熱愛オフィス~エリート御曹司に愛されすぎてます!!~
一章 不審人物は御曹司!? (3)
桜はとっさにあたりを見回す。幸いタイミングよくすぐそばの窓辺から鳥の鳴き声が聞こえてきた。そのおかげで、お腹の音はかき消されたが、胃腸はまだ活発に動いている。
(もう、お願いだから静かにして!)
“ぎゅるる……”
桜の全身に緊張が走る。
胃腸の蠕動運動は止まらない。緊迫した状況の中また歩き出すも、膝はガクガクだし、歩くのもやっとだ。それでもなんとか全室を回り終え、桜はようやく背筋をシャンと伸ばし大きく深呼吸をした。すぐ横にある窓に近づき、鍵を開けて外の様子を窺ってみる。
(ふぅ……やっぱり誰もいない。たしかに音が聞こえたと思ったんだけどなぁ。もしかして、ネズミでもいるのかな。……それとも、意表をついて幽霊とか……)
桜がそう思った時、今度は一階のほうから小さく壁を叩く音が聞こえてきた。
「ひいっ!」
思わず引きつったような声を漏らしてしまい、あわてて口を押さえる。
(い、今の何っ? やっぱり誰かいるの? もしかして、本当に幽霊とかだったらどうしよう)
自分が思いついた憶測に怯え、胃がぎゅっと縮こまった。心なしか窓の外が少し暗くなってきたような気がする。一階から吹き上げてくる風が、やけに冷たく感じるのは、たぶん思い過ごしだ。
(と、とりあえず外に出たほうがいいよね)
桜はおぼつかない足取りで、階段に向かって歩き出した。壁伝いに歩を進め、ようやく階段までたどり着く。手すりに掴まりながらなんとか一階に下り立ち、全神経を聴力に集中させる。
やはり、何も聞こえない。音がしたのは、たぶん使っていた掃除道具が倒れたか何かだったのだろう。
(うん、きっとそうだよ。それしか考えられないよね)
しかし、そう思った次の瞬間、突然背後に人の気配を感じてうしろを振り返った。
「きゃあああああっ!」
叫び声を上げる桜の目の前に、明るい色のシャツを着た大柄な男性が立ちはだかった。
「うわっ!」
桜の金切り声に驚き、男性も声を上げる。錯乱状態に陥った桜は、うしろに大きく飛び退った拍子に、バランスを崩し盛大にしりもちをついてしまう。肩にかけたバッグから荷物が飛び出し、床のあちこちに落ちて散らばる。
「おい、君――」
いきなり男性に呼びかけられ、桜は必死に床を蹴って後方に逃げた。けれど、踵が滑り、実際に動いた距離はほんの十センチ足らずだ。男性の長い脚がこちらに一歩踏み出す。これ以上近づかれると、何をされるかわからない。
「こ、来ないで! そこから動かないで!」
桜は男性に向かって、ありったけの大声を張り上げる。その声が功を奏したのか、男性がぴたりと動きを止めた。こちらを睨みつけてくる目力がとても強い。黒々とした眉がピクリと動き、眉間に深い縦皺が寄った。
(このまま襲われたらどうしよう……)
背を向けて逃げ出そうにも、この距離ではすぐに追いつかれるに決まっている。幸い男性は手ぶらだし、周りには武器になるようなものは何ひとつ見当たらない。
一か八か、ここは勇気を振り絞り、毅然とした態度で立ち向かうしかなかった。
「あ、あなた、誰っ? ここで、なっ……何をしているんですか?」
恐怖に捕らわれているせいで歯の根が合わず、うまく話すことができない。
男性から投げかけられる視線が、桜の全身をスキャンしてくる。その様は、以前見たハリウッド映画に出てきた高性能戦闘アンドロイドみたいだ。
桜は必死になって男性を凝視している。そんななか、男性が身じろぎをした。
きっと何かされる――。とっさにそう思った桜は、なかば捨て鉢になって大声を張り上げた。
「不審者っ! こっち来ないで!」
叫びながら、ちょうどそばに転がっていたペットボトルを掴んだ。男性が身を乗り出すと同時に、桜はペットボトルを男性に向かって投げつける。しかし、それは明後日の方向に飛んでいき、壁に当たって床に落ちた。
「君! ちょっと落ち着いて――」
「きゃあああああっ! 誰か助けてぇ!」
桜が金切り声を上げると、男性が両方の眉を吊り上げて、さらに何か言おうとする。
けれど、そんなものに耳を傾けている余裕などなかった。どうにかして今の危機的状況から逃げなければ、すべて終わりだ。
「いやああっ! こっち来ないでってば!」
桜は叫びながら、床に散乱しているものを手当たり次第に掴んでは前に投げた。男性が飛んでくるものをよけながら、数歩後ずさる。
何か言っているみたいだけど、自分の声がうるさすぎてまったく聞こえない。
気がつけば、もう何も投げるものがなくなってしまった。桜は、男性を睨みながら、履いていたスニーカーの片方を脱いだ。そして、それを思い切り強く男性の胸元に投げつける。続いてもう片方を投げようとした時、一気に近づいてきた男性の手に手首を掴まれてしまった。
「きゃ……!」
突然のことにパニックに陥った桜は、男性に捕らわれたまま思い切り暴れた。にじり寄ってくる大きな影――きっと身長は二メートル以上あるに違いない。
「は、離し……、だ……誰か……」
震える声でそう言ったものの、恐怖のあまりかすれたような声しか出せない。こんな小さな声では、とうてい外に聞こえるはずもなかった。男性の手を振り払おうとするも、逆に身体を腕の中に取り込まれ、身動きが取れなくなってしまう。
怖い――!
圧倒的な強さを前に、桜の身体から徐々に力が抜けていく。それでも何とか最後の力を振り絞って暴れるうちに、桜の肘が男性の身体に当たった。小さくうめき声が聞こえ、いっそう強く身体を抱き込まれる。
はっとして顔を上げると、男性の顔がものすごく間近にあった。桜は目を見開いたまま固まってしまう。ようやく目の焦点が定まった先に見えてきたのは、鬼の形相をした男性の顔だ。
「……ひっ、鬼……!」
声を上げたとたん、桜の身体からすべての力が抜け落ちてしまった。
もう、どうやったって逃げられない。閉じた目蓋の裏に、これまで生きてきた人生が走馬灯のように映し出される。思えば幸せな人生だった。しかし、まさか自らが管理する物件内で生涯を終えることになるだなんて――。
「おい、君! 頼むからちょっと落ち着いてくれ! 僕は不審者でも鬼でもない! 君はこの物件の管理担当者――つまり『桂木ハウジング』の社員なんだろう? 今日は休暇中だからこんな格好をしているが、僕は『桂木コーポレーション』経営企画本部長の桂木省吾だ」
「……え? かっ……桂木……?」
男性の言っている意味がわからず、桜は思いっきり困惑の表情を浮かべた。懸命に理解しようとするも、脳みそがハレーションを起こしてしまっている。
はっきりとわかるのは「桂木コーポレーション」とは建設業界において三本の指に入る大手企業であるということ。そして「桂木ハウジング」は、そこの子会社だということ。しかし、いきなりそんなことを言われても、それが本当の話かどうか判断することができない。
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