残り物には福がある。

日向そら

一、召喚されてみたけれどこの扱い (2)

 お偉い宰相相手に、思わずそう聞き返していた。かなり失礼な反応だったけれど、間違いなく聞こえたであろう宰相はそれをれいに流した。そしてせわしなく顎ひげでながら言葉を続ける。

「ジルベルト・シュバイツァー・グリーデン伯爵です。先の騎士団団長でそれはもう立派な方です。このたび辺境伯の位を跡目に譲られまして、王都に居を構えて下さることに」

「知ってます!」

 淡々と説明し始めた宰相の言葉を叫んで遮る。

 グリーデン伯爵とは──。

 先代の王の右腕として戦乱の時代に活躍し、数え切れないほどの軍功を収めた剣豪である。軍神とまで呼ばれ恐れられる彼だが、戦に敗れた敵国兵士や民を決して虐げることなく、自国民と同等に扱うことで有名になった。騎士の中の騎士として知らない人はおらず、彼を主人公にしたサーガは百を越えると言われている。

 そしてその活躍に男爵から伯爵の地位を授与され、王都での優雅な生活も思いのままだというのに、あえて紛争の多い国境付近の領地を賜り辺境伯となったのである。

 その後二国に面したその難しい土地を平定し整え、貿易の中継地点として発展させたことから、統治者としての能力も高く評価されている。しかも性格は温和でおごったところもないという。

 そんなすごい人が王都へ帰還したということを、うわさうとい……というか興味もないわたしですら前から知っていた。

 いやないよ! むしろこんな人実在するなら、なんちゃって神子なんて必要なくね?

 初めて彼の話を聞いた時に、そう呟きながら枕の羽根をむしってしまったのも仕方ないだろう。

 経歴だけで言えば、なんちゃって神子のわたしの伴侶なんてもったいなさすぎる。が。

「……おじいちゃんですよね」

「はて、なんでしょう。ワタクシ最近とんと耳が遠くなってしまって」

 うそつけ。

 いや、先代の右腕っていうんだから、どれだけ若くても六十は過ぎている。一体年の差どんだけ! 心の中でそう突っ込みながら、わたしは小さくためいきをついて口を開いた。

「そもそもそんな理由作ってくれなくても、お城から出て行って適当に暮らしますから、大丈夫ですよ」

 散々特殊能力なんてないって言ったのに、きっと近い内に! なんて言い続けた手前、宰相も城から出すにはそれなりの理由がいるのだろう。……ちっとも目ぇ合わせてくれないし。

 しかし言うに事欠いて六十オーバーのおじいちゃんに嫁げとか、どんな嫌がらせだ。

 でもタイミングはよかったかもしれない。本当は自分の家が欲しいけど、条件のいい家が見つかるまで、小物屋さんの奥さんに頼んで下宿先を紹介してもらおう。最悪安い宿屋に連泊してもいい。

 黒目も黒髪もこの世界では珍しくないから、問題なく庶民Aとして埋没できるだろう。

 そろそろタダ飯食らいも心苦しくなってきたところだった。

 独り立ちの段取りを考えながら、後ろに控えていた侍女のリンさんに荷造りを手伝ってもらおうと視線を向けたその時、宰相が慌てて首を振った。

「お待ち下さい! グリーデン伯爵に嫁ぐのは王命です。街に下りるなんてとんでもない。それにまだ貴女あなたが能力なしと決まったわけでは──」

 ああ、なるほど。

 必死に言い募る宰相に白けた視線を送って溜息をつく。

「ああ。保険をかけておきたいのですね。どさくさに紛れてナコ様が国外に出た時に能力が覚醒したら、その国と所有権でめますから。ナコ様、こんな汚い大人になってはいけませんよ」

