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熱愛オフィス~エリート御曹司に愛されすぎてます!!~

有允ひろみ

一章 不審人物は御曹司!? (1)


   一章 不審人物は御曹司!?


 空に波状の雲が浮かんでいる九月最初の月曜日。
 田島桜(たじまさくら)は、いつものように商店街に入ってすぐのパン屋のドアを開けた。
「おじさん、こんにちは! いつもの、まだ残ってるかな?」
 桜が声をかけると、レジにいた店主が満面の笑みを浮かべる。
「おお、桜ちゃん。こんにちは。今日あたり掃除に来る頃だろうと思って、ちゃあんと取ってあるよ」
 ここ東京(とうきよう)下町にある「ミモザ通り商店街」には、およそ五十軒の店が(のき)を連ねている。なかには昭和三十年代から続く古い店も交じっており、住民も昔からここに住んでいる地元の人が多い。
「ほんと? (うれ)しい! 『ひまわりベーカリー』の棒ドーナツ、絶品だもんね」
 桜はお目当ての棒ドーナツを買うと、店の外に出た。歩き出してすぐに少し先にある「椿(つばき)理容店」の女性店主が、桜に向かって手招きをする。
「桜ちゃん、お昼これから? どうせなら、ここで食べていけば?」
 女主人は店の前に置かれた青色のベンチを指さす。そこには、すでに近隣の人たちが何人か座っており、それぞれが折り畳みの椅子を持ち寄っておしゃべりに興じている。集っている人たちと挨拶を交わしながら、桜は空けてもらったスペースに腰をかけた。
「桜ちゃん、よかったらこれも食べて」
「いいの? じゃあ、遠慮なくいただきます」
 買ったばかりのドーナツを食べながら、持ち寄られていた総菜をつまませてもらう。
 身長一五八センチ、体重五〇キロで色白の丸顔。年齢よりも若干若く見られるのは、ちんまりと整った顔立ちのせいもあるのかもしれない。
「桜ちゃん、今日も物件のお掃除かい? 毎月大変だねぇ」
 隣に座る和菓子屋の女性店主が、桜に小さなどら焼きを手渡してくれた。
「うん、でも事務所で机に向かっているより、外に出ているほうが楽しいから平気。掃除だって嫌いじゃないし、こうしてご近所の皆さんとお話ししたりするのが楽しみでもあるし」
 今年の春で二十四歳になった桜は「桂木(かつらぎ)ハウジング」という不動産会社に勤務している。業務内容は住まいの建築や不動産コンサルティングなど。総勢四十二名の小さな会社だけど、その分社内はアットホームな雰囲気に包まれ、社員もおおむねいい人ばかりだ。
 そんな中、桜が担当している主な仕事は会社所有の物件の管理とメンテナンス。入社歴が浅い桜だから、そのほかにも社内のこまごまとした雑事を一手に引き受けている。
 社会人になって、もうじき二年半。それなりに起伏はあるものの比較的平穏な日々が淡々とすぎていく。週末二日間の休みにデートする相手はいないけれど、今のところ何の不満もない。
「私も桜ちゃんがここに来るのを楽しみにしてるんだよ」
「桜ちゃんはいつも明るくていいよね。うちの孫なんか、桜ちゃんと同じ(とし)なのに本当に愛想なしでねぇ」
 口々に話しかけてくる店主たちを見る桜の顔には、人懐っこい笑みが浮かんでいる。
「ふふっ、明るさだけはまかしといて」
 両親(いわ)く、桜の取り柄は常に前向きで努力家であること。だけど、もうちょっと年齢にふさわしい落ち着きを身につけるようにとも言われていた。
 話し込んでいる間に、一人また一人と集う人数が増えていく。
 ここ「ミモザ通り商店街」は桜が住んでいるところから二駅、会社からは歩いて二十分の場所にある。
 桜は入社してすぐに、この町のはずれにある物件のメンテナンスを任された。昔から人見知りをしない性格の桜は、そこに行く道すがらにある「ミモザ通り商店街」の人たちとも、すぐに仲良くなった。そして、今ではまるでここの住人であるかのように皆に親しまれているのだ。
「ほんと、桜ちゃんみたいな孫がいれば、うちの店も安泰なのにねぇ」
 居合わせた人たちが真剣な面持ちで(うなず)く。商店街と言っても、やはり昔ほどの(にぎ)わいは見られないし、古くからの店はたいてい後継者不足だ。
「あ、桜ちゃん。こんにちは!」
 二軒先の美容院から出てきた小さな女の子が、母親と手を(つな)いだまま桜に笑いかける。彼女は商店街の入り口にある中華料理屋の孫娘だ。桜は近づいてくる母娘(おやこ)に軽く手を振り、女の子の目線に合わせてその場にしゃがみ込む。
「こんにちは、千咲(ちさき)ちゃん。今日はママと散髪に来たの?」
「うん! ほら見て、桜ちゃんと同じ髪型だよ!」
「本当だぁ! 私と同じ肩までのおかっぱヘアだね」
 桜の髪の毛は少し癖があり、緩いパーマをかけているようにふわふわとしている。
 特にこだわりがあるわけではないけれど、今の髪型が桜の定番ヘアスタイルだった。
「すごく似合ってるね。今日はこれからお出かけ?」
「ううん、お出かけは今日じゃなくて明日なの。千咲、来年から幼稚園に通うから、明日どんな幼稚園か見に行くんだよ」
「ああ、『ミモザ幼稚園』でしょ? あそこは園庭も広いし、すぐ近くだからいいよね」
 桜が言うと、周りにいる人たちがいっせいに表情を曇らせる。そんな中、千咲だけが元気いっぱいの声で返事をした。
「ううん、違うの。『ミモザ幼稚園』は、もうなくなっちゃうんだって。だから千咲、ママの自転車じゃなくてバスで違う幼稚園に通うんだよ」
「え? そうなの?」
 桜は少なからず驚いて千咲の母親のほうに顔を向けた。
「そうなのよ、桜ちゃん。それで、このあたりのママさんたちは、皆困ってるの」
 彼女が言うことには、商店街からほど近い場所にある「ミモザ幼稚園」が今年いっぱいで閉園することになった。そのため、この界隈(かいわい)に住む未就園児たちは皆自宅からかなり遠い幼稚園にバスで通うことになるらしい。
「幼稚園バスがあるといっても、駅の反対側まで行かなきゃならないのよ。雨の日とか、下に子供がいるママたちはどうしたらいいの? って感じで……」
 千咲の母親が神妙な面持ちでため息を()く。はじめて聞く閉園の話に、桜は驚きを隠せない。
「そっか……。それはかなり困った問題だね」
 昔から子供好きの桜は、物件に行く途中にある「ミモザ幼稚園」に(ひそ)かに愛着を持っている。以前商店街の人たちに誘われて「ミモザ幼稚園」の運動会を見に行ったことがあるが、可愛(かわい)らしいダンスや全力のかけっこには終始(ほお)が緩みっぱなしだった。まだ当分子供を持つ予定などない桜だけど、母性本能だけはたっぷりと持ち合わせているのだ。
「千咲、幼稚園バスにも乗ってみたいけど、やっぱりママの自転車のほうがいいな。だって、そのほうが長くママと一緒にいられるでしょ?」
 それまで笑顔だった千咲の顔に、不安そうな表情が浮かぶ。幼稚園に行くのを楽しみにしている千咲だが、やはり母親と長い時間離れることに若干心許なさを感じている様子だ。
「それに、ママは自転車の運転がすごく上手なんだよ! 頑張れば幼稚園バスよりも速く走れると思うよ!」
「うわぁ、それはすごいね!」

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