愛され注意報~初恋御曹司は婚約者を逃がさない~
『気の毒な私の婚約者』 (3)
家に帰らずに真っ直ぐ来てくれたのだろうか、彼はスーツ姿。もう数え切れないほど見ているはずなのに、何度見ても楓くんのスーツ姿はカッコよくて、ドキドキしてしまう。
照れ臭くて進むスピードは落ちながらも、ゆっくりと彼のもとへと近づいていく。
その間、助手席に回り込みドアを開けて待ってくれている彼を見ると、やっぱりカッコよくて胸が締めつけられる。
身長百八十センチの長身から、スラッと伸びた手足。昔からサラサラの黒髪はワックスでセットされていて、より一層大人の男性の雰囲気を醸し出している。
羨ましくなるほど綺麗な肌に切れ長の目。鼻梁の通った鼻に厚みのある唇。なにもかも完璧な楓くんは、街を歩けば常に視線を集める。
そんな彼とこうして会うたびに私は、いまだに許婚の関係にあることが信じられなくて、いつも夢心地になっちゃうんだ。
「ごめんな、急に誘ったりして」
「ううん、そんなことないよ。むしろ疲れているのに誘ってくれてありがとう」
これが今の私に伝えられる精いっぱいの気持ち。本当は『疲れているのに、誘ってくれてこうして会えて嬉しい。会いたかった』って言いたい。
でもそんなことを言われたら楓くんは、返答に困るかもしれない。
私が楓くんに抱いている感情と、彼が私に抱いている感情は違うと思うから。きっと私は、妹のような存在で放っておけないだけじゃないかな。だからこうして会いに来てくれたんだよね?
そう言い聞かせないと、都合の良い方向に考えてしまいそうになる。本当は私に会いたいと思って食事に誘ってくれたのかもしれないと。
そんなこと、あるわけないのに……。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼に促され助手席に乗ると、すぐにドアを閉めてくれた。そして楓くんは運転席に回り車を発進させた。
こうして助手席に何度も乗せてもらってきた。だけどいまだに慣れない。狭い密室空間では、彼との距離が近いから。
ドキドキしている私を乗せて彼が向かった先は、個室で和食がいただける料亭。
ここには以前に一度、連れてきてもらったことがある。楓くんは常連のようで、女将さんと親しげに話していた。
今日も慣れた様子でコース料理を注文した。
「どうしても海外に行くと、日本食が恋しくなるんだ」
そう話す楓くんが注文してくれた料理はどれも絶品で、口いっぱいに広がる美味しさに自然と笑みが零れる。
「琴葉は本当になんでも美味しそうに食べるよな」
途中でそんなことを言われ、返答に困る。
そういえば私、お腹いっぱいだったはずなのにな。楓くんと一緒だと食べられちゃうから不思議だ。
「今日はどうだった? 優香ちゃんだっけ? 会うのは久しぶりだったんだろ?」
「うん。ふたりでアフタヌーンティーしてきたの」
「へぇ、アフタヌーンティーか」
「あ、写真見る?」
「見たい」
即答した楓くんにスマートフォンを取り出し、今日撮った写真を見せると、彼は興味深そうにスマートフォンを眺めた。
「すごいな、これ。美味しそう」
「うん、すごく美味しかったよ。でも量が多くてお腹いっぱいになっちゃったけど」
楓くんからスマートフォンを受け取りながら言うと、彼は目を見開いた。けれどすぐに表情を崩して口元を手で覆い、笑い出す。
「そんなに食べてまだ食べられるなんてすごいな」
「そ、それはスイーツは別腹だからっ……!」
かぁっと身体中が熱くなりながら必死に言い訳をするものの、彼の口元は柔らかく緩んだまま。
それがますます恥ずかしい気持ちでいっぱいにさせる。居たたまれなくなり、自分から話題を振った。
「出張はどうだった? ロサンゼルスはどんなところなの?」
質問すると彼は笑みを浮かべたまま、すぐに答えてくれた。
「仕事はうまくいったよ、そのおかげで少し観光する時間もあったしね。……今度ふたりで行こう」
