チート魔術で運命をねじ伏せる

月夜涙

プロローグ イルランデ (2)

 a・ログアウト b・データベースアクセス c・コミュニケーション

 ステータスもなければ、装備ウインドウも、パーティ画面もない。

 このアクションRPGはゲームらしきところがあまりない。

 レベルのようなものは存在するが、セーブはできないし、切られれば血が出て痛みがある。老いは体を(むしば)み、死ねば終わり。

 飯を食うこともできれば、セックスもできる。

 言うならば、魔法が使える現実。そんな世界だった。

 俺は、aのログアウトを押して、この世界から抜け出した。

 

◆ ◆ ◆

 

 目を覚まし、(かん)(おけ)のようなVRマシーンから起き上がる。

 VRマシーンとは、五感をダイレクトにPCに繋ぎ、まるで仮想世界の中に入り込んだような感覚を与えてくれるマシーンだ。

 今では、各家庭に一台は設置されている。時計を見上げると、

「二三時五九分。いつもどおり、ぎりぎりか。規制がなけりゃ、もっと入っていたのに。一か月は短いよ」

 VRRPGイルランデは、世界で唯一の体感時間加速機能を実現したゲームだ。

 現実世界の一時間につき、ゲームの中では一週間を過ごせる。

 ただし、ゲーム自体にプロテクトがかけられており、二〇時~二四時の四時間しかプレイができない。

「一日は長いな。はやく向こうに戻って一からやり直して、今度こそクーナを幸せに、笑顔にしないといけないのに」

 もう六年間イルランデを毎日プレイしており、ゲームプレイ時間に直すと一六八年も向こうですごしていた。

 イルランデをどれだけやっても飽きない理由は主に三つ。

 完璧な五感の再現ができる世界で唯一のゲームであること。既存のVR技術は現実世界の産業を潰さないための配慮と技術的な限界で、味覚や触覚は現実よりだいぶ鈍くなっている。食べ物はまずいし、セックスは気持ちよくない。

 それもしょうがないと思う。なにせ、ゲームの中でうまいものを食えるなら、現実はサプリでも食ってゲームでご馳走を食べればいい。外食産業は壊滅だし、女も向こうで済ませられるので人間という種族が滅びかねない。だが、イルランデでは、その制限を無視している。

 次に、完全な人間性をもったAI。一人用のゲームだが、イルランデの世界では数百万人のNPCが動いている。それも本物の人間にしか見えないほど、精巧なNPCなのだ。話していてもまったく違和感がない。

 最後に、目的がない。プレイヤーは世界最高のホムンクルスとして生まれる。一般的に天才と言われるほどの才能をもった一六歳としてゲームを開始できるが、本当になんでもできる。強制イベントが何一つない。商売をしてもいいし、魔物を狩って強くなってもいい。学校に通うことすらできる。何もかもが現実と一緒だ。

「こっちの世界でも、向こうと同じ体があればな」

 イルランデでの生活は、現実よりも成功しやすい。現実とは違い、天才として産まれたアドバンテージと、共同開発でイルランデの世界標準と比べて、控えめに言って数百年進んだオリジナルの魔術が、人生の成功を約束してくれるのだ。

 一生イルランデの世界で遊んでいたいと本気で思うプレイヤーがあとを絶たない。

 当然、こんな究極の廃人量産ゲームが問題にならないはずはなく、国によって規制され、新規販売はもちろん所持すら禁止された。制作会社に強制捜査が入ったという話まである。

 それでも、一度この味を知った者たちがイルランデを手放せるはずはなく、ゲーム内のデータベースでは今でも毎日約二〇万人がアクセスを続けていた。

 プレイヤーたちも、その状態でもサービスが続けられることの異常性に気づき、イルランデの制作会社には何か裏があるのではないかと疑ってはいる、だが、ゲームを楽しむためには、()(さい)なことだと見て見ぬふりをしていた。

 そんなとき、VRマシーンからシステム音が鳴った。

 空中に仮想スクリーンがうつされる。そこに表示されていたのは……

「イルランデ、サービス終了のお知らせ?」

 俺は顔を真っ青にして、拳を握りしめた。

 いやだ、イルランデを続けていたい。俺は、やり直してクーナを助けないといけないのに! イルランデは一日に一度、運営から送られてくるパスを与えないとアンインストールされてしまう仕様だ。

「いやだ、イルランデに帰れなくなる! これで終わりなんて、俺は認めない!!

 俺の世界とクーナを奪わないでくれ。俺は必死に叫んだ。

 祈りが通じたのか、VRマシーンからシステム音が鳴り、スクリーンがもう一つ浮かび上がった。

【もし、君が二つの条件を飲むなら、ニューゲーム状態でイルランデに招待しよう。その条件は……】

 一文字一文字、ゆっくりと声に出して読み上げていく。

【1・制限時間がなくなるが、一度現実に戻れば二度とイルランデに戻ってこれない 2・ニューゲームは存在しない。死ねば強制的にログアウト】

 俺は唇の端を釣り上げる。

 上等じゃないか。俺は向こうで幸せを掴む。クーナと一緒に。

【選択をして。1・イルランデへ行く 2・この世界に残る ただし、気をつけてほしい。ここから先は現実だ。ゲームじゃない】

 俺は迷わず、1・イルランデへ行くを選択した。

【分かったよ。ゲームじゃない。本当のイルランデで待ってる。僕の英雄くん】

 そして、俺の意識は遠くなっていった。

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