これだけなら──まだ受け入れられたかもしれなかった。

 ヒーローだけあって、レンブラントは格好良いし。

 しかし私はどうあってもこの男を受け入れるわけにはいかないのだ。

 それはひとえに小説の内容のせいなのだが──まず、言いたくはないが、まさかのヒーローであるレンブラントがバイセクシャル……両性愛者だという設定がある。冗談みたいな話だが本当だ。よくあるヒロインの誤解で……なんてわいげは全くない。実際に彼の親衛隊の騎士達は全員愛人設定なのだから疑いようもないだろう。……さすがはBL作家。乙女系恋愛小説にまでBL要素を持ってくるとは嫌すぎる。恋のライバルは主に男性となってくるわけだ。

 それだけでも十分すぎるほど恋の相手としては御免こうむりたいのだが、彼との恋愛を拒否したい一番の理由は別にあった。

 ヒロイン──つまり私なのだが、彼女はレンブラントと結婚することに嫉妬した彼の愛人の男達に物語のラスト間近にりんかんされてしまうのだ……。もちろん合意のはずがない。強姦だ。

「あり得ない……」

 しかもそのシーンで処女喪失……。

 再度思い出し、うぷっと口を押さえた。編集の好みか作者の好みかは知らないが、気持ち悪いことに挿絵まであったのだ。先ほど記憶がよみがえって何が一番ショックだったかといえば、その場面を思い出してしまったことに尽きる。

 ヒロインがヒーロー以外に犯されるシーンなんて誰が見たいものか。少なくとも私は嫌だ。

 後になり真実を知ったヒーローは怒りのままに愛人達を処刑し、心身共に傷ついたヒロインに寄り添い結婚して終わることになるのだが……。後書きで作者が『ハッピーエンドで終わって良かった』と書いていたが、ヒロインはショックのあまり最後まで心を閉ざしたままだったし、とてもではないが賛同できないと思ったものだ。

 なんて後味の悪い話だとうんざりした記憶しかない。ワタセカはそんな小説だった。

 私は自分の身体を抱きしめ、ガタガタと震えた。

「い、嫌だ。レンブラントと結婚なんてしたくない。嫉妬した愛人達に輪姦されて心を壊すエンディングなんてごめんだ……王太子と結婚できたからハッピーエンドなんて、そんなはずないじゃない……」

 これがまだゲームの世界に転生! とかならその人のルートに行かないようにしよう、別の攻略キャラを選べばいいのよという話になる。だが恐ろしいことに、私がいる世界は小説なのだ。

 一本しか道がない。一体どうしろというのか。

「怖い、怖い、怖い……」

 震えながらも、必死で頭をフル回転させた。少しでも自分が平和に生き残れる方法を考えるのに必死だった。

 長い時間がち、やがて私はふと顔を上げた。

「……よく考えれば、まだ運が良い方なのかも」

 先ほどまでは、どうしてこんなタイミングで思い出すのだ! と思っていたが、まだ救いはあるのかもしれない。何故なら、まだワタセカの物語は始まっていないからだ。

 もちろんそう言い切れるのには理由がある。ヒロインの伯爵令嬢──私のことだが、彼女は小説の冒頭部で『没落した』伯爵令嬢──と紹介されていたのだ。

 本当に作者は……とことんヒロインをいじめ抜きたかったに違いない。

 普通に伯爵令嬢なら、王太子との結婚に障害はほとんどない。だが没落した令嬢では、嫉妬した令嬢達にいびられる格好のエサとなるのだ。親衛隊の騎士達にいびられ、令嬢達にいびられ……何一つ良いことがない。

「はあ……」

 先を思い陰鬱な気持ちになったが、落ち込むのはまだ早い。だって今のリンテ伯爵家はそこまで裕福ではないものの、没落まではしていない。

 つまりこれからなんらかの没落イベントが起こるのだろう。それを見つけて、華麗に回避してしまえばいいのだ。

「……始まりが違えば、もしかしたら辿たどり着く未来だって変わっていくかもしれないし……」

 何より没落などしたくない。転生したという事実を思い出したとはいえ、私が私であることに変わりはないのだ。今の父と母を私は心から尊敬しているし、愛してもいる。二人が没落して苦労する様など見たくはなかった。

 それに小説でレンブラントは、貧乏にも負けない心優しいヒロインにかれたという描写があった。

 小説のヒロインは、心優しく穏やかな性格。けなげで多少思い込みが激しく、自分一人で抱え込んで我慢する大人しい典型的なTL主人公タイプだ。

 いわゆる何もしない系ヒロイン。

 確かに、前世を思い出す前の私には多少なりともそういう要素があったかもしれない。

 だが、記憶を取り戻した今は違う。記憶ついでに前世の活発な性格まで上書きしてしまった今の私は、大人しいとはもう言えないだろう。

 でもそれでいい。

 性格が違えば、万が一話が小説のように進んだとしても、王太子にれられずに済むかもしれない。もちろん私だって王太子に惚れるつもりは全くない。

 私はベッドから身体を起こし、決意を込めてぐっと拳を握った。

「強姦、輪姦は、前世も今も犯罪なんだから! いくらイケメンで地位が高かろうが、そんな障害を乗り越えてまで結婚なんてしたくない! 絶対、回避してやる!」

 まずは没落回避!

 にも角にも方針が決まってほっとした私は、決戦は明日からとばかりに今日はもう眠ることに決めた。


◇◇◇


「おかしい、何も起こらない……」

 あれから数週間が経った。今のところ、何も問題は起こっていない。

 父も母も普段と変わらず生活しているし、毎日が穏やかに過ぎている。

 あまりに何も起こらないので、もしかして私の勘違いではないか。本当は没落なんて起こらないし、小説の世界に転生なんて私の馬鹿な妄想ではないのかと思い始めていた。かといって、油断はしないけれども。

 そんなある日の午後のことだ。ずっと屋敷に籠もって父と母を監視するといったミッションのせいでストレスがまっていた私は、ちょっとした気分転換にと屋敷内を適当に散歩していた。時折屋敷の侍女や執事とすれ違う。

「おや、お嬢様、お珍しい。屋敷内をお散歩ですか?」

「ええ。屋敷に籠もりっぱなしも良くないでしょう? 少し運動でもしようと思って」

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