帰還した勇者の後日譚

月夜乃古狸

勇者の帰還 (1)

勇者の帰還

 

「この部屋とも今日でお別れか」

 俺は部屋を見回しながら独りごちる。

 立派なデスクと応接セット、奥はベッドルームだ。

 落ち着いた感じの調度品が少しあるだけの、王城の中にしては比較的簡素な部屋。

 この世界に召喚されて最初の1年間。そして邪神との戦いを終えて帰還してからの1ヶ月。

 大した期間でもないが、それでもこの世界では一番長く過ごした部屋だった。

 

 俺の名前は(かしわ)()(ゆう)()

 こっちではユーヤ・カシャーギーって呼ばれてる。どうもカシワギってのがうまく発音できなかったらしい。

 地球の現代日本からウィルテリアスに勇者召喚された大学生だ。

 ちなみにウィルテリアスってのは、この国のある大陸の名前だ。こっちの世界には元の世界の『地球』に該当する言葉がない。

 どうやら複数の大陸が存在するらしいのだが、交易をしているわけでもなく大陸ごとで完結してしまっているそうだ。

 なので他の大陸に行ったら、きっとその大陸には別の名前があるんだろう。

 俺は3年ほど前に突然この国(&クソ女神)に呼ばれた。

 んで、その後、今時そんなのラノベでも採用されないだろ! ってくらい、テンプレにテンプレを重ねて今に至るってわけだ。

 

「本当に今日帰ってしまうんですね」

 ソファーに座る俺の傍らにちょこんと座る女の子が、そう呟いて顔を伏せた。

 普通の人とは異なり、猫の耳としっぽを持つ獣人族。

 邪神との戦いを終えた後、真っ先に出迎えてくれた小柄な少女だ。

「ああ。やっぱり俺は元の世界に戻りたいからな。ティアやみんなと会えなくなるのは辛いけど、そのために必死に戦ってきたから」

 顔は見えないが鼻をすする音がするので泣いているのだろう。

 というか、あれからティアは俺の側から一瞬たりとも離れようとしない。風呂やトイレまで一緒に入ろうとして非常に困った。

 風呂は、まぁ、なんだ、ほれ、ともかくとしてトイレは困る。俺にそんな特殊な趣味はないので美少女の前で(はい)(せつ)行為なんかできるわけがない。

 何とかなだめすかしてトイレに入るのだが、出てくるまで入口から一歩も動かないのだ。

 夜もいつの間にかベッドに潜り込もうとするし、若い男としては精神力をごりごりと削られる日々だった。

「グスン、スン…………」

 俺がティアの頭を撫でると、ようやく顔を上げる。しかしそこにあったのは涙と鼻水でデロデロになった美少女の顔。

 なんというかちょっと残念な感じになってしまっている。

 正直ちょっとたじろぐ。

~! どうしても、ほんと~に帰っちゃうんですか~~~?」

「あ、あぁ、ごめんな、ティア」

 邪神を倒してから幾度も繰り返されたやりとり。

 ティアの気持ちもわかる。

 彼女には家族と呼べる者がいない。

 俺達と出会う前に獣人族の集落を狙った()(れい)狩りに襲撃され、両親と兄弟を失った。そのうえ彼女自身も()(れい)として捕らえられてしまった。

 偶然俺達が助けることになり、それ以来ずっと一緒に旅をしてきた。

 ティアにとって俺達は再び得ることができた家族のようなものなのだろう。

 それをまた失おうとしている。

 そう考えると罪悪感がとんでもないことになる。

「それでもやっぱり俺の居場所は元の世界なんだ。家族も向こうにいる」

 (ずる)い言葉だ。

 家族を失ったティアが、こう言われて反論できるはずがない。

「やっぱり私も連れて行ってください。何でもしますから。お願いします」

 これも何度も言われたが、それもできないんだよな。

 そもそも2人になったときに送還がうまくいくかどうかわからない。第一、猫耳&しっぽの美少女なんか向こうに連れてったら大騒ぎになるに決まってる。

 家族のいないティアを1人で残すのは心配だし、向こうの友人達に見せびらかしたい気持ちもないわけじゃない。だが、先のことを考えると、こっちで自分の人生を歩んだほうが良いと思うのは、けっして独りよがりじゃないはずだ。

 罪悪感は半端ないが……。

 俺はそれ以上何も言わず、心をこめてティアの柔らかな髪を撫で続けた。

 

「ユーヤ様、儀式の準備が整ったとのことでございます」

 扉の向こうから俺を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

 俺は最後にもう一度ティアの頭を撫でると立ち上がる。

 ティアも手で涙を拭いながらそれに続く。

 そしてもう一度部屋を見回してから廊下へ出る扉を開いた。

 部屋を出ると、メイドさん(!!)がお辞儀をして迎えてくれる。

 メイドっていっても、某首都圏に出没するメイド服っぽい『何か』を着た半分風俗(すっげぇ偏見)の女の人なんかじゃない、本物のリアルメイド! パーフェクツな所作を崩さないプロの王宮メイドさんなのだ。

 俺がこの世界に召喚されて王宮で過ごす間ずっとお世話をしてくれた(っていっても途中の2年間は、俺は王宮にいなかったけど)とっても優秀な人である。ただ、この人ちょっとだけ困った癖がある。

「ユーヤ様、本当に今日、元の世界に帰られてしまうのですか?」

「あ、はい。帰ります。エリスさんにも本当にお世話になりました。これで皆さんと会えなくなるのは寂しいんですけど、やっぱりあっちには家族もいますし」

「そうですか……結局、一度もユーヤ様は(わたくし)に手を出してくださらなかったですね」

? あ、あのエリスさん?」

「今からでも遅くはありません。そこの空き部屋でほんの1、2分ほどお時間をいただいて、サクッと手を出してくださいませんか?」

「い、いや、あの、聖女様も待っていますし、さすがにそれはマズいんじゃないかと……」

「ああ、もちろんティアさんと一緒でも構いませんよ。ただ、そうなると、もう少し時間が必要になりますね」

 エリスさんは俺の後ろで服の裾を握って離そうとしないティアをチラッと見て、そう付け足す。

「で、ですから聖女様を待たせるわけにもいきませんから」

「……残念です」

 こういう冗談をちょいちょい飛ばしてくるのが困りもんだ。なんで冗談と思うのかって?

 だってこの人こういう台詞(せりふ)をピクリとも表情を変えずに言うんだよ。ってか、1、2分って、さすがにそこまで俺早くないと思うよ! たぶんだけど、そんなに早くないよ!! 経験はないけどな。

 なまじすっごいスタイルの良い美人さんなんで、なおさらたちが悪い。

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