新婚以上 恋人未満~まずは結婚から始めます~
1 突拍子もない解決方法 (1)

1 突拍子もない解決方法
「はあ……」
行きつけのバーのカウンターで一人、深いため息をつきながら頼んでいたカクテルを口に含む。
相変わらず美味しいカクテルを作るバーテンダーの腕に惚れ惚れしつつ、ここ最近、思考はいやがおうでも考えてしまっていることがある。頭を悩ませているその問題の解決策は未だ見つけられていない。
今日の約束はもうずっと前からしていたものだが、果たして彼も自分にとって有効なアドバイスをくれるのかどうか、しかし頼りはもう彼しかいない。
飛鳥はまた一つため息をついて、グラスをカウンターに置いた。
「――なんだ、深いため息ついて」
「……崎山さん」
「らしくないな。そんな風に落ち込んでんの、久しぶりに見た」
「らしくないって……。私だって悩むことくらいありますー!」
「じゃあ今回もまた難題なんだな。俺、お前から初めて助けてくれって言われた時のこと思い出したわ。あ、俺ビール」
「……いや、それはもう忘れてくれていいんじゃないかな……」
「無理だなぁ」
飛鳥の隣に座りながら注文を済ませた彼に、バーテンダーは「かしこまりました」と完璧な笑みを浮かべて、彼の前にビールの入った冷えたグラスを置いた。
栢山飛鳥、二十九歳。崎山まひる、三十九歳。二人は別の会社の社員であって、学生時代の先輩後輩の関係でも、友人同士が繋がっていて知り合ったわけでもない。
二人はもうずっと長い友人ではあるが、その年齢は酷く離れている。
一見なんの接点もない二人だが、実はお互いの会社の取引相手である。たまたま一緒になった接待の席で、たまたま隣同士になった。
仲良くなったきっかけは、本当に些細なもの。できれば営業という仕事について色々教えてほしいと、飛鳥が頼み込んだのが始まりだ。
飛鳥はそっち方面の才能と順応性はなかったらしく、その時はかなり悩んでいた。
それはもう、同じ商談の席で、カチンコチンに固まって緊張していた飛鳥に、優しく声をかけてくれたまひるに縋ってしまうほどには、切羽詰まっていた。
営業という仕事にもかかわらず、仕事以外の会話が苦手な飛鳥相手にそつなく話を合わせてくれた彼は、その後の会社同士のお付き合いだけでなく、プライベートでもとても頼りになるお兄さん的存在になった。
まひるはきっと、その時のことを思い出したのだろう。目の前に置かれたグラスに手をとってから、面白そうに笑っている。
「必死だったもんなぁ、飛鳥。商談終わったあとに追いかけられたのは初めてじゃなかったけどな、『営業のやり方教えてください』なんて言われたの初めてだ」
「勘弁してください! いやもう本当! あの時は本当に私が非常識だったんです!」
今思い出しただけでも顔から火が出そうだった。あの時は必死すぎて見境なかったが、今ならそれがいかに非常識だったか理解できる。仕事の仕方など、自分の先輩に聞くべきことであって、他社の、しかもそれなりに地位が上の人に聞くべきことじゃない。
カウンターに突っ伏して悶える飛鳥に、まひるはポンポンと彼女の頭を撫でた。
「で? 今日は? 何に悩んでんだ? 言うだけ言ってみれば?」
「……そんなこと言ったって、崎山さん、結局教えてくれないんでしょ」
「それは事と次第による」
「うわー出たー、ずるい大人ー」
当時、必死すぎて周りが見えていなかったのもある。「営業のイロハを教えてくれ」と縋りついた飛鳥に、まひるはとても驚いていたが、名刺の裏にプライベート用の携帯の番号を書いてくれた。
まひるはとても大人で、焦燥感に駆られていた飛鳥を優しく諭してくれた人だった。
それからは仕事の愚痴を言う為だけに一緒に飲みに行ったり、それ以外のことでも遊びに行くようになったが、そのうち愚痴は言わなくなった。
営業部で踏ん張ってはいたが、その才能は企画部の方にあると判断した会社が、飛鳥に企画部への異動を命じたのが二十六歳の頃の話。
それを境に仕事の話はしなくなり、お互いの趣味の話になり、気がつけばいつもたわいもない話ばかりしている。それでも交流が続いているのは、きっと二人の相性がよかったからだろう。
どちらかに恋人がいる時は、気を遣ってお互いの部屋を行き来することや二人きりで出かけることはないが、いない時はなんら気にしていない。
企画部に移動してからの仕事は楽しく、それほど悩むことはない。大なり小なり悩んでも、それなりに解決している。
彼は人生についての色々なことを教えてくれた。
くだらない雑談だったり、知恵袋的なことだったり、飛鳥にとってまひると一緒にいる時間は楽しくて、とても心地がいい。
少なくとも今は、飛鳥からまひると離れる気はない。
結局のところ、飛鳥が大きな問題に直面した時、一番に頼るのはまひるなのだ。
お互いの年齢を考えれば、普通なら結婚やその先のことも焦り始めていい頃だろうに、二人にその危機感はまったくない。
一応妙齢ではあるもののまったく気にしていない自分にも問題はあるだろうが、恐らく一緒にいる相手にも問題がある。
「アドバイスはできるけど、明確な答えを導き出せるわけないだろ。俺も年だけ食ってて正解なんてわかんないしなぁ」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんです。で? 悩みは?」
心の中で彼も答えがわからなくて悩むことがあるのかと不思議に思ったが、話すことを促されて、その質問する機会は逃してしまった。
飛鳥は姿勢を正して、小さく息をつく。グラスに入っているカクテルはもう残り少なくて、飛鳥はそれを一気に飲み干した。
「……お見合いを受けろと言われてまして」
「……ん?」
「部長がノリノリで、三十近い女子社員に受けないかー受けないかーって。彼氏持ちの子はまったく言われないんだけど、私はほら、フリーでいるの、長いから」
「……へぇ」
一種のモラハラと言われても仕方ないことなんだろうが、そのお見合い攻勢さえなければ尊敬できるとてもいい上司だ。だからこそ断りづらいという気持ちもある。だがしかし、今の飛鳥は結婚に焦っているわけでもなく、彼氏がほしいと切実に願っているわけでもない。
むしろこのまま一人で生きていくことになろうが、それはそれで違和感がないと思ってしまっている。
この先自分の気持ちがどう変化するのかはわからないが、とにかく、今現在は結婚する気が微塵もない飛鳥にとって、ありがた迷惑という言葉がしっくりハマる。
だが、相手は上司で、おまけに尊敬しているという言葉が付随する。そんな相手にどう断ればその攻撃をやめてくれるのか、飛鳥にはまるでわからない。
だからこそこうして、頭を悩ませているのだ。
話し終えて、また深いため息をついた飛鳥の横で、まひるは頬杖をついて「うーん」と小さな声で唸っていた。
「崎山さん?」
「……いや、重なる時は重なるもんだなぁって思って」
「重なる? え? 何が?」
「……実は俺も、ちょっと困ってる。似たようなことで」
「似たようなこと?」
「上司からお見合いを勧められてるってことな。俺も見合いをする気はないけど、断る方法が見つかってない」
その言葉に驚いたものの、彼の年齢を考えれば、独り身を心配した上司がそういう話を持ちかけてきても不自然ではないとすぐに察した。
まひる自身もそれはわかっているのだろう。わかっていてあえて、断りたいと思っていることも容易に想像がついた。
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