モンスターのご主人様

日暮眠都

02 初めての眷属

02 初めての(けん)(ぞく)

 

「……そうだ、人間なんて(くず)ばかりだ」

 自分の声で目が覚めた。

 おれは暗い場所にいた。小さな(どう)(くつ)のようだった。

 眠りに落ちる前のことが思い出せない。おれはいったいなにをしていたんだろうか?

 重い頭を押さえて身を起こす。そうして初めて、おれはおれ以外の存在に気がついた。

「うっ、うわぁあっ!?

 おれたちがスライムと呼んでいるモンスターが、すぐ(かたわ)らにいたのだ。

「……。ああっ!?

 ()(たん)、おれはすべてを思い出した。ひぃっと情けない悲鳴をあげて、頭を(かば)って座り込む。

 こんな反射的な行動になんの意味もないことは言うまでもない。おれはぎゅっと目を閉じて、訪れるだろう()(めつ)を待つほかなかった。そして、数秒。

「……?」

 おれはふと目をあけた。いつになってもスライムが(おそ)ってこなかったからだ。

 なぜかスライムはその場にとどまっていた。おれのことに気がついていないわけではないだろうに、いっこうに(おそ)いかかってくる気配がない。

「どうして……」

 と、言いながら頭から手をおろしたところで、もうひとつ重要なことに気がついた。

「……(うで)がついている?」

 おれの記憶が正しければ、気を失う前のおれは(かた)(うで)を目の前のスライムに消化されつつあったはずだ。よくて大()()、悪ければ(うで)一本を失っていてもおかしくはなかった。

 しかし、(うで)はついている。意思に従ってきちんと五指が動く。傷ひとつなかった。

 そう。傷ひとつなかったのだ。

 森を()き分けて歩いているうちについた小さな傷さえなくなっている。

 それは(うで)だけでなく、(どん)(つう)(うつた)えかけていた体中の傷が()えていた。

「どうして……」

 まるでおれが口にしたその()(もん)に答えるように、スライムがこちらに近づいてきた。

 敵意がないことは、なぜか、なんとなくわかった。

 ……本当にどうしてだろうか。おれは確信さえしていたのだ。

 そもそも目の前のスライムにそのつもりがあるのなら、おれが意識を失っているうちに全身を溶かしてしまえたはずだ――という()(くつ)()(くつ)で思いついたのだが、それは目の前のスライムに敵意がないと判断した根本的な理由ではなかった。

 もっと本能的な部分でおれは、これは敵ではないと確信していた。

「ん?」

 おれが自分のなかの不可解な確信に()(まど)っているうちに、スライムは数本の(しよく)(しゆ)をこちらに伸ばしていた。

 (しよく)(しゆ)がおれの(ひざ)に触れた。思ったよりもすべすべとした感触があり、わずかな痛みが走った。さっき慌てて頭を抱えて丸くなったときに、(ひざ)をすりむいてしまったらしい。

 おれの(ひざ)()でる(しよく)(しゆ)の先に、小さな白い光が生まれた。

「っ!?

 白い光は複雑な()()(がく)()(よう)を描いた。それが『魔法陣』と呼ばれるものであることは、この1ヶ月の異世界生活で知っていた。チート能力者たちが使っていたのを見たことがあったのだ。

 魔法陣の色は属性を表す。白は光の属性、退(たい)()()()を得意とする。(しよく)(しゆ)が離れたときには、おれの()()はすっかり治っていた。こうなれば、おれにも事情は読めてくる。

「ひょっとして……お前がおれを助けてくれたのか?」

 返答はない。当たり前だ。相手はモンスターなのだから。

 しかし、どう考えてもこいつはおれの味方だった。味方なのだと、また(こん)(きよ)のない確信があった。()(くつ)ではなく、わかるのだ。こいつが敵意を持っていないということが。

 ここまでヒントを出してもらってようやく、おれの理性は目の前の事態を()(あく)した。

「……ああ、そうか」

 ()(いき)のように、(ひと)り言が()れた。

「これが、おれのチート能力か」

 異世界転移した1000名のうち、チート能力に目覚めたものが300名。持つ者と持たざる者がおり、その違いはなにかと考えていた。まったく(まと)(はず)れな思考だったといまなら思える。

 残り700人の学生たちは、自分の力に気付いていなかっただけなのだ。たとえば『モンスターを(けん)(ぞく)にする能力』なんて、安全な場所に引っ込んでいて気付けるはずがない。

「……最高じゃないか」

 この世界で生き抜くためには力が必要だ。おれだけの力が。

 他人は信用できない。できるはずがない。奴らは裏切る。机を並べていた級友でさえ、おれのあばらをへし折って(あざけ)り笑っていたのだ。おれはそれを忘れない。

 ひとりで生き抜く。おれが自覚したこの能力は、そのための力だった。

 不思議なことだが、人間は信じられないくせに、モンスターの(けん)(ぞく)なら特に(けん)()(かん)もなく受け入れることができていた。そうしても大丈夫なのだと本能が教えてくれていた。

 奇妙な話だ。だが、いまのおれにとってはそれが自然なことだった。

「ありがとうな、()()を治してくれて」

 おれはスライムの体を()でた。つるつるとした表面が心地良かった。

「……一緒に行動するなら名前が必要だな」

 呼びかけることもできないのは不便だった。

 おれはスライムの体を(なが)めた。ゼリーのような見た目だ。(そつ)(きよう)で名前を思いついた。

「よし。お前はリリィだ」

 女性の名前を付けたのは、本当になんとなくだ。普通に考えたら、性別があるのかどうかもわからないこんな生き物に女性を思わせる名前をつけるなんて、おかしな話だ。

 ひょっとすると、こいつは本当にメスで、おれのチート能力が彼女の性別を察して、そう名付けさせたのかもしれない。

「これからよろしくな。おれが生き残るために、どうか力を貸してくれ」

 人間が信用できないくせに、モンスターにこんなことを言うおれは、どこか人として()(めい)(てき)な部分が壊れてしまっているのかもしれない。

 だが、それでかまわない。生き残れるのなら、なんだってかまわないのだ。

 

 こうして、おれは力を手に入れた。

「モンスターのご主人様」を読んでいる人はこの作品も読んでいます