 お茶をれていたリンさんが、後ろからそう突っ込んだ。まぁ所有権うんぬんまでは思いつかなかったけど、おおむねわたしの考えと同じなので口は挟まない。

 向き直って見た宰相の拳はぷるぷると震えていた。

「リン! お前は……っ!」

「お祖父じい様、また血圧が上がりますよ」

 あー始まった、祖父孫喧嘩……とでもいうのだろうか。そう、リンさんは宰相の実の孫でれっきとした貴族のお嬢様なのである。だからこそ宰相のサイン入りのお城への特別通行証をリンさんが持っていて、それをわたしがこっそり拝借して街をはいかいしているのだ。多分門番の人はわたしのことをリンさんの補佐をする女中だと思っている。実際逆なんだけどね!

 なんでそんな偉い人の孫娘がエセ神子の侍女なんかやっているのか、って不思議に思うだろうけど、これは正直わたしじゃなくリンさん側の事情だ。わたしの自立を手伝ってくれていることから何となく分かるだろうか。リンさんは美人だけどかなりの変わり者なのである。

 宰相並びに両親が行儀見習いのために、リンさんを無理やりお城に上がらせたものの、仕事及び礼儀作法は完璧なのに、歯にきぬ着せぬ物言いのせいで、後宮で数々のトラブルを起こしたのだという。

 本来なら祖父は宰相という身分から、正妃の侍女どころか正妃候補になってもおかしくないくらいであるリンさん。そんな高い身分であるがゆえに人事を決める侍女長も扱いに困り──その結果、ちょうどなり手がいなかったわたし付きの侍女に回されたそうだ。神子だけど能力もないみたいだし、多少失礼なことしても構わないよね、という感じで配属されたらしい。

 ちなみにそんな事情を教えてくれたのは当の本人であるリンさんだ。……あ、はいはい。なるほど。ソレわたしに言っちゃいますか、とその理由に一発で納得してしまった。

 個人的には最初はなんかキツそうな美人がきたなー、と思ったけれど、彼女が発する言葉は毒舌だけど見方を変えた真実であって噓ではない。陰でコソコソ言われるよりずっとマシだ。

 配属されてからはずっとそばにいてお世話してくれるし、食事の支度はもちろんのこと、ベッドメイクやらだしなみを整える仕事ぶりは完璧。なによりわたしの自立計画にも支援と協力をしてくれるので、時々毒舌に心が折れそうになるけれども感謝している。

「大体お前が女らしさの欠片もなく、一向に婿も見つからんから城へ奉公に出しとるのに」

「老い先短いお祖父様のお願いですから聞いて差し上げたのですが、正直後悔しています」

「何を言うんだ! まだまだわしは死なんぞ! お前に年寄りをいたわろうとする気持ちはないのか!」

 もはや恒例となったおじいちゃんVS.孫の戦いだ。

 うん。確実に宰相はリンさんに会いに来てるよね。

 なんだかんだ言って孫が可愛いんじゃないだろうか。ほら、あるじゃん。鬱陶しがられてもいいから会話したい、みたいな。

 でもうるさいし、できればよそでやって欲しいなー。

 そんな二人のやりとりを欠伸あくびしながら眺めていたら、キレて勢いを増した宰相に詰め寄られ、グリーデン伯爵への嫁入りを無理やり了承させられた。しかも嫁入りまで十日という短さにさすがのわたしも顔が引きる。

 ……これはもう夜逃げしかないだろう。

 お金も工面できたし職も見つかった。逆にこんなきっかけでもなかったら、なかなかここから出る勇気は持てなかったかもしれない。

 新しい生活はちょっと怖いけれど楽しみでもある。ずっと一緒にいてくれたリンさんと離れるのだけは不安で寂しいけれど、こんなだだっ広くて誰もいない城より、うるさいくらいにぎやかな街の方がいい。もとよりただの庶民だし、お城暮らしより自分には合っている。


 ──しかし、そんなわたしのささやかなセカンドライフを邪魔するごわい敵が、あろうことかすぐ側にいたのである。

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