婚約破棄は蜜愛のはじまり~ワケあり公爵と純真令嬢~
第一章 婚約者と唇を奪われた夜 (2)
つまり、お互いいいことずくめ。断る理由がない。
それに、カラムは面倒見がよく、領地付近では老弱男女問わず好かれていた。
日に焼けた顔立ちや短い髪。がっしりした体格は騎士のようで女性人気も上々だ。
そのせいで、色恋に騒がしい部分もあったが、多少は我慢し目をつぶるのが妻の務めと、周囲から言い聞かされれば、そんなものかとも思う。
情熱的なキスや恋文に憧れる気持ちはある。しかし現実問題として、貴族の恋愛結婚は皆無で、カラム以上の良縁を地方で求めるのは難しい。
熱烈に愛し合うことはできなくても、お互いを敬愛し、温かい家庭を築き、子どもや領民を大事にする、土地に根付いた暮らしも悪くないだろう。
そう思ったからこそ、婚約に異論を唱えなかった。
プロポーズもなく、事務的に結婚の準備が進められる日々に、多少、胸の痛みを覚えたが、誰もがカラムとリズリーは結婚すると思っていたのだ。今更、改まる必要もない。
物心つく前に母が亡くなり、父と祖母に育てられたリズリーは、手のかからない子であることを求められた。
そのため自分の意見を口にすることや、誰かと喧嘩するのが苦手だ。
自我を通して波風を立てるよりは、周りが納得する道を選ぶ。
結婚にしても、皆がお膳立てしてくれたなら、ただ微笑んでうなずくだけ。
(カラムは嫌いじゃないし、彼の家族にもよくしていただいてるから……これでいいの)
もう一度自分に言い聞かせて顔を上げる。
(未来の妻として、気を紛らわす会話でカラムの不満を和らげないと)
わかっているのに、気まずい沈黙を破る勇気が出ない。
乾き始めた喉に手を当てていると、ようやく部屋の扉が開きシェリアが現れる。
「ごめんなさい、お待たせしたわ。……お父様が留守にされていて」
媚びるように語尾を伸ばしながら、従姉妹がしなを作りソファへ座る。
頬を赤らめたシェリアから、艶めいた流し目を受けたカラムが急にもじつきだす。
(……やっぱり)
従姉妹のシェリアは、幼い頃から華やかで美しい少女だった。
成長した今は磨きがかかっていて、顔だけでなく体型も完璧だ。
真珠粉入りパウダーでもはたいているのか、ドレスから覗くシェリアの肌は、同性のリズリーでさえどきりとするほど白く、同じ年齢と思えぬ色気がある。
(だから、あまり、気乗りがしなかったのに)
リズリーとの婚約を報告しに来たと言うのに、カラムはすっかりシェリアに見とれており、咳払いするのも馬鹿らしい。
いつだってそうだ。シェリアは常にリズリーのものを欲しがった。
ハウスパーティで年齢が近い少年とダンスの約束をしていても、当日はリズリーではなく、シェリアがその少年と踊っているなどよくあることで、数えれば枚挙に暇がない。
カラムは、リズリーやシェリアとやや齢が離れているため、一緒に遊ぶより、年少者の監督役として、リズリーたちに説教することが多かった。そのため、昔からシェリアとは仲が良好ではなく、いつしか疎遠になっていた。
だから婚約を皮肉られるだろうと、予測していた。
が、うっとりとした視線をカラムに送ってくるとは、予想外だ。
「どうかしたのかしら? カラム?」
バロケット様、とか、地方伯を継ぐ息子が持つ『卿』の敬称を付けず、シェリアが親しげに声を掛けた。
「いや……君とは八年ぶりに会うが、随分と雰囲気が変わったと言うか」
彼女を見つめていたことに今気づいたという風情で、カラムが顔を赤らめ、視線を逸らす。
「あら、やあね。去年社交界にデビューしたから、もうちゃんとした貴婦人よ? 子どもじゃないわ」
恋する乙女のような表情でカラムを見るシェリアに対し、リズリーはもやもやとした気持ちを持て余す。
シェリアがなにを考えているかわからない。いや、わかるが、まさか従姉妹である自分の婚約者を誘惑するなどという、不謹慎な行いはしないだろう。
