ポーション、わが身を助ける

岩船晶

第一章 ポーション (1)


第一章 ポーション



 結局日が沈むまで歩き回って分かったことは、この街が壁で囲われていて、その東西南北に門が設置されていること。街には門に向かって十字を切るように一番太く大きな道があって、そこから枝分かれした大小様々な道が沢山広がっていた。

 大きな道ではたまに馬車が走っていたり、軽装や重装など様々だが武器と呼べる物を男女にかかわらず持っていて、もちろんその中にはトカゲや獣の耳の生えた人たちがいた。

 私は街の中心にある、十字の交差点近くの広場で立ち止まった。ぐぅっと腹の虫が鳴いたが、歩き回るのに一生懸命で、もう何度となく無視をしていた。

 すでに辺りは薄暗く、人もまばら。西と思われる方角の空にうっすらと見えるオレンジ。人が沢山いてにぎわうお店の明かりや、民家から聞こえる子供のはしゃぐ声とは逆に、自分の心は暗くなるような気がした。

 設置してあったベンチに座り、やっと足を休めると、疲れがどっと全身を覆い、大きく息をついた。

 何か食べる物を持っていなかったかと制服のポケットを探す。

 あったのは胸ポケットの学生証。くもかえで、私の名前だ。同じく胸ポケットにあったのは、携帯電話が使えなくなった時、公衆電話を使うための数枚の十円玉だが、これで何か出来るとも思えない。

 リュックサックをひざに乗せ、中を探ると、教科書や筆記用具などの勉強に必要な物や携帯電話が入っている。携帯電話の存在をすっかり忘れていた。何故思い出せなかったのか、早いところこれで助けを求めなくてはと、リュックサックの中から携帯電話を引っ張り出し、電源ボタンを押した。しかし液晶の通話ボタンに指を触れる前に、画面上部の電波の有無が目に入り、動きを止めた。

「圏外……」

 その小さな二文字は、この携帯電話が使い物にならず、そして助けを求めることすら出来ないことを私に知らせていた。唯一の連絡手段がこれではどうしようもない。

 口に入れられる物はペットボトルのお茶しかなかった。お茶を一気に飲み干しのどを潤すが、空腹までは満たされない。

 お菓子の一袋、せめて飴玉の一つでもなかったかと、リュックサックの口を大きく開いた時、一冊、見覚えのない本があるのに気がついた。

 どこかで本を借りた記憶はない。いつ紛れ込んだのかとその本を取り出してみた。

 それは厚くて硬いさび色の表紙をしていて、五センチほどの厚みがあり、表紙にも背表紙にも何も書かれていない。不思議に思い適当にページの中ほどを開いてみるが白紙。次のページをめくってみるがそれも白紙。紙一枚一枚が少しゴワゴワしていて厚く、インクの一滴でも垂らしたらすぐににじんでしまうだろう。

 本当になんの本なのか気になり、一ページ目へと戻った。

 表紙の裏に何か書かれている。普通、本の表紙の裏に何か書かれているものだろうかと思いながら、十分な明かりがないためにぐっと顔を近づけ、なんとか読み取った。


あなたは私のわがままで選ばれました。ゲームのように楽しんでください。

しかし死ぬこともありますし怪我けがもします。

レシピを活用して生きてください。

売れます、頑張ってください。

バロウより  


「バロウ、より?」

 普通に考えれば人の名前だ。そして「私のわがままで選ばれました」という一文。

 この人が私をここへ運び、この本を持たせたのだろうか?

 それにしてもゲームのように楽しんでくださいとはどういうことか。思い出すのはトカゲの姿をした人や、獣の耳や尻尾のある人たち。

 確かに、ゲームにはああいった人たちが出てくる物が少なくない。しかし私にとってこれは現実であるし、本に書かれたメッセージにも、死ぬこともあるし怪我もすると書いてある。

 どうやら手書きのようだが、このほかにも何か書かれてはいないかとページをめくる。

 白紙を一枚挟んで右側に「薬」と、確かにそう書いてある。ページの中心に指三本で隠せるほどの大きさの文字だが、一体なんのことだろうか。

 更にページをめくると、縦に三つ、色のついた液体が入った四角いビンの絵が描かれていて、それぞれの横にレシピ、というか材料と思われるものが書かれている。

 緑色の液体が「ポーション」で、青色の液体が「ハイポーション」、黄色の液体が「マキシマムポーション」であることが名前から分かった。

 パラパラとページをめくるとしばらく白紙が続き、またページの中心に何か書かれているのを発見する。今度は「武器」と書かれていて、隣のページには「ダガー」とある。

 それ以降また白紙が続き、途中にまた出てきた「防具」の次のページには「布の服」。

 あとは「?」が数個あるだけで、すべて白紙だった。

 もう何も記載はないかと見ていくと、最後のページに何か書いてある。

 今までとは違って細かい字だ。


 この本の物を作るには材料を揃えて「生成」と唱えてください。


 材料を揃えて「生成」と唱える。これはなんだろう。

 この本の物、というのは、先ほど見たポーションや布の服などだろう。

「薬」のページへ戻る。

 ポーションに必要な材料は、横に書かれた草と水。これを集めて「生成」と唱えれば出来るのだろうか? 魔法みたいに?

 そのほかハイポーションに必要な材料はアオギリ草と清水、マキシマムポーションが天龍草と妖精の水。

 ポーションというのが、ゲームや読み物で得た知識と相違ないのなら、どんな物かは知っている。

 もう空は真っ暗。わずかに見えていたオレンジ色はどこにもない。この広場を歩く人だってさっきよりグンと減っていて、見れば周辺のどこの民家の窓からも明かりがこぼれている。

 街灯なんてものがないここでは自分のつま先さえまともに見えなくて、手元の本も暗くてほとんど見えなくなり、ぱたんと閉じた。

 結局この本に書いてあるのはポーションなどを作るための材料。私をここに連れてきたのかもしれない、肝心の「バロウ」という人については何も分からなかった。

 この人は何故私をここへ連れてきたのかと考えたところで、ぐうっと、また腹の虫が鳴く。このまま、得体の知れない土地で私は死ぬのだろうか。そんなのは嫌だ。

 何故私はここに来て、どうしたら帰れるか知りたい。これは夢なのではないか、などと淡い期待が頭の片隅に漂うが、まだそんな考えでいるだなんて。

 この疲労感が、歩きすぎた足の痛みが、指先の感覚があるのに、私は馬鹿か。

 本を入れたリュックサックを背負い直し、ベンチから立ち上がった。

 もし私の予想どおり、本に書いてあるとおりにすればこのポーションが作れるなら、作ったポーションを売ってお金にするか、何か食べ物と物々交換出来るかもしれない。

 お金を持たない私が空腹を満たすには、それしか方法が思いつかない。

 草と水、その二つを探すために、また暗い中を南門の方へ歩き出した。転ばないように携帯電話のライトで足元を照らしながら、今朝いた路地裏に似た場所を探す。

 今朝、目を覚ました路地裏は土がむき出しだったから草くらいは生えているだろうが、水はどうしよう。

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