思いがけない誘い文句に目を瞬かせてしまう。
「……うん」
大丈夫、ちゃんとわかっている。ただの社交辞令だって。だって楓くんとふたりで旅行になんて一度も行ったことないもの。
それでも嬉しく思う自分に嫌気が差していると、彼は思い出したようにカバンの中からなにかを取り出した。
「そうだ、これ」
そう言いながら渡された可愛い袋。受け取り中を見ると、バスセットと練り香水が入っていた。
「お土産。練り香水は日本では未発売のものらしい。よかったらもらって」
「ありがとう……嬉しい」
楓くんは海外出張のたびに、こうしてお土産を買ってきてくれる。それも毎回、私が気に入るものを。
「大切に使うね」
笑顔で伝えると、楓くんもまた顔に喜色を浮かべる。そんな彼の表情を見て私はいつも幸せな気持ちで満たされるんだ。
きっといつか、私と楓くんの関係に終わりがくることはわかっている。許婚関係であるといっても、それはたしかなものではないから。
楓くんからロサンゼルスの話を聞き、楽しく食事をしていると急に彼のスマートフォンが鳴った。
胸ポケットからスマートフォンを取り出し、電話の相手を確認した彼の表情が一瞬強張る。それだけで電話の相手が誰なのか、予測できてしまった。
「悪い、会社からだ。ちょっと出てくる」
「うん」
気づかないフリして笑顔で頷くと、彼は立ち上がり部屋を出ていく。けれど微かに耳に届いた『なに? 父さん』の声に、やっぱり……となる。
私のお父さんと楓くんのお父さんは学生時代からの旧友で、お互い社長職に就き、結婚して私たちが生まれてからもずっと親しい関係が続いていた。
お母さん同士の仲も良くて、だからこそ私と楓くんの結婚の話が持ち上がったんだ。
だけどうちがあんなことになって、状況は一変した。もちろんお父さんたちの関係は続いている。今も数ヵ月に一度は会ってお酒を飲んでいると聞いているから。
お母さんたちが私たちの気持ちを大切にしたいと言ってくれている一方で、お父さんたちは違った。
私と楓くんの婚約の裏には、業務提携の話があった。
それがなくなった今、ふたりは今でも許婚関係を続けている私たちをよく思っていない。
お父さんは「琴葉がつらい思いをするだけじゃないのか?」と言っていて、楓くんと関係を続けていることを心配している。
楓くんのお父さんとは、しばらく会っていない。
昔は頻繁に家族で彼の家を訪れていたけれど、会社が大変なことになってから一度もない。
でも両親から、楓くんのお父さんも、私たちが関係を続けていることに対して反対していると聞いている。
楓くんは、彼のお父さんが私たちの関係について反対していると、私が知っていることに気づいていない。
だから楓くんは私とふたりでいる時、お父さんから連絡が入ると席を立ち、私に会話を聞かれないようにする。
楓くんはかつて、私と一緒にいたいと言ってくれた。でも今もその気持ちは変わらずに持ち続けてくれているのだろうか。
だってもう何年経った? お互い大人になって、社会人になった。楓くんならどんな人でも選り取り見取りだし、きっと会社でも彼に好意を寄せている女性はたくさんいるはず。
昔の約束が彼を縛りつけているのではないかと不安になる。もしそうだとしたら、私は彼を解放してあげるべきだと思う。
それに今はこうしてそばにいてくれるけど、いつか時期がきたら、彼は自分に見合った女性と結婚するかもしれない。
私との婚約の裏に業務提携があったように、彼は将来、会社のために結婚する道を選ぶ時がくるかもしれない。
だからこそせめてその日がくるまでは、今の関係を続けていきたい。そばにいたいと願ってしまうのは、間違いだろうか。
ずっと悩んでも出ない答えにまた私は悩まされ、楓くんが電話を終えて戻ってきてからも、頭から離れなかった。
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