国王陛下の逃げた花嫁

白金あろは

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 手をパシンとひとつ叩き、カレンは命じた。二十人以上はいた工房の女性刺繍師たちは三々五々部屋を出ていく。
「さあ、あなたも部屋に行きますよ!」
「はいっ」
 なんだか厳しそうなひとね……。
 そう思いながら、アメリアは慌ててカレンのあとに続いた。


 長卓がずらりと並び一度に大勢が食事を取れる別棟の食堂で、アメリアは皆より少し遅い夕食を取った。献立はパンと乾酪(チーズ)、肉と野菜のスープで、肉は少々固かったが味は悪くないし、パンも焼きたてらしく香ばしかった。
 食事を終えると教えられた部屋に向かう。工房の裏手にある三階建ての建物で、全体が職人用の住居だということだった。アメリアの部屋は一階北側の一番奥だ。
 ノックをして扉を開けると、そこは左右に粗末な寝台がふたつずつ並べられた四人部屋だった。
 手前の寝台が空いていると言われ、アメリアは先ほど、自分の荷物をその寝台に置いていた。
 残る三つの寝台にはそれぞれ女性が座っており、入ってきたアメリアにじろりと視線を向ける。
 アメリアは気後れして一瞬扉のところで固まってしまったが、ごくりと唾を飲み込んでから頭を下げた。
「今日からお世話になります。アメリア・ユーディット・ライトマイヤーと申します。よろしくお願いいたします」
 顔を上げる。しかし反応はなかった。
 上から下までじろじろと遠慮のない視線は感じるが、言葉を返されることはない。
 アメリアは仕方なく、右手にある自分の寝台に向かった。
 職人はみなこのような部屋を与えられて共同生活をし、昼間は仕事に精を出すことになる。食堂も浴場もあるので、ここにいる限り特に生活費はかからない仕組みだ。アメリアのように他国から来た者にはありがたい。
 とはいえ四つも寝台が並んでいるせいか、部屋は狭く感じる。
 窓は扉の正面に小さなものがひとつだけあった。板張りの床は歩くとぎしぎし音がしたが、さすがに王城内だけあって清潔感があった。
 寝台の隣には小物や服を入れる箱が置かれていたので、アメリアは荷物をそこにしまった。それだけでもう引っ越しは完了だ。
「ねえねえあんた、ずいぶん荷物が少ないようだけど、ドレスはどうしたのさ?」
 かけられた声にアメリアが振り向くと、むき出しの好奇心を瞳に浮かべた小太りの女性が、向かいの寝台から身を乗り出していた。
「ドレス……?」
「お貴族様なんだろ? 綺麗なドレスをお持ちじゃないのかしら?」
 女性はふざけたような笑みを浮かべている。隣の寝台にいる赤毛の女性も険のある視線を向けていた。
「ドレスなど持ってはいません。わたくしの家は貧しくて、高価なものは用意できないのです」
「わたくし、だって!」
 小太りの女性が大声を出し、きゃははは、と大口を開けて笑う。
「マリー、やめなって。お貴族様をバカにするとあとで仕返しされるよー? でもノイマンでは、お貴族様もスカートにつぎを当てるほど貧乏なんだね、可哀想に! ヴァレンテが占領しちゃったからかなあ?」
 赤毛の女性も皮肉げに言った。
 アメリアはとっさにスカートの裾部分を隠すようにした。それを見た部屋にいる三人が声をあげて笑う。
 アメリアの頬が羞恥で赤くなった。
「わたくしをからかうと承知しませんことよ!」
 マリーと呼ばれた黒髪の女性が、アメリアの声を真似るようにして言う。
「やーだー、似てるー! 気取ってるとこなんかそっくりー!」
 赤毛の女性が手を叩いた。
 もうひとり、はす向かいの寝台に座る女性も頬杖をついてアメリアを眺めていた。その視線も、決して友好的なものではない。
「き……気取っているつもりはないのですが……」
 弱々しい反論は彼女たちの甲高い笑い声にかき消されてしまう。
「わ……わたくし……わたくしは……貴族とは申しましてもなんの特権もなく、今は皆さまと同じ刺繍師でございます。これからよろしくお願い申し上げます……」
「えー、まどろっこしくてなに言ってんのかわっかんないよ!」
「皆さまと同じー、シシュウシでございますー」
 真似をする声に再び爆笑が起こる。同室の女性たちとなんとか仲良くならなければ、と思い言葉を紡いだもののうまくいかず、アメリアはますます赤くなった。
「ほらほら、あんまりいじめると泣いちゃうよー? なにしろ深窓のご令嬢なんだからさ、あたしたちとしゃべるのも屈辱なんだよー」
「そんな……。そんなことは考えておりません」
「おりません! おりませんだって! だいたいシンソーのゴレージョーって、なんのこと?」
 赤毛の女性がたたみかけるように言う。
「あんたほんとに無知だね、レッラ。深窓のご令嬢っていうのは、自分のこともなにひとつできないくせにいばってる、やたら取り澄ました女のことさ!」
「ふうーん。マリーってなんでもよく知ってんだね」
「わたくしは……」
 顔を上げたアメリアとマリーの目が合った。マリーが自分を見る目の中に敵意と哀れみを感じ、アメリアははっとする。
「貴族のくせに貧乏なんて大変だねー。こんな固い寝台で眠れんの? ま、せいぜい頑張んな」
 そう言うとマリーは毛布をかぶって寝てしまう。それを機に、他のふたりも寝台に横になった。
 アメリアはため息をつきたい思いで、自分もまた寝台に横たわった。
 これからも、こうやってからかわれ、馬鹿にされるのだろうか。
 しかし覚悟してきたことだ。初めから周囲に受け入れられるとは思っていない。
 アメリアはヴァレンテの隣国ノイマンの貴族だった。
 それも由緒ある古い家系で、父親は一時期国政にも携わっていた。それが仇になり、国王に疎まれ身分を下級貴族に落とされたうえ領地を剥奪(はくだつ)され、家はすっかり没落した。
 わずかに残った田舎の土地を耕し、服や手持ちのものを売って生活する日々の中で父は病にかかり死亡。
 母もまた病気を得て寝たり起きたりの毎日だ。
 そんな中で生活の糧を得るため、アメリアは得意だった刺繍を売ることにした。
 自ら作品を作り、大きな街へ行って店を回りなんとか作品を置いてもらえるよう頼み込んだ。
 次第に刺繍をほどこした服や袋物などを置いてもらえるようになり、顧客も増えてきた頃、なにかと贔屓(ひいき)にしてくれる店の主人が教えてくれたのだ。
「ヴァレンテの王宮が刺繍師を求めているよ」と。
 王宮であれば当然一流の職人が集まるだろう。自分の腕が通用するかどうかはわからないが、仕事は安定しているだろうし給金もいい。それに感性も磨かれるに違いない。
 応募してみると、幸運なことにアメリアは刺繍師として工房に雇われた。
 病床の母親や妹たちを説得し、アメリアはひとりヴァレンテにやってきたのだった。
 最初は見習いだが、頑張って認められれば給金も上がる。
 そうすれば母や妹たちにたくさん仕送りができて、彼女たちの生活ももっと楽になるだろうし、母に高価な薬だって買えるようになるだろう。
 だから、なにがあっても辛抱しなくては。
 そんなことを考えながらも、長旅で疲れていたのだろう、アメリアはいつしか深い眠りについていた。

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