高嶺の彼の淫らな欲望 ~エリート課長のイジワルな溺愛~

橘柚葉

プロローグ / 1 (1)



プロローグ



(いる……! 結城ゆうきさんがいる……!!

 今日はバレンタインデー。現在、夜の七時少し前だ。

 今年のバレンタインデーは、なんと金曜日。仕事終わりに恋人たちは愛を語り合い、片思いの人たちはドキドキしながら告白するのだろうか。

 もちろん、そんなリア充の皆様たちのように私も告白しようと意気揚々と数日前まで張り切っていたのだけど……

 現在の私は、後悔と申し訳なさで涙目である。

 会社から徒歩十分の場所にある喫茶店にやってきた私は、店には近寄らずに遠目で店内をうかがう。

 すると、通りに面する席に待ち合わせの人が座っていた。その姿を見て、胸が高鳴るのと同時に罪悪感がありえないほど込みあげる。

 私は持っていたトートバッグをギュッと抱きしめた。私の鞄の中には、彼に渡そうと思って買ったチョコレートが入っている。

 当初は、このチョコレートを渡すつもりで彼を呼び出したのだけど……私が用意したチョコレートを彼が食べることはないだろう。だって、私は鞄に入れたまま逃げ去ろうとしているのだから。

 先ほどから異常なほど鼓動は速くなるし、嫌な汗が背中を伝っているのがわかる。

(よしっ……!!

 グッと手を握りしめ気合いを入れたあと、私は店内に入った。

 目的の場所を先ほど確認しておいた私は、迷うことなく結城さんに近づいて声をかける。

「結城さん、お呼びだてしてしまってスミマセン」

「ああ。お疲れ」

 勢いよく頭を下げた私を見て小さく口元に笑みを浮かべた彼は、いつも通りとても素敵である。本来なら、ここで彼に告白をするつもりだった。だけど、今の私にはやっぱり無理だと思う不安要素が出てきてしまったのだ。

 ここはもう……とにかく謝るしかない。謝り倒すしかない。

 私はもう一度、彼に頭を下げた。

「スミマセン、結城さん。今日お時間を作っていただいたのですが、急用が出来てしまったんです」

「……」

「お呼びだてしたのは私なのに、本当に申し訳ありません!」

 ありったけの謝罪の気持ちを込めて頭を下げたあと、「失礼します!」と叫んで私は逃げるように喫茶店を出た。

(呆れたよね? もしかして怒っているかも……? 怒るよね、呼び出しておいて用事ができたからなんて言って逃げるなんて)

 私はにじむ涙を拭うこともせず、ただ足早に駅へと向かった。

 鞄に入ったままのチョコレートを渡す勇気はやっぱりなくて、小さな箱なのになんだかとても重く感じる。

 心の中で彼に謝りながら、私は必死になってその場から逃げ出した。

 結城さんが、私の背中をどんな表情で見つめていたのか、確認もせずに……





 暦の上では立春とはいえ、まだまだ身体の芯まで凍えてしまいそうな北風が吹き荒れる二月初旬。北風のせいで身体は冷えてしまっているけど、恋愛脳になっている私は心がポカポカだ。

 こんなに浮かれていると両思いにでもなったのかと思われるかもしれないが、残念ながら片思いだ。

 それでも彼の顔を見ただけで心が幸せでフワフワと飛んでしまいそうになるのだから、恋は侮れない。恋というのは、どうしてこうも人の気持ちを浮かれさせてしまうのだろうか。

 とはいえ、気持ちの浮き沈みが激しいのも恋の特徴なのかもしれない。

 特に、私みたいな恋愛にまったく免疫がなく、片思いで浮かれている典型的な恋愛初心者には顕著に表れるものだ。

 そんな日常の一コマによくある出来事。だけど、本当は奇跡に近い出来事だって薄々気づき始めた。

 周りを見回したって、恋や愛に溢れている。だけど、こんなにたくさんの男と女が世界中にいて、たった一人と巡り会う奇跡。よくよく考えれば、すごいことなんじゃないかなぁと。

 そんな奇跡を手にした私は、幸せだなぁとしみじみ思う。もちろん、何度も言うけど両思いではなく、片思いだけど。

 マフラーを巻き直し、私はみぞれ交じりの風にも負けじと足を進める。

 オフィスビルを出て駅前へと向かうと、そこはバレンタインデー一色の景色になっていた。

 ピンクや赤、ハートなど、愛に満ちた光景を見るのは心躍るし、ワクワクもする。

 私は、店先に並べられたチョコレートの箱を眺めながら、どんなチョコを買おうかと真剣に悩み始めた。


 私、牧瀬瑠まきせる。二十四歳、独身。

 大学を卒業後、国内大手飲料メーカーに就職して人事部に配属された。

 私は人事部の中でも社員教育促進課に籍を置き、社員の意識向上やキャリアアップ研修などのサポートをしている。

 入社してもうすぐで丸二年。あっという間の二年だったが、実りのある二年だったとも思う。

 まだまだ諸先輩たちに比べたら足元にも及ばないことはわかっているが、仕事は一生懸命やっているつもりだ。

 基本のんびり屋だが、〝継続は力なり〟を合い言葉に地道に仕事を覚えている真っ最中である。

 身長一五五センチと小柄な体型で、理想は出るとこは出て引っ込むところは引っ込むという完璧なプロポーションだが、食べることが大好き! でも、運動は苦手! な私には現状維持するだけで精一杯だ。

 顔は可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。

 黒目がちな目は大きくクリッとしていることもあり、下手をすると未だに学生と間違われることがある。

 もう少し見た目だけでも大人っぽくなりたいなぁとは思うのだが、なかなか道のりは険しい。

 そんなこともあり、セミロングの髪を最近カラーリングしてちょっぴり明るめにしてみた。

 そして、デジタルパーマなるものにも挑戦。人生初のウェーブだ。

 ゆるふわ感がでていて自分的には少しだけお姉さんっぽくなったんじゃないかなぁと思っている。

 しかしながら、大人っぽく見えるようになったかと問えば『うん、牧瀬ちゃんは可愛いよ』となんともお世辞っぽい返答ばかり。その上、誰も大人っぽく見えるようになったとは言ってくれない。悲しすぎる。そして、私の周りは正直者ばかりである。

 こんなふうに努力をしても子供っぽく見られがちな私は、今まで男性とお付き合いした経験はない。

 その前に、恋をしたという経験があまりなくて、恋人を作る以前の問題を抱えている。

 思い返せば、初恋も高校生の頃だったから周りに比べてかなり遅かったような気が。

 何より初恋もただ憧れを抱いて心の中でキャアキャア騒いでいただけで、なんの発展もなかった。

 その初恋も好きな男の子と私の生活環境が変わり、いつの間にか気持ちは風化してしまう始末。もちろん、付き合うなんておろか、告白することもなく儚く終わった。

 そんな淡い初恋を経験後も、とくに男性を意識する経験は皆無だ。

 しかし、今は違う。好きな男性ができたのだ。

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