モンスターのご主人様

日暮眠都

01 異世界転移した学生たち (2)

 だからといってその友人のように、「この世界に来ておれたちがチート能力を(さず)かることは当然だ」と言ってしまう精神までは理解できそうになかったが。

 ともあれ、この異世界にやってきたおれたち学生が不可思議な力を手に入れたのは紛れもない事実だった。ある者は()()で地面を砕き、またある者は魔法としか思えない力を振るった。不思議なことに、使い方は自然とわかるらしく、彼らは呼吸をするように力を操った。

 それを、おれたちはなんの(ひね)りもなく『チート能力』と名付けたのだった。

 チート能力によって、本来ならモンスターに(じゆう)(りん)されるばかりだったおれたちの異世界(そう)(なん)生活は格段に生きやすいものとなった。おれたちは仮の住処(すみか)を作り、モンスターを撃退して(きよう)()(はい)(じよ)し、それどころか食料として利用することで当面を食い(つな)ぐことさえできた。

 とはいえ、誰もがチート能力の(おん)(けい)にあずかれたわけではない。チート能力を持っていたのは300名ほど。全体のたった3割に過ぎなかった。狩りを行い、住居を守る彼らは自然と集団を形成し始め、森の(たん)(さく)を主に行っていたことから『(たん)(さく)隊』と呼称された。

 チート能力を持たない者たちは(たん)(さく)隊に守られながら仮の住居を造り上げた。彼らは『(たん)(さく)隊』に対して『残留組』と呼ばれた。そうしてできあがった集落を、おれたちは『コロニー』と名付けた。ちなみに、おれはチート能力を持っていない残留組だった。チート能力についておれに教えてくれたオタクの友人も同じだった。持つ者と持たざる者。そこにはなにか理由があるのかもしれないが、あいにく、おれには想像もつかないことだった。

 より正確に言うのなら、残り700名の学生のなかには、多少なり体力などが向上した者もいたようだった。しかし、それはチート能力とは呼べないくらいに()(さい)なものに過ぎなかった。かくいうおれ自身も、ほんの少し体に()()(かん)を覚えたりしたものだが、それはストレスによる(さつ)(かく)と区別のつかない(てい)()のものでしかなかった。

 それから1週間。さらに何人かの()(せい)を払いながらも、異世界転移した学生たちは安定した生活を確立し始めた。その頃には一部の学生たちによる統治機構のようなものも機能し始めていた。1000人近い人間がいるのだから、それを統括する存在は絶対に必要だったのだ。

 生活の安全は確保された。

 そうすると気になってくるのは、この世界がなんなのかということだった。

 いまさら、ここがもといた世界だとは誰も思っていなかった。チート能力として魔法を(あつか)える者に頼めば、おれたちは魔法を習得することさえできたのだ。……とはいえ、魔法を習得する機会を得られたのは、同じチート能力者だけだった。木々を切り倒して仮設住宅を造るだけのおれたち残留組とは違って、彼らは生活のために戦う必要があったからだ。

 ともあれ、おれたちはこの世界の知識を求めていた。

 この世界に他に人間はいるのか。いるとするなら、どうすれば彼らに出会えるのか。

 こうして第一次遠征隊が結成された。彼らの目的はこの森を抜け、あるかもしれない人間社会への接触を図ることだった。いまから考えれば、その名称には()(にく)めいたものを感じずにはいられない。なぜなら2度目の遠征隊が派遣されることは永遠になかったのだから。

 おれたちの仮の住居であるコロニーは、遠征隊が出ていった1週間後に(かい)(めつ)した。

 チート能力者の一部がクーデターを起こしたのだ。

 法律の存在しない異世界の森のなかに放り出された学生たちがモラルを保ち続けるのは難しいことだった。ましてや、チート能力なんてものを持っていたのだからなおさらだった。

 力は人を狂わせ、若さは道を誤らせた。志の高い者が集まった第一次遠征隊の留守を(ねら)って反乱グループはクーデターを企て、治安を守ろうとする学生との間で激しい戦闘が起こった。

 チート能力というのは、ドラゴンをも簡単に殺す力だ。そんなものを持つ者同士がぶつかったのだから、チート能力を持たない生徒たちは逃げ(まど)うしかなかった。

 逃げ(まど)うだけならまだ良かった。理性を失っていたのは一部のチート能力者だけではなかったのだ。能力を持たない学生たちの一部もまた、(きよう)(こう)に身を委ねた。

 混乱のなか、おれは同じ残留組の生徒たちから暴行を受けた。なにが悪かったのかと言えば、運が悪かったのだろう。他にもそうした人間は何人もいて、彼らは(そう)(らん)(いけ)(にえ)だった。

 痛めつけられるおれのことを、誰も助けてはくれなかった。みんなそれどころではなかったのだ。誰もが生き残るために必死だった。

 それは理性では理解できることだった。けれど感情は別だった。

 何人もの生徒が、暴行を受けるおれのことを横目に、見て見ぬ振りをして逃げていった。彼らの無関心はおれの心をずたずたに引き裂いた。

 そこでおれが死なずに済んだのは、単に運が良かったからだ。ちょうど、近くでチート能力者同士の戦いが始まり、おれたちのもとに流れ弾が飛んできたのだ。おれに暴行を加えていた学生たちはみんな黒い灰になってしまい、地面に倒れていたおれだけが助かった。

 傷ついた体を抱えてコロニーを脱出したおれは、数日の間、森のなかを彷徨(さまよ)った。

 そして()()になってようやく安全そうな(どう)(くつ)を見付けて、そのなかに逃げ込んだのだった。

 しかし、そこから先はもうどうしようもなかった。なにしろ(どう)(くつ)の外は、どこにモンスターがうろついているかわかったものではない異世界の森なのだ。チート能力を備えておらず、戦う手段のひとつも持ってないおれは、(どう)(くつ)から動くことができなくなってしまった。

 本当に生き残りたいのなら、おれはコロニーから逃げ出す前に、リスクを(おか)してでもまず信頼のおける人間を探すべきだったのかもしれない。けれど、あの混乱のなかでそんなことはできなかった。いや、たとえあのような一分先のことさえわからない状況でなかったとしても、いまのおれではそうした選択肢を採ることは不可能だっただろう。

 おれはもう人間を信じることができなくなってしまっていた。

 人間なんて(くず)ばかりだ。

 その確信は、おれがこの異世界に迷い込んで(ゆい)(いつ)得たものだったかもしれなかった。

 あるいは、おれは人として大切なものを失ったのか。

 どちらにしても、もう死んでいくばかりのおれにとってはどうでもいいことだった。

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