いつものように、冗談でカラムの気を惹いて、からかおうとしているだけだ。
(さすがに……そこまでは、しないはず。王都で人気があって、嫁ぎ先を決めかねているって手紙で自慢していたシェリアが、私から婚約者を奪うなんて、そんな酷いことは)
半分自信がなくなりながら、リズリーは目を伏せた。
従姉妹が、婚約者を誘惑しているなんて、そんな誤解をしてはいけない。自分の嫌な部分を叱りつける。
きっと、王都の令嬢にとってはごく自然なこと。男性を立て、優美な仕草で目を惹こうとするのも、癖か習慣だろう。
思い出話に花を咲かせる二人を横に、一体いつ婚約の話を切り出せばいいかわからず、リズリーはただ黙り込む。
一時間を過ぎ、やっと勇気を振り絞って、リズリーは顔を上げた。
「伯父様が留守なら、また日を改めてくるわ。長居しても迷惑でしょうし」
「とんでもないわ」
シェリアが肩をそびやかしつつ、目を大きくする。
「せっかく、遠い領地から王都へ、いいえ、このグレヴィル伯爵家へ来ていただいたのですもの。もてなさずに返すどころか、お父様にも会わせないなんて」
女主人としてあり得ないと連呼し、シェリアはねだるようにカラムを見つめる。
「いっそ伯爵家に滞在してはどう? 積もる話もあるし」
「そう、だな……その、リズリーが、よければ」
拳を口に当てて、カラムは咳払いする。
本音を言うと断りたい。だが、断って嫌な空気になるのもためらわれた。
幼なじみ同士なのだから、一晩ぐらいはいいだろうと考え直す。
せっかく、カラムとシェリアが愉しそうに思い出話をしているのに、水を差すリズリーが悪者になりそうな雰囲気もいただけない。
「そうね、あの、一晩ぐらいなら……いいと、思うわ」
諦め半分に告げると、二人はリズリーそっちのけで会話を楽しみだしていた。
(どうしてこんなことになっちゃったのかしら?)
人がひしめき合う広間で壁の花となりながら、リズリーは伯父のグレヴィル伯爵が、舞踏会の趣旨を語っているのを聞き流す。
一番目立つ場所に作られた段には、伯父と、シェリアとカラムが並び立っており、人々から祝福と羨望の眼差しを受けていた。
(つい先日まで、私と結婚するはずだったのに)
シェリアに滞在を勧められてから、こうなるのではないかという不安があった。
最初は妹のようにカラムに甘えていたシェリアが、ほんの一週間で恋人さながらに、彼を独占しだした。
三人で出掛ける約束をしても、こっそり時間を変えてリズリーに伝えなかったり、そもそも約束を教えなかったり。
シェリアとカラムが、二人きりで出掛けだすまで時間はかからなかった。
結婚を予告する公示手続きや、新聞社へ送る婚約発表の手紙など、リズリーと結婚するために必要なあれこれを、理由をつけてカラムが先延ばしにし始めると、嫌でも、彼が、シェリアと結婚を望んでいるのがわかった。
一、二度なら、気の迷いだと自分の不安をごまかすこともできたが、質素でおとなしいだけのリズリーより、華があり、会話にも長けたシェリアと結婚できたらいいのにと、カラムがぼやくのを聞いてから、不安は諦めに変わって行った。
幼なじみとして接してきて、ずっと以前から結婚すると決まっていた自分が、カラムに捨てられるはずがないと、慢心していたのも悪かったのだろう。
(シェリアとカラムが婚約するだなんて)
――君のためにはどんな便宜もはかる心づもりだ。だから、すまないが、カラム卿との結婚は諦めてほしい。
書斎で伯父から告げられた瞬間、リズリーは無残な現実を受け入れた。
婚約が、公式発表前であったのもいけなかった。
男爵領と爵位継承権が付いていると言っても、持参金がない田舎令嬢のリズリーより、王都でも裕福な伯爵を父に持つシェリアが、結婚相手としては価値が高い。
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