転生男装王女は結婚相手を探さない

月神サキ

序章 思い出したらBL小説 (1)




   序章 思い出したらBL小説


 ────うそでしょ。

 どうしよう、泣きたい。


 現状を理解した私が、真っ先に思ったのがそれだった。

 私────アリシア・フロレンティーノが今いる場所は、王立魔法学園の学生寮内にある自分の部屋だ。そんなに広い訳ではないが学生として必要最小限のものはそろっていて、シャワーやトイレも完備された個人部屋。

 その部屋の隅に備えつけられた勉強机に突っ伏したまま、私は一人うめいていた。

 思い出すのも恥ずかしいが、つい先ほどまでの私はといえば、目をつけていた男たちに見向きもされず、それどころかひどい言葉を投げつけられてしようぜんとしながら部屋に戻ってきたというもの。

 おかしな話だが、それだけならいつも通り。なんという事はない。

 ────だが。

 今日は今までとは違った。

 部屋に入った途端、突然耐えがたい頭痛に襲われて床に膝をつき、ようやく治まったと思ったら、今度は恐ろしい量の情報が頭の中に湧き出てきたのだ。

 小説、転生、BL────。

 訳のわからないはずの言葉達。

 なのにそれらは私の中で全く違和感なく落ち着いた。

 それどころかそれらの言葉の意味までをも理解していた。

 その情報を自分の中で整理して、なんとか落ち着いたのがたった今。

 ────正直、信じがたい事実に涙がこぼれそうである。

 噓みたいな話だが、どうやら私は先ほどの頭痛で、いわゆる前世というものを思い出してしまったみたいなのだ。

 前世の私は、地球という星の日本という島国に住む、単なる一般人の女性。

 今いる世界とは常識も何もかもが全く違う、魔法ではなく科学が発展した、そんな世界だった。

 ああ、うん。噓だと思うのならそれでもいい。だが、最後まで話を聞いて欲しい。

 つまり、私が何を言いたいのかというと────理解したくもなかったが、なんと私はいつの間にか異世界転生を果たしていたらしいと、そういう事なのだ。

 ────ははははは、実に馬鹿らしい。

 だが、衝撃はそれだけにとどまらなかった。

 恐ろしい事に、私が得た知識では────ここはなんとBL小説の世界みたいなのだ。

 私が前世で一時期はまっていたBL小説『君を取り巻く世界』というタイトルの。

「ありえないわ……」

 ぽつりとつぶやく。

 どう考えたってありえない話だ。

 転生した先が、まさかBL小説の世界だったなんて。

 だが、現実はどこまでも無情だった。

 存在する国、人物。色々なもの全てが、それが事実だという事を示していたのだ。否定する要素の方が少なければ、もうどうしようもない。

 結局、私は認めるしかなかった。

 ここがBL小説『君を取り巻く世界』の世界で、しかもよりにもよって、私自身も登場人物の一人として転生してしまったという事実を。

 そう、BL小説。

 大事な事だ、もう一度言おう……BL小説だ。

 ありていに言うと、ホモ。昔風に言うと族。ヤヲイ。男同士の恋愛を描いたもの。

 そこに女はいらない。当たり前だ。

「……最悪。こんなの絶望的じゃない」

 がつんと額を机に打ちつける。

 今までの自分の行動を思い出せば、呻く以外なかった。

 よりにもよって女である私が、その小説に出てくる主人公のハーレム要員の男達を落とそうと必死になっていただなんて。あまりにも馬鹿過ぎる。

 彼らはいずれ入学してくる主人公、テオ・クレスポのために用意された登場人物達なのだ。しかもBL小説なのだから当然皆、同性愛者(多分)。

 私がいくら頑張ったってどうしようもないではないか。

 とはいっても私は今男装────男の振りをして、この学園に通っているので彼らから見れば十分恋愛対象になると思うのだが。

 それでも、と思う。

 BL小説の世界というだけで、最初から私に勝ち目などなかったのではないだろうか、と。

 私は遠い目になって、半年程前の事を思い返していた。


◇◇◇


「お呼びでしょうか、お母様」

 突然の母からの呼び出し。母はいつも仕事で忙しく、急な連絡を受ける事も良くあった。

 呼び出された先は母の私室。珍しくのんびりした様子の母は、お気に入りの肘掛け椅子に座ったまま、私に向かって手招きをした。

「アリシア、こちらへいらっしゃい。良い話があるのよ」

 南側に設けられている母の私室は明るく広い。

 部屋の壁布は母の趣味で淡紅色の布張りが採用されており、宮廷絵師が描いた作品がいくつも掛けられている。天井は幾何学模様のせつこう細工。有名な職人が何年もかけて手がけたライティングテーブルや、緻密な彫刻が施された白大理石の暖炉は正に芸術品というに相応ふさわしい。

 全体的にキラキラして派手な印象の部屋。

 その中にいても一際輝きを放つ私の母は、このフロレンティーノ神聖王国の君主。

 魔法大国とうたわれ、特に回復魔法が発展したこの国の女王なのだ。

 そして私はその娘。いわゆる王女と呼ばれる存在であった。

 母の招きに従って近づきながらも、実際のところ、私はかなり警戒していた。

「良い話……ですか」

 嫌な予感がする。女王としてこの国を治める母は、君主としては非常に優秀だが、残念ながらとても厄介な性格をしているのだ。

 そんな母はすこぶるつきの笑顔を見せてきた。四十過ぎの女性には見えない、若々しい笑顔だ。

「ええ、そうよ」

 ……うん。とても機嫌が良さそうだ。

 だが、その笑顔の中に黒いものが混じっているように見えるのは気のせいだろうか。

 また何かよからぬ事をたくらんでいるに違いない。すぐにそう気がついた。

「お母様、何度も言うようですが……」

「あなたの婚約者を決めたわ」

「……は?」

 周囲を困らせるような事はしないで下さい────。

 そういさめようとした私に、母は特大の爆弾を投下してきた。

 告げられた言葉の意味を愚かな事に、私は一瞬理解できなかった。

 ……あまりにも予想外過ぎて。

 ぼうぜんとする私をに、母は美しい笑みをたたえたまま話を進めて行く。

「お相手は、あなたもうわさくらいは知っているでしょ。隣国の、エステバン王国の王太子。フェルナン王子よ」

「え……」

 母の提示した婚約者の名前を聞いて、我に返った。

 フェルナン王子? よりにもよって私の婚約者は彼だというのか。

「フェ……フェルナン王子、ですか……」

「あら、アリシア、嫌なの?」

 思わず顔をしかめた私に、母が実に楽しそうな声音で聞く。

 私が嫌がるのを十分理解しての縁談だという事がそれだけでわかった。


 ────エステバン王国の王太子。フェルナン王子。


 隣国の王太子として生まれた彼は私と同じ年。

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