転生男装王女は結婚相手を探さない

月神サキ

序章 思い出したらBL小説 (3)


◇◇◇


「いやああああ……」

 ほんの半年前の出来事を思い返し、もう一度私は頭を抱えた。本当に泣きたい気分だった。

 何故って、母から提示された新たな婚約者候補────三人いたのだが、彼らは全員、先ほど言った通り主人公テオのハーレム要員ばかりだったからだ。

 公爵家嫡男に宰相の長男、魔法師団団長の二男。

 さすがわざわざ母が賭けの褒賞として選んだだけの事はある。

 皆、顔も実力も一級品の文句のつけようのない人物であった。

 だが、残念な事に見事に全員が全員、BL小説『君を取り巻く世界』の主要登場人物だったのだ。……おう、なんという事だ。私、運が悪過ぎる。

 BL小説『君を取り巻く世界』通称キミセカはフロレンティーノ神聖王国の女王が理事を務める王立魔法学園に入学してきた主人公テオ・クレスポと、学園執行部の面々とのいちゃいちゃハーレムコメディである。

 かなりの人気作で原作の小説は何冊も続いていた筈。

 私も愛読していたのだが、途中で買うのをめてしまったので最後まで話を知っている訳ではない。

 だが、最低限の主要登場人物くらいは覚えているし、大体話はまだ始まってもいない。物語が始まるのはこれから一年以上先、私がこの学園の最高学年になってからの事なのだ。

 ちなみにその三人の他に、私もハーレム要員として名を連ねている。

 とはいっても、他の三人とは少し毛色が違う。

 主人公と彼らが良い雰囲気になったところを邪魔する役目を主に担い、なお且つ、執行部の他のメンバーにも色目を使うという、物凄く嫌な、最低なやつなのだ。当然の事ながら、皆からは相手にされていなかったが。

 容姿は金髪へきがんで王子様のような見た目のくせにそんな有様。

 正直私も大嫌いだった。……だが、今なら彼の行動の理由がわかる。

「そう……、レジェスって実は女で、婚約者探しに必死だっただけなのね……」

 彼が男だと思っていたから、単に節操のない嫌な奴だと思っていた。でも彼が女性だという事は、テオと彼らの邪魔をするのも、どちらかというと嫉妬だった……という線が濃そうだ。

 テオと行動を共にする事が多かったのも、テオが好きな訳ではなく、自分の婚約者候補である彼らと二人きりにさせたくなかったため。ああ、なるほど。

 納得しながらも深いため息をついた。

「我が事ながら必死過ぎて痛いわ……」

 余程フェルナン王子と結婚したくなかったのだろう。

 それでもレジェスが実は王女だという条件が加わっただけで、彼の一つ一つの行動が別の意味を持ち……目を背けたいくらいつらくなる。

 結局彼が卒業してどうなったのかは────残念ながらそこまで読んでいないのでわからない。

 だが────。

「もう……いいわ。フェルナン王子で」

 考えているうちに、諦めがついた。

 どうせ頑張っても、彼らは私に振り向かない。

 そしてもう一つ、大事な事を思い出した。

 それは、彼らは三人とも容姿実力共に素晴らしい人材なのだが、実は性格に問題を抱えまくっているという点だった。

 冷静になればわかる。万が一彼らと恋人になれても、きっと私は幸せになれない。

 小説を読んでいた私は、彼らの事を十二分に知っている。彼らがゆがんでいるかを。

 言いたくはないが、彼らは皆どこかヤンデレ気味なのだ。

 時折見えるテオに対する異常なまでの執着心。

 ハーレムの筈なのに、テオをどうにかして独り占めしようとする心の狭さ。

 彼らが三すくみ状態だったからこそなんとかなっていたのだろうが、一つでもバランスが崩れれば、多分あのハーレムは崩壊。おそらく彼らのうちの一人が(早いもの勝ちだろう)ここぞとばかりにテオをさらって、それこそ監禁でもする筈だ。

 二次元で見ている分には「いいぞ、もっとやれ」と楽しかったが、自分にとって現実となった今、とても相手にしたいとは思えない。

 アレらと愛を育み恋人同士になる? はっ。ごめんだわ。

 ヤンデレなんて絶対に嫌だ。

 その点、フェルナン王子は違う。

 確かに容姿が酷いだの、太っているだの話は聞くが、性格が悪いという噂は一度も聞いた事がない。これだけ悪評判が立っているのに性格だけ悪く言われないという事は、おそらく本当に問題ないのだろう。

 それなら、もしかしなくても彼と結婚する方がよっぽど幸せになれるのではないだろうか。

「そうよね。それに、太っているならダイエットさせればいいだけの事だわ」

 不細工だという噂も、まあいいだろう。

 太っているせいでより酷く言われている可能性は大いにあるし、別にイケメンじゃないと嫌だなどと言ってごねるつもりもない。不細工なら他の女に目をつけられにくいから、結婚後の浮気の心配もしなくて済む。浮気ダメ、絶対。

 考えれば考える程、フェルナン王子と結婚しておく方が良いのではないかという気がしてきた。

「……うん。決めたわ。私、フェルナン王子と結婚する」

 口に出してしまうと、すごく気が軽くなった。

 それだけ今まで自分が必死だったからなのだろうが、どれだけ無理をしていたのかとちょっとツッコミをいれたくなってしまう。

 そして楽になってしまうと、むくむくと湧き出てくるのが、前世の自分がもっていた腐女子魂であった。

「そうか……キミセカをリアルで観察できるのね」

 途中で買うのは止めてしまったが、好きだった小説。それを観察できるのだ。

 それも、間違いなく特等席で。なんだかとても心ときめく展開だった。

「テオを取りあう男達のやりとり。いちゃいちゃハーレムをこの目で見られるのね……素敵、ご褒美過ぎる。えるわ」

 想像してみてよだれが出そうになった。ヤバい、是非直接観察したい。

 自分の恋人にしたいとは全く思わないが、容姿端麗な彼らが繰り広げる萌えの世界は、さぞや私の腐女子心を満足させてくれる事に違いない。

「これは、なんとしても卒業まで在籍せねばならないわね!」

 できるだけ長く彼らのいちゃいちゃを楽しみたい。それには卒業までこの学園に在籍している必要がある。元々賭けに負ければ、フェルナン王子との結婚は卒業式後と聞いていたから丁度いい。

 賭けを続けている振りをして、卒業までこの学園で過ごそう。そしてその後は大人しく彼の元へ嫁げばいい。

「完璧。卒業後の進路まで完璧だわ」

 すっかり肩の力が抜けた私は、小躍りでもしたい気分で立ち上がった。はやこの部屋に戻ってきた時の悲壮感など、どこにもなかった。

 昔のBL好きの腐女子だった自分までうっかり取り戻してしまった私は、来る先を思いうっとりと妄想にふけったのであった。

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