ギルドのチートな受付嬢

夏にコタツ

第1章 リュネヴィル支部 (2)

 隣国フィレアレミスの内戦で戦果をあげ、爵位と領地を与えられた元騎士の()(じん)である。ただ、平民上がりということで貴族の反発があり、追い払われるようなかたちで当時問題が山積みだったリュネヴィルの領主となった。

 ただ、本人はそのことを不満に思っておらず、(ひん)(ぱん)に街を散策している姿が目撃されている。フランクよりも気さくな人柄で、仕事はないのかと街の人たちから冗談交じりで心配される始末である。

 領主の館の前に辿(たど)り着くと、門番の私兵にエクトルは西門に向かったと告げられる。もちろん、これぐらいのたらい回しに慣れているイリアはへこたれない。

 街の住民と挨拶を交わしながら、改めて西門に着くと、門番の兵と護衛に囲まれたエクトルが難しい顔をしていた。

「おはようございます」

「ああ、イリア。おはよう。呼びだててしまって申し訳ない」

 エクトルが頭を下げる。

 あまり領主が人に(へりくだ)ってはいけない気がしたが、周りの人も苦笑しているので放っておくことにした。

「いえ。それより、何か問題ですか?」

 イリアを呼ぶということは、十中八九ギルドへの依頼絡みだろう。

 (しよう)(がい)担当のカロンはたいてい支部に不在で、事務員は書類仕事のため事務室から動けない。支部長が支部からひょいひょい離れられるのも問題がある。

 よって、イリアは自身を使い走りだと認識していた。

 領主にしてみれば、口の堅さや洞察力、知識や判断力といった総合評価でイリアだからこそ呼びだてているのだが、(ぼん)(よう)な男であった前世の記憶が残る彼女に、その意思が伝わることはなかった。

「まだ確証はないんだが……どうやら西の街道に、ロンドベアが出たらしい」

 ロンドヴィル・ベア、通称ロンドベア。ロンドヴィルの国中に生息する、前肢が強大に発達した熊型の魔物だ。魔物にしては温厚で、雑食ゆえに危険度も低い。ただし、冬眠から起きた直後や、攻撃をしかけて狂暴化すると下手な(よう)(へい)では手に負えなくなる。比較的高レベル帯に位置する魔物だ。

 しかし、今は春も半ばで、雑食の彼らが街道に出てまで食料を探す理由はないはず。

「……妙ですね」

 食料のことだけではない。

 実は昨日の4人組が受けた魔物の(とう)(ばつ)依頼もここ、西の街道の近くだった。

 ()(ゆう)ならいいが、関連しているとしたら厄介だ。

「一度支部に戻って調べてみます。(とう)(ばつ)依頼は出されますか?」

「ああ。見積もりを頼む」

「はい。では(のち)ほど」

 

 支部に戻ると、ホールは朝食を食べに来た人で賑わいをみせていた。

(お前ら働け!)

 そんな文句は心のうちに留め、すぐに事務室に向かう。

「クロードさん、ロンドベア(とう)(ばつ)依頼の報酬の見積もり、よろしくお願いします」

「ロンドベアね。分かった! 今の相場はどんなかな~」

 フランク以上の若さながら、支部一番の古株であるクロードがてきぱきと仕事をこなす。

 次に、クロードの向かいに座る犬の獣人である女性、デジレに顔を向ける。

「デジレさんは西の街道周辺の(とう)(ばつ)依頼の検索をお願いします」

「ここ2か月分ぐらいでいい?」

「はい、お願いします」

 支部の面々のほとんどはイリアの先輩にあたるのだが、その聞き分けのよさにイリアはいつも感服させられる。仕事が速いうえに、無駄な(きよう)()は持ち合わせない、そんな有能な職員ばかりだった。

 依頼作成に関してはこれで心配はなくなったので、続いて調べ物をするため外に向かう。

(服は……このままでいいか)

 とその時、受付のリアとリュックの視線に気付く。

「どうかした?」

「う、ううん! なんでもない!」

 真っ赤になるほど(あわ)てて受付に戻るリア。不思議に思うが、可愛いからいいやと触れないことにする。

 そのままの足で支部を出ていくイリアの背中を見送り、リアはぶんぶんと腕を振りながらリュックに顔を向ける。

「さっきのイリア、かっこよかったね!」

「……あれは従うしかないよな」

 リアは上気した表情を浮かべ、リュックはつい先ほどのイリアを思い出して苦笑する。

 イリア自身にその気はないが、先ほどのように緊急の依頼作成などが入ると、彼女は普段の()(だる)そうな雰囲気から一変する。

「できる女っていうのかな。それをひけらかさないのがいいよね!」

「リアも目指してみれば? 名前も似てるし」

「関係ないじゃん! ……やってみよう」

「やるのかよ」

 ごほん、と(せき)払いして、涼しげな表情を作る。

「リュック……」

「馬鹿にしてるようにしか見えない」

「まだ何も言ってないのに!?

「お前らー、遊んでると給料下げるぞー」

「「 いらっしゃいませー 」」

 事務室から聞こえたクロードの声に、2人は姿勢を正してホールに向き直る。

 そんなやりとりを見た常連たちの笑い声でホールが包まれたのは、その直後のことだった。

 

 一方、支部を出たイリアは南門に向かっていた。

 南門の番にあたっている兵が、イリアを見つけて表情を緩ませる。

「お、イリアちゃん。おでかけかい?」

「はい。少し散策です」

「気を付けてな」

「ありがとうございます」

 そして南門から少し迂回するように、南西の密林へと歩みを進める。

 調査とはいっても、密林に直接足を踏み入れることはない。イリアは前世でも現世でも、虫が大の苦手だった。虫が多い森に入ることなどできない。

「このあたりでいいかな」

 周囲に人の気配がないことを確認し、固有スキル【千里眼】を発動する。

 だが、長らく森などの地域を見ることが無かったせいだろう。調整を間違え、イリアは大量の虫をはっきりくっきりと目視してしまう。

「ぎゃぁああああああああ!」

 恐怖のあまり悲鳴を上げた彼女は意識を手放し、やがて目を覚ました後も悪寒に(さいな)まれた。

(……うう……気持ち悪い……。でも……収穫はあったかな)

 そして支部に戻った彼女は、精神的な(いや)しを求めてしばらくリアに(すが)り付くことになった。

 

「タイラントスパイダー……」

 見積もりを受け取りに来たエクトルは、案内された応接室でイリアからその名前を聞き絶句する。

 タイラントスパイダーは、頭部が人間の成人男性ほどもある巨大な()()のモンスターだ。

 人を丸呑みできるほど大きな口に、下手な攻撃では傷つかない外骨格。鉄も砕く牙と爪には()()毒があり、獲物を生きたまま丸呑みにするのを好む。

 (びん)(しよう)性と跳躍力の高い脚を持ち、動きが素早く、(きよう)(じん)な糸は下位魔術では燃やすことすらできない。

 タイラント(暴君)の名は飾りや(すい)(きよう)ではなく、まさに密林のボスに相応(ふさわ)しい魔物だ。イリアが記憶するボスの中でも、その危険度は上位に位置していた。

(あんなのが密林の中にいたんじゃ、他の魔物は怖くて追い出されちゃうよね)

 これが西の街道周辺でロンドベアが現れた真相だった。

 同席したフランクも、苦い表情を浮かべる。

「では、イリア。これからも密林から追われた魔物が押し寄せてくる、と君は考えているわけだ」

「はい。西のウィルヴィルと密林より南西のアール(とりで)に問い合わせれば、よりたしかな確証を得られると思います」

 イリアの推測では、どちらも密林から出てきた魔物の(とう)(ばつ)依頼が増えているだろう。

「フランク。支部長としての意見を聞きたい」

「タイラントスパイダーは災害指定の魔物です。ギルド本部に連絡して大々的に参加者を募り、速やかに対処に当たるのが賢明でしょうね」

「どれくらいかかる」

 エクトルの視線はイリアに向けられていた。

 依頼を作成し、ロンドヴィルのギルド本部に知らせるだけなら使い魔を使用すれば1日ですむ。しかしそこから各支部に依頼を回し、人員を集めるのに5日は必要だろう、またリュネヴィルに来るとなると交通手段も限られるから……。

「出発まで10日ですね。報酬は2000万ギルズで山分けってところでしょうか」

10日で集められるか?」

「2000万ですむのか?」

 イリアの言葉に対するエクトルとフランクの疑問は、別々だった。

10日なのはそもそも時間に余裕がないというのもありますが、(ふる)いにかける意味もあります。実力のある方々は行動力もありますから」

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