帰還した勇者の後日譚
エピローグのプロローグ






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何かがぶつかり合うかのような轟音が響く。
甲冑を身に纏った男と影としか表現のしようのない、色も形も大きさもはっきりとしないが尋常ではない存在感を持った『何か』が幾度も激しく交差する。
それはまさしく強大な力を持った邪神とそれに立ち向かう勇者の姿。
幾度も幾度も両者はぶつかり合う。その度に邪神の姿は小さくなり、そして勇者の身体は傷ついていく。
既に勇者の左腕は潰れ、血を流しながらぶら下がっているだけの状態だ。
身に纏う甲冑で傷ついていない場所などどこにもない。
「がぁぁ!!」
それでも勇者は残った右腕で大剣を振るう。
「!!!!!!!」
邪神の叫びとも唸りともつかない声が空気を震わす。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
時間の感覚すら失いながら、それでもなおぶつかり合う両者。
しかし遂にその均衡は破られる。
「オオオォォォォ!!」
勇者の大きな雄叫びの直後、
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
凄まじい叫びが空間に響いた。
真っ白な空間は幅も高さも奥行きも存在していないかのようだった。
そこに残ったのは、勇者ただ一人。
剣を振り下ろした姿のまま佇んでいる。
そして数瞬の後、ぐらりと身体が傾ぐと、そのまま仰向けに倒れた。
生きてはいる。荒く上下する胸がそれを知らせるが、全身は己の血に塗れ、とても今の今まで戦いを繰り広げていたとは思えない状態だった。
「……くそっ……たれ! ……もう……二度と……やんねー……ぞ……こんなこと!」
息も絶え絶えに独りごちる。
「終わったみたいね~~」
突然間延びした女性の声が響いた。が、勇者はその声には応えず、そちらを見ることもしない。
「なによ~~、無視することないじゃな~い!」
声の主は不満げに唇を尖らす。
美しいという表現では失礼にあたるほどの美貌を備えた女性。
まるで神話か伝承のなかの女神としか思えない女性を、勇者はチラリと目線だけを動かして睨みつける。
「……こっちの……状態……見てから……言いやがれ……クソ女神!」
……どうやら本当に女神らしい。
「あら~、やっぱり大変だったみたいね~~」
人をイラつかせる口調で言いながら女神が勇者に手を翳す。
勇者の身体に光の粒が降り注ぐと、瞬く間に怪我が癒えていき、呼吸も穏やかなものになる。潰れた腕さえも身につけた鎧ごと元に戻っていった。
呼吸が整うのを待ち、勇者がゆっくりと上体を起こす。
「これで全部終わりってことで良いんだよな」
勇者は女神を睨みつけたまま問いかける。
「そんな睨まなくたっていいじゃない~。そうよ~、これで本当に邪神である『ルエナビリオ』も消滅。少なくとも数千年は復活しないわ~。世界の歪みも少しずつ戻っていくと思うわよ~~」
「んで、俺は本当に元の世界に戻れるんだろうな!」
「大丈夫よ~~! ちゃ~んと元の世界、元の時間に戻れるようにするから~~! 少しは信用して欲しいわ~~、ぐすん」
勇者が『嘘だったらタダじゃおかねぇ』とばかりに睨みつけると女神が即座に応じる。ご丁寧に泣き真似付きで……。
「そうか」
勇者からほんの少し険が消える。
「約束通り~、召喚された場所で『送還の儀』をしたら、あとはこっちで調節するから安心して~~」
女神がのんびりとした口調で続ける。
勇者は20歳くらいの若さで、鍛えられ引き締まった体躯は身長180センチを超えているだろう。
女神の放った光の粒のおかげで身体と甲冑の傷はなくなってはいるものの、血の跡はそのまま残っていた。
女神は、その姿を慈愛に満ちた表情で見つめ、静かに厳かに言葉を紡ぐ。
「異世界より一方的に召喚されたにもかかわらず、苦しい試練を越え、よくぞ魔王と邪神『ルエナビリオ』を倒し、この世界に秩序と安寧を取り戻してくれました。神の一柱『ヴァリエニス』の名において、あなたに感謝と祝福を」
突然口調と雰囲気の変わった女神に、勇者が少し驚いたように眉尻を上げる。
「……まぁ、こんなことはこれっきりにして欲しいってのと、俺のした努力が無駄にならないようにしてくれ。言いたいことは山ほどあるが、とりあえずはそれでいいさ」
「人の営みに過度に干渉するわけにはいきませんが、できるだけ見守っていきましょう」
女神はそう応じると、勇者の前方に手を伸ばす。光の粒が集まり、目の前の空間が大きく開いた。
「さぁ、間もなくこの神域は閉じます。戻って皆に無事な姿を見せると良いでしょう」
促されるまま勇者は開いた空間を潜る。
そういうしゃべり方ができるんだったら最初からしやがれ、と内心で悪態をつきながら。
通り抜けた先は薄暗い神殿だった。
数人の人影が見える。各々武器を構え、様子を窺っているようだ。男を認識して緊張が解けたのか構えを解いた。
「ユーヤ様~~~~!!!!!」
小柄な美少女が勇者の胸に飛び込んでくる。
「お怪我はありませんか?! こ、こんなに血だらけで! すぐに治癒を!!」
勇者――ユーヤの姿を見て、なかばパニックになっている少女に、
「大丈夫。もう治ってるよ」
とユーヤは彼女の頭を撫でて微笑むと、その場にいる他の者を見回す。
長身で褐色の肌の美女、ガッシリとした大柄な男、白いローブを纏った美少女、神経質そうな顔をした長身の男。
その誰もが、笑顔とも泣き顔とも取れない表情をしながらユーヤを見つめている。
「終わったのか?」
「ああ、全部終わった」
大柄な男の短い問いにユーヤが答える。
「こ、これで世界は救われたのですか?」
ローブの少女の期待と不安が綯い交ぜになった言葉に、ユーヤは頷きながら、
「ええ、ヴァリエニスの言葉が確かならそうなりますね。後は……姫様や王様達の仕事ですよ」
と、悪戯っぽく軽口で応じる。
「さぁ! はよう外に出て皆に応えてやらんか!」
褐色の女性が促し、長身の男も同意するように頷いた。
ユーヤ達が神殿から外に出ると、大勢の兵士達が周囲を囲んでいた。
誰もがその顔に疲労の色を浮かべている。血に濡れている者、怪我をしている者も大勢いる。
子供にしか見えない少年兵や孫のいそうな老兵、女性もいる。装備もバラバラで、どこかの国の正規兵らしき甲冑を纏った兵もいれば、山賊か盗賊にしか見えない者、簡素な服に武器とはいえない棒を持っただけの者までいる。
その数はユーヤから見えるだけでも1万を遙かに超えていた。全体で数万にも及ぼうか。
この大陸中のほとんどの国から集まった義勇兵達。
多くの者が邪神の生み出した魔獣の群れとの戦いで命を落とした。
ここにいるのはそんな戦いを生き残り、邪神との戦いに赴いた勇者ユーヤの帰りを見届けるために残った者達だ。
全ての者達の視線がユーヤに注がれる。皆一様に期待と不安の入り交じった表情だ。
誰も言葉を発しない。そこには異様な静けさがあった。
ユーヤはその視線になかば圧倒されつつも何か言おうとするが、言葉が出てこない。
この世界に召喚されて3年、無我夢中で走り続けた。その間の様々な出来事が去来し、胸が詰まったのだ。
だから、ユーヤは言葉にするのを諦め、ただ拳を握り、右手を高く突き上げた。
一瞬の静寂の後、歓声が爆発した。
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