転生男装王女は結婚相手を探さない

月神サキ

序章 思い出したらBL小説 (2)

 公の場にあまり出てこない彼の噂は私でも知っている。

 召喚魔法の大家であるエステバン王国の中でも図抜けた才能を持つ王子。高位の召喚獣と契約を交わした事でも知られるが、それ以上に捨て置けない噂が彼にはあった。

 それが────物すごく太っていて、顔は目を背けたくなるような醜悪さ、というものだ。

 もちろん噂だとはわかっている。だが、さすがにそんな話を聞かされて、年頃の女が彼に対して好印象を持てる筈がない。それは私も同じだった。

 私は震えながらも母に再度確認を取った。

 にわかには信じられなかった……いや信じたくなかったと言った方が正しい。

「お母様……本当に……彼、なのですか?」

「そうよ、不満?」

 あっさりと肯定された。

 どうやら聞き間違いではないらしい。

 誰もが嫌がるフェルナン王子を婚約者に宛てがうなんて、私は母に嫌われているのだろうかと一瞬真剣に考えてしまった。

「不満というか……他にも候補はいたと思うのですが。彼なのでしょうか」

 国内の適当な貴族に降嫁させるという話もあった筈だ。

 王子ならそれこそ他国からの縁談がきていた事も知っている。なのに、何故。

 母は当然のように言い放った。

「勿論、彼があなたに相応しいと思ったからよ。試しに打診をしてみたら、先方も随分乗り気でね。婚約は問題なく整ったわ」

「そ、そうですか……」

 うなずくだけで精いっぱいだった。

 そりゃあ向こうは乗り気だろう。

 今やこの大陸でナンバーワンの結婚したくない王子として有名な彼だ。他に縁談などある筈がない。飛びつくに決まっている。

 自分が、悪評判の王子に嫁がねばならない事に絶望すら感じた。

「……あらあら、随分と悲壮な顔をしているわね、アリシア。そんなにフェルナン王子との結婚は嫌?」

「許されるのであれば……お断りしたいです」

 そんな自由が許されていないのは重々承知だが、つい本音が漏れた。

 ぽつりと呟いた私を見て、母はうふふと笑う。

「正直ね。でもまあ、わからないでもないわ。私も別にあなたへの嫌がらせでこんな事を言っている訳ではないのよ? きちんと考えあっての事。でも、そうね。あなたがどうしても嫌だと言うのなら……一つ賭けをしましょうか」

「賭け……ですか?」

 突然提示された聞きなれぬ言葉に、首をかしげる。母が何を言いたいのかわからない。

 母は一つ頷くと、肘掛椅子からゆっくりと立ち上がった。

 今日着ている真っ赤なドレスは、母の豊満な身体からだに沿うように作られており、よく似合っていた。高く結い上げられた金髪は美しく、女官達の手入れのお陰なのか、肌もみずみずしさを保っている。

 立ち上がった母はこちらに向き直り、私に向かって命令する。その様は女王というに相応しかった。

「王立魔法学園。今からあなたは、そこの生徒として学園に通いなさい。その中で相応しい男性と愛を育む事ができればあなたの勝ち。あなたが勝てば、女王たる私が全ての責任を持ってフェルナン王子との婚約を破棄し、その男性と結婚する事を認めてあげます。賭けの期限は学園卒業まで。今からなら……そうね、まだ二年半くらいあるかしら。十分よね?」

「え……王立魔法学園……ですか」

 まさかそんな事を言われるとは考えてもいなくて反応が遅れた。

 予想外過ぎる言葉に目を見開く。いや、ありえない、だってあそこは。

 言い返す前に、母が次の言葉を紡ぐ。

「さすがに誰と恋に落ちてもいいとは言えないから、候補はこちらで用意するわ。彼らの名前はあなたには教えるけれど、向こうには王女の婚約者候補としてあがっている事は秘密にする。自分で口説き落としなさい。とにかくその候補の男性の誰か一人と恋人同士になる事ができればあなたの勝ち。……簡単でしょう?」

「待って、待って下さい、お母様! 無理です! だって魔法学園は女子禁制の、男子校です! 私には行けません!」

 私は慌てて母に取りすがった。

 そうなのだ。母が言う、魔法学園は女子禁制。れっきとした男子校。女である私が通える訳がない。

 必死で言い募る私に、母は気に留めた様子もなく言ってのける。

「だから面白いんじゃない。性別を超えた愛! いいわあ。禁断愛だと悩み極限までおもいを抑えていたのに、実はそうではなかった! こういう展開って相手の男性も燃えると思うのよ。きっと愛が深まるに違いないわ」

「お母様……」

「あなたの身分は疑われないものをこちらで用意します。大丈夫よ。あなたは男装がとても映えそうな顔立ちをしているもの。学生寮から通ってもらう事になると思うけど、あそこは個人部屋だから同居人にばれるという心配もないわ」

 男装────。母の言葉にほおが引きつった。

 母は、私に男装して男子校である王立魔法学園に転入して卒業まで過ごせと、そう言っているのだ。

 確かに私は父に似たのか女としては背が高いし、顔立ちも割と中性的ではある。

 髪は長いが、後ろで一つに束ねればいいだけの事だし、長い髪の男性は多い。切る必要はないだろう。

 だが────。

「無理です。お母様。どうしたって不自然が生じると思います」

「そこはあなたの努力次第じゃなくて? 勿論あなたがギブアップした段階で、賭けはおしまいにしてあげるわ。引き上げてもらって構わない。ただし、最初に言った通りフェルナン王子と結婚してもらいます。相手が見つからなかった場合もそう。卒業式が終わればそのまま輿こし入れ。それは覚悟しておいて頂戴。こちらにも都合というものがあるの」

 最後の言葉がやけに冷たい響きを帯びていた。

 こくり、と喉を鳴らした。

 母は冗談を言っている訳ではないのだと嫌でも理解した。

 そして、馬鹿げた賭けを持ち掛けてきているが、これが母にできる最大限の譲歩だという事もわかってしまった。

「……わかり、ました」

「私との賭け、受けるのかしら?」

 勝てば、王子との婚約は破棄してくれる。負ければ輿入れ。この賭けを受け入れなくてもどうせ結婚する事になる。それなら少しでも可能性がある方が良いと思った。

 母と目を合わせ、意思を伝える。

「はい。────受けます」

 なんとしても、母の提示した候補者の一人と恋人同士になってやる。どんな候補者でも、フェルナン王子よりはマシな筈だ。

 自分にそう言い聞かせながら、強く決意する。

 母がにんまりと笑った。

「なら、賭けは成立ね。精々頑張りなさい」

「はい」

 もう、引き返せない。私は固く頷いた。


 ────かくして私は、父と縁戚関係のある他国の公爵家の二男『レジェス・オラーノ』を名乗り、なんの因果か男装して、王立魔法学園に転入する事になったのだった。

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