新婚以上 恋人未満~まずは結婚から始めます~
1 突拍子もない解決方法 (2)
「……でも、上司だったらまだ断りやすいんじゃないの? 崎山さんが今まで独身だったの知ってるんだし。理由とか言ってないの?」
「言ってるわけないだろ。理由なんかないんだし。できたらいいけどなぁ。驚け、相手は直属の上司じゃなくて、よりにもよって取締役だ」
「取締役!?」
「何をどう話が伝わったのか知らんが、その取締役が俺の結婚相手探しに躍起になってるんだと。おまけに相手はその娘って。……ただ単に自分の娘の結婚相手探しに必死になってんじゃねぇのかとも思うけどなぁ。……確かに、この先結婚することがあるならしたいとは思うけど、そこまで無理にしたいわけじゃないしなぁ」
「……そういえば、崎山さん、なんで結婚しないの? もうすぐ四十になるんじゃなかったっけ?」
「……秘密」
ふいっと逸らされた視線に弱みを見つけたような気がして追求しようとしたが、そこは彼が一枚上だった。
「とにかく!」と遮る声に、飛鳥の言葉は声になる前に消えた。
「どうにかしないとなぁ。お前の方は彼氏がいるとか言っとけばいいんじゃないのか? それで逃げられてる子もいるんだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「なんか問題か?」
「もし万が一、写真見せろとか言われたら困る」
「あぁ……」
「でもさ、崎山さんの場合、重役の娘だったら出世のチャンスじゃないの? だめなの?」
純粋に疑問に思ったことを聞いてみると、ものすごい険しい顔で見返されて、少したじろいだ。
普通、仕事に生きるような人だったら、それこそすぐに食いつきそうな話だと思った自分は、ドラマの見すぎなんだろうか。
「あほか。そんなもんで出世したところで、面倒なしがらみにつきまとわれるだけだろ。俺はヤだね」
「ヤだねっつったってさぁ、断る理由見つからないなら受けるしかないんじゃ……」
「……そりゃそうなんだけどな……受けたら受けたでまた面倒だし。なんで俺はこの年まで結婚したいって思うような相手に出会わなかったのかって、今猛烈に後悔してる」
それは後悔しても無意味だろう、とは思ったが口に出さずにはおいた。
今の彼にそんなことを言えば、自分にどんな手痛い言葉が返ってくるかわからない。
「まぁ、相手が重役の娘じゃ、断るにも面倒かぁ……」
「それに、一回受けて断ったところで、こっちもあっちもってなりそうで嫌だ。懲りたからで断ったら、今度は『あいつの見合いは受けたのに俺のは受けらんないのか』とか言われそうだし」
「あぁ……そういう……」
彼の言葉を聞きながら、妙に納得しつつカクテルを一口飲み込む。カウンターに肘をついて、眉間に皺を寄せて考え込んでいる彼は、それ以上言葉を紡ごうとせず、かといって自分がこれ以上突っ込むのも、なんだか悪いような気がして口を噤む。
解決策はお互いに見つかっていないが、死活問題なのも確か。もっとも余計な圧力がかかっていない分だけ、飛鳥の方が楽そうな気がするが、それでも面倒なことには変わりない。
「……めんどくせーなー……。結婚する気はまだないっつったところで、いつまで一人でいる気だとかなんとかごねられんだろうし……」
「あぁわかるそれ。今のうちじゃないと相手は見つからないとか……余計なお世話っつーか……」
「お前なんかまだいいだろ、三十超えてないんだから。俺なんかもうすぐ四十だっつって、逃げ道塞がれまくりだぞ。もはや結婚を前提にお付き合いしてる女がいるからとでも言わなきゃ、納得してくれそうにもねえよ。どうすんだよそんな相手いねぇっつーの」
はあ、とお互いにため息をついて、顔を見合わせてから、思わず吹き出してしまった。
「まぁお互い苦労するやねぇ」
「仕事は好きだけどなー。まとわりつくもんがめんどくせぇな」
「本当本当」
「大体結婚つったってなぁ……」
「そんなに簡単なもんじゃないよねぇ……」
呟くようにそう口にして、また二人で黙り込む。
「……何?」
「……はあ、いや、なんでもねぇ」
「いや人の顔見てため息とかやめてよ。何さ一体」

「回避する方法がねぇわけじゃねぇけど、非現実的すぎてやめた」
「は? ……いっそのこと、結婚決まってるとか言えたらいいんだけどなぁ……。……そもそも相手がいないし……」
もう何回目かを数えるのも馬鹿らしくなったため息が出る。
そんな飛鳥の言葉に、まひるは何かを考えるように少しだけ黙った。
「崎山さん?」
「……お前、結婚相手になんか理想とかあんの?」
「? 特にないけど。……しいて言えば、一緒にいて気が抜けるとか、楽しいと思える人とか?」
「ふーん……」
どこか気のない返事をした彼は、グラスに残っていたビールを飲み干して、今度はウイスキーの水割りを頼んでいた。
「……俺も特にねぇんだよ。ただ、一緒にいて気が休まるような相手であれば」
「……ふーん」
飛鳥も次の飲み物を頼んで、すぐに出てきたそれに口をつける。
口内に広がったカシスとオレンジジュースの甘さに思わず息がこぼれた。
どうにかうまい解決策はないものかと飛鳥がもう一口カクテルを含んだ時、まひるがじっとこちらを見つめていることに気がついた。
「……お前、俺と結婚する気ある?」
「……ぶっ! はあ!?」
口に含んだお酒を、思いきり吹き出してしまったのは仕方ないと思う。
飛鳥は慌てておしぼりで口元を拭うが、まひるは少しだけ引いている。だが、今のこの反応は間違いなく、彼のせいだ。
「な、何言ってんの!?」
「……だよな、そうなるよな……」
まひるが「ふー」と重いため息をこぼしてうなだれている。
飛鳥は口元に当てていたおしぼりをそのままに、ちらっと彼に視線を向けた。
お互いお見合いはしたくない。望んでいない結婚もしたくない。そこの意思は合致している。
でも、これは確かに現実的な解決策じゃない。けれど有効であろうことも事実だ。
飛鳥はまひるにちらりと視線を向けて、さりげなく戻した。
好きだから結婚したい。まひるに対してそんな情熱も感情もないけれど、それでも、結婚したら、いい旦那様にはなりそうな。
結婚しても、間違いなく、お見合い相手よりは、気兼ねなく過ごせそうな人。
一緒に生活する上で、なんら支障はない、と思う。
多分、うまくやっていけそうな予感はある。たとえそれが、偽装だとしても。
だがそれを言ってもいいものかどうか。少なくとも、倫理的には間違っているような気がする。
「……でもさ、結婚って、簡単に決めていいことじゃないよね。当人同士だけの問題じゃないしさ」
「……まぁ確かにな」
お互い、何を考えているのかは恐らく同じだろう。だが、それか正解がどうか、自信がない。むしろ解決策とするにはぶっ飛んでいる自覚はある。
「……やっぱり、気持ちが大事っていうかさー……」
「……だよなぁ。……そんな簡単に、決めていいことじゃねぇよな……」
探り合いのような会話に、恐る恐る視線を上げると、彼も似たような仕草で飛鳥を見つめている。
でも、と静かな彼の声が耳に届いた。
「……お前も、お見合いしろって困ってんだよな」
「……崎山さんの方が、困ってるでしょ」
困っている。それは確かだ。同じ問題で、同じようにどう断れば波風が立たないのか、その面倒な攻撃をうまく回避できるのか。
自分はまだしも、彼は下手をすれば、出世街道から外れることになるような気がしないでもない